第6話 捨て猫たちにご飯を食べさせる

 さて、ノリだけで三人の幼い少女を抱きしめて、泣かせたまでは良かったんだが。

 ひと通り落ち着いてきたら、この状況をどうしようとなった。


 俺は三人が泣き止んだ頃合いを見計らって、彼女らから離れたのだが──

 三人の少女は、寄り集まってぺたんと座り込み、所在無さげにしていた。


 俺がいなければ、木の棒の──いや、木の棒を手放した黒髪ボーイッシュなあの子が、いろいろとリーダーシップをとるんだろうが。


 俺がこの場にいると、どうにも間が持たない。

 どうすっかなこの状況。


「そういえば、腹減ったな。昼から何も食ってなかったの忘れてたわ」


 俺は間をもたせるためにそう言って、ハハハと笑ってみせる。

 すると──


 ──ぐうううぅぅ。

 俺のものじゃない、誰かのお腹の虫が鳴った。


 見れば、あの木の棒の少女が、恥ずかしそうにお腹を抱えてそっぽを向いていた。

 彼女も腹減りのようだ。


 でも──


「……もう寝る。起きてると腹が減ってしょうがねぇ。あんたも自分の家に帰れ。……嬉しかったよ、オレたちを受けいれて、抱いてくれたのは」


 少女はそう言って、小屋にごろんと寝転がってしまった。


 残る二人の少女も、名残惜しそうに俺のほうをちらと見てから、黒髪の少女の横に寝転がって、一枚の毛布を三人でかぶる。


 えーっと……。


「お前ら、飯は?」


 俺がそう聞くと、


「今日の分はもう食った」


 黒髪の少女はそう答える。


 状況はよく分からないが、子供だけでこんなところで暮らしていて、村人たちからは呪われた子だってことで関与されないとなると、食い物だって満足に食えてないことは想像に難くない。


 子供はちゃんと食わなきゃダメだ。

 育つものも育たない。


「よし、分かった。待ってろ」


 俺はそう言い残して、勇者学院の校舎という名目の小屋を出ていく。

 その俺を見て、黒髪の少女ががばっと起き上がった。


「おい、待ってろってなんだよ!? オレたちはもう寝るっつってんだろ!」


「いいから。少し待ってろ」


 俺はそう言って、今度こそ小屋の外に出た。

 小屋の扉を閉める直前に、「何だよあいつ……意味わかんねぇ」という少女のつぶやき声が聞こえた。


 それから俺は、まず教員用の住居に戻って、大鍋をひとつと、食器や調理道具ひと通りを持ってくる。

 ちなみにこれらは、魔法で水を作って適当に洗った。


 次に夜分遅くながら再び村長の家に行って、お金を払って塩漬けの豚肉といくらかの野菜、それにパンを分けてもらった。

 量はたっぷりで、それを大鍋に入れて校舎という名の小屋の前まで運ぶ。


 手ごろな岩を拾ってきて、魔法と組み合わせて小屋の前に簡易のかまどを作った。

 さらに薪を拾ってきて、魔法で火をつけて焚き火を作る。


 大鍋にたっぷりの水を入れて、火にかける。

 そこに適当に切ったキャベツ、ニンジン、カブなどの野菜と、塩漬けの豚肉を放り込んで煮込んでスープを作っていく。


 火の通りやすい食材とかそういうのは考えない、わりと雑な調理だ。

 キャベツやカブは煮込みすぎると微妙な気がしないでもないが、まあ食えないこともないだろ。


 加えて適切な頃合いを見計らって、焚き火を使って適当にスライスした豚肉を焼いていく。

 パンも軽くあぶってやる。


 そしてスープが適度に煮込まれ、豚肉が香ばしく焼ける頃に、俺は三人の子猫を呼びに小屋に入った。


「おーい、出来たぞ」


 そう言って俺が小屋の扉を開けると──


 ──バタバタバタッ。


 小屋の中で、扉に寄りかかってこっそり様子を見ていたつもりの三人の少女が、取り繕うように小屋の中で正座していた。


 木の棒の──黒髪の少女が、慌てふためいた様子で言い訳をしてくる。


「お、お、お前……! さっきから表で何やってんだよ! いい匂い──じゃなかった、騒がしくて寝れやしないだろ!」


 うーん、素直じゃないなぁ。

 どう見ても、期待して待ってたよなお前ら?


 ここはちょっと意地悪してやるか。


「あ、お前いらない? 分かった、じゃあ後ろの二人だけでいいや。メシたっぷり作ったから、一緒に食おうぜ」


「へっ……?」


 俺は黒髪の少女の頭越しに、後ろの二人──金髪の少女と、銀髪の少女に声をかける。


 二人の少女は、俺のかけた誘惑の声にあからさまによだれを垂らし立ち上がって、ふらふらとこっちに寄ってきた。


 二人は黒髪の少女の横を通り過ぎる際、彼女にひと声をかける。


「リオ……ごめんね。私、無理……こんなの、耐えられない……」


「……リオ、ボクたちがリオの分まで食べてあげるから。……リオの犠牲は、無駄にはしない」


「あーっ! お前ら裏切るのかよ! ──ちょっ、ちょっと待って! オレも食う! 食べさせてください!」


 黒髪の少女は、二人の姉妹の裏切りを受けて、秒で手のひらを返した。

 ふっ……他愛もないな。


 というわけで、全員が焚き火の前に揃ったところで。


 俺は大きめのお椀に、豚肉と野菜のスープをたっぷりと注いで、各自に渡してやる。

 それから焼いた肉とあぶったパンも、皿に乗せて渡してやった。


 三人とも、じゅるりとよだれを垂らして料理を見つめている。

 よし──


「それじゃ──いただきます」


「「「いただきます!」」」


 食事の挨拶をした直後、少女たちは食事にがっつき始めた。


「はふはふっ!」

「んぐんぐっ」

「むぐむぐ」


 三人とも、すごい勢いだ。

 子猫どころか、猛獣のような食べっぷりで料理にむしゃぶりついていく。


 うんうん。

 子供ってのはこうでなきゃな。


「どうだ、うまいか?」


「うまいっ!」

「おいしいです!」

「……神」


 さっきまで素直じゃなかった黒髪の少女も、ずいぶん素直になってるし。


 俺は食事に夢中な少女たちの顔を見て、可愛いなぁと思っていた。

 ニヤニヤが止まらない。


 こいつらのこんな顔が見られただけでも、飛ばされてきて良かったなと思った俺だった。

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