第5話 捨て猫たちは警戒している

「落ち着け。俺は勇者学院の教師だ。今日この村に赴任してきた。……とりあえず、その木の棒を下ろしてくれないか?」


 俺は敵意がないことを示すために、両手を上げてみせた。


「勇者学院の……教師……?」


 木の棒を持った子供は、訝しんだ様子で俺を見つめてくる。

 俺を値踏みしているという様子だった。


 ちなみにその子供、最初は少年とも少女とも分かりづらいと思ったが、よく見ればそんなことはなかった。

 間違いなく女の子──少女だ。


 なぜかと言えば、よく見たら胸がわりと膨らんでいるからだ。

 ボロ布のような薄汚れた衣服を押し上げて、女の子であることを懸命に主張している。


 また後ろの二人も同様に、女の子のようだった。


 一人は金髪碧眼で、木の棒を持った少女よりもさらに胸が大きく、腰つきやお尻なども子供と侮れないほどに女性的な危うさを持っている。

 この子はきゅっと口を結び、どこか怯えた小動物のように、木の棒の少女にしがみついていた。


 もう一人は銀髪と紫色の瞳を持っていて、かなり小柄で胸はほんのり膨らんでいる程度だが、それでも一応、腰のくびれやお尻のラインなどに少女らしい自己主張があった。

 こちらも人見知りするのか、木の棒の少女の後ろに隠れてこっそりとこちらの様子を窺っていた。


 ……いや、お前は一体どこを熱心に観察しているんだと言われそうだが。

 別に俺はロリコンではない、はずだ。


 ただ、ロリコンではない俺でも少し見惚れてしまうぐらい、そこにいた三人の少女たちは魅力的だった。


 全身が薄汚れていて衣服もボロだが、それでも覆い隠せないほどの魔性の魅力を、三人ともが備えているように思えた。


 だがそれはそれとして、三人は俺のことを警戒しているようだった。


 木の棒を持った少女だけではなく、後ろの二人も、俺の一挙手一投足を見逃すまいとじっとこちらを見つめてきている。


 んー、これはどうしたものか。

 できれば警戒を解いてもらいたいもんだが。


 とりあえず、話でもしてみるか。


「お前ら、ここで何してるんだ? かくれんぼ、ではないよな?」


 俺が試しにそう切り出すと──


「はあ? バカじゃねぇの。オレたちがそんなガキに見えんのかよ。だいたいこんな夜中に、そんなことするわけねぇだろ」


 木の棒を持った少女は、口が悪かった。

 ついでに言うとオレっ娘だ。


 まあ、子供はこのぐらいやんちゃでも可愛いもんだが。

 だったら──


「ふぅん、そうか。じゃあひょっとして──家出ごっこか?」


 俺がそう切り込むと、木の棒を持った少女は、その瞳を怜悧に細める。

 そしてこう言った。


「ここがオレたちの家だ。勇者学院の教師だかなんだか知らねぇけど、用がないなら出てけ」


 俺は驚いた。

 ここが、この子たちの家……?


「親はどうした」


「とっくの昔にいねぇよそんなもん。オレらの母親はバカでクズだ。あっちこっちで違う男と寝て、オレたちぽこぽこ生んで、そんで何年か前に酒の飲みすぎで死んだ」


 ……うへぇ。

 それはまた、事実だとしたら何ともヘヴィな話だ。


 自分の親をバカでクズ呼ばわりするのはどうなんだと一瞬思ったが、とてもそれどころの話じゃない。


 あと彼女の話を信じるなら、この三人は種違いの姉妹ってことか。

 髪の色も瞳の色も、体形も顔立ちも全部違うから、全然そうとは思わなかった。


 しかし、ということは──


「じゃあお前ら、母親が死んでから、ずっと三人だけでここで暮らしてるってことか……?」


「ああそうだよ。わりぃか」


「いや……むしろ大したもんだ。感心した」


 俺がそう答えると、木の棒を持った少女はきょとんとした顔になった。

 意外なことを言われたという様子だ。


 最近は王都で金持ちの家のボンボンばかり見ていたから、こう逞しい生命力の輝きを見せられると感嘆するしかない。


 ──で、ここまでの話だけでも驚きだったんだが。

 その上、件の少女はさらに、こんなことまで言ってきた。


「……つーか、あんたもオレたちに、あんまり近寄らない方がいいぞ。オレたち呪われてるらしいからな」


「はぁ……? 呪われてる? 何だそりゃ」


 まさに寝耳に水だ。

 少女は続ける。


「オレたち、母親が死んだだけじゃないんだ。父親もみんな死んでる──モンスターに食われたとか、通り魔に刺されたとか、いろんな理由でな。あとこの村に住んでた人で、オレたちの面倒を見ようとした人がいたんだけど、その人も病気で死んだ。……だからこの村のやつらは、オレたちに近付こうとしない」


 その少女の告白には、絶句するしかなかった。


 何だそりゃ……。

 呪いなんて、そんなことが本当にあるのか?


 モンスターの中には「呪い」と呼称されるバッドステータスを与えてくるものもいるが、今言っていたような内容のものは聞いたことがない。


 でも母親と父親三人、それにもう一人と合わせて五人中五人が死んでいるとなると、さすがに偶然じゃなく何かの必然を疑いたくなるのは分かる。


 分かるが──


「……あのさ」


「あん? 何だよ、まだオレたちに用があんのか? 言っただろ、オレたちには近づかないほうがあんたの身のため──」


「いや……その呪われてるっていうの、誰が言ったんだ? そいつらが死んだのって、偶然じゃねぇの?」


「……ん?」


 少女が「どういうこと?」という様子で、わずかに首を傾げる。

 俺は続ける。


「いやさ、俺そういう呪いとか聞いたことないし、信じる気もないから」


 俺がそう言うと、少女は唖然とした顔を見せた。

 後ろの二人も同様だ。


 そして、少しして我を取り戻した木の棒の少女は、俺に向かってこう言った。


「……あのさ。あんたアホだろ」


「そうか?」


「そうだよ。あんたみたいなやつ、ほかに見たことない」


「いや、俺に言わせれば、そんな迷信を信じてお前らみたいなガキをこんな目に遭わせておくやつらのほうがアホだぞ」


 俺はそう言って、三人の少女に向かって歩み寄る。


 少女たちは──特に木の棒の少女はたじろいだが、特に攻撃してきたり、逃げたりすることはなかった。


 ただの衝動だ。

 深い意味なんてない。


 でも誰か大人が、こいつらの存在を肯定してやらなきゃいけないと思った。


 自分たちに近付いたら呪われるから近付くななんて、こんな子供に言わせて自己否定をさせちゃいけない。


 だから──


 俺は三人の少女の目の前まで行って少しだけかがむと、三人をまとめて抱き寄せた。

 できる限り力強く、俺がお前らの全部を受け止めてやるという意志を込めて。


 それに一番慌てたのは、木の棒の少女だった。


「なっ……何してんだよお前! そんなことしたら……!」


 彼女はあわてて身をよじって、抜け出そうとする。

 でも俺は、そんな彼女を逃がさないように、彼女らを抱く腕に力を込める。


「呪われねぇよ、バーカ。俺が徹底的にお前らを構ってやる。それで俺が死ななかったら、お前らは呪われてないって証拠になるだろ?」


 そう言って、俺は木の棒の少女にニッと笑いかけてやった。


 俺は勇者学院の教師である前に、教師だし、大人だし、人間だ。

 そのつもりだ。


 だったらこんな子供たちを、放っておいちゃいけない。

 俺が救ってやるなんていうのはおこがましいが、面倒ぐらいは見てやろう。


 そう思っていると──


 木の棒の少女は、その手から木の棒を取り落とした。

 からん、と床に木の棒が転がる。


 そして少女は、張りつめていた糸が切れたかのように、突然子供らしい表情を見せた。


 取り繕っていた強気が決壊し、弱気を見せた彼女は、やがて瞳いっぱいに涙をためて──


「おまっ……ぐすっ……おまえ……ほんとアホだろ……」


「そうかもな。そのアホの胸でよけりゃ、好きなだけ泣け」


「うん……泣く……うあっ……うぁあああああああああん!」


 そうして木の棒の少女が思いっ切り泣き始めると、残る二人の少女も伝染したかのように大声で泣き出し始めた。


 俺はそんな少女たちの背中をぽんぽんと叩いて、三人が泣き止むまでずっと抱きしめ、見守ってやった。

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