第4話 三匹の子猫
乗合馬車に揺られること、およそ一週間。
馬車はようやく、目的地の村の最寄りの街までたどり着いた。
俺はそこから、徒歩で新しい赴任先の村へと向かう。
道中、暗くなってきたので、魔法で灯りをつけて進んだ。
夜だからということもあるだろうが、街を出たあとはもう、人の気配がまったくない。
俺は、この先に本当に人が住んでいる村なんてあるのか疑いたくなるようなか細い道を、地図を頼りに歩き続けた。
そうして、最寄りの街の門を出てから三時間ほど歩いた頃だろうか。
ようやく村の灯りが見えてきた。
俺は見晴らしの良い──と言っても夜中なので周囲は真っ暗だが──丘の上に立ち、その村の灯りを眼下に見る。
丘の上から見える村の姿は、予想していたほど閑散とはしていない、幾分か大きなものだった。
畑の間に点在する住居の数は、百を少し超えるぐらいだろうか。
人口にして五百人いるかどうかという規模の村だと思う。
俺は村の全体像をざっと確認し終えると、丘から下りて灯りのほうへと向かった。
やがて村の入り口にたどり着く。
門番などは当然いないし、出迎えもない。
村の外周は簡素な木の柵で囲われていたが、こんなにスカスカではゴブリンの侵入を防ぐのも難しいだろうな、などと職業病的に考えてしまうが、それはさておき。
もうだいぶ暗くなった時間で、畑にも村人らしき姿は見当たらない。
俺はひとまず、村長の家へと向かうことにした。
おそらく一番大きな住居がそれだろうと行ってみたら的中だった。
扉をノックすると、村長の娘だという少女が出てきて、少し悶着があったあとに中へと通された。
俺が学院から渡された辞令を見せると、村長を名乗った老人がそれをまじまじと見つめる。
そして、ようやく何かを思い出したかのように、ポンと手を打った。
「おお、勇者学院の先生か。前任が何年か前にぽっくり逝って、次が来んかったから、すっかり忘れておったわ」
……おい。
大丈夫かこの爺さん。
というか、大丈夫かこの村の勇者学院。
前任が何年も前にいなくなって、次が来ていない?
それは勇者学院として機能していないっていうんじゃないか?
そんな不安を感じつつも、俺は村長から、勇者学院の教員に貸与される住居の鍵を渡される。
その住居も数年使われていないというから、まずは掃除からになりそうだが……。
あとまあ、これは明日でもいいんだが、勇者学院の校舎も見ておきたいと思ったので、その鍵も渡してくれと村長に持ちかける。
この調子だと、「校舎などありませんぞ?」なんて言われても不思議じゃないわけで、カルチャーショックは早めに全部済ませておこうと思ったのだが──
すると村長は、予想だにしていなかった謎の言葉を俺に向けてきた。
「勇者学院の校舎の鍵はあいておりますぞ。ただし、子猫が三匹住んでいるので気を付けなされ」
……子猫が、三匹?
疑問に思った俺が問い返しても、村長は「ふぉっふぉっ」と笑ってはぐらかすばかりだった。
***
教員用の住居は、長年使われていないだけあって、予想通りに家じゅう埃だらけだった。
住居そのものはわりと広くて、家族での暮らしを想定しているのかベッドも複数ある。
リビング、ダイニング、キッチン、トイレなどに加えて浴室まで完備で、生活の場としては決して悪くはない……というか、一人暮らしをするには立派すぎるぐらいだった。
ただ何にせよ、掃除をしなければ使い物になりそうもない。
今日この家のベッドで寝るのは、あきらめたほうがよさそうだと思った。
さてそうなると、今日の寝床はどうするか。
この村には旅人用の宿屋などはないようで、となれば村長に頼んで一泊だけ泊めてもらうというあたりが現実的だが……。
俺はそこでふと、思いつく。
旅用の毛布は持っている。
暖かい時期だし、どこか風雨が凌げる建物で埃まみれでない場所さえあれば、そこで毛布に包まって問題なく眠れるだろう。
と、考えたときに、さて勇者学院の校舎はどうかと思い至った。
鍵がかかっていないということは、校舎は何らかの用途で日常的に使われているのだろう。
ならば埃まみれということもないはずだ。
それに加え、俺は村長が言った「子猫が三匹」というのが、気になってしょうがなくなっていた。
その好奇心も手伝って、俺は魔法の灯りを持って勇者学院の校舎へと向かった。
「……って、おいおい、これが校舎かよ」
俺は思わずぼやいていた。
村長から教えられた場所にたどり着くと、そこにあったのは、村のほかのどの家よりも小さいんじゃないかという一軒の小さな掘っ立て小屋だった。
数人が入れる小さな教室が、一個収納できるかどうかという外観。
木窓はすべて閉まっており、中の様子を窺うことはできない。
一応、グラウンド代わりなのか妙に広い庭のようなスペースはあるが、だからどうしたとしか思えない。
俺は大きくため息をつきながら、校舎という名のボロ小屋の扉に手をかける。
なるほど、子猫の棲み処というなら、この大きさでも十分かもしれないな。
──ギィイ。
俺が取っ手をにぎって扉を押すと、木の軋む音とともに扉が開かれる。
たしかに鍵はかかっていないな。
「……子猫ちゃん、いますか~?」
俺は魔法の灯りを小屋の中へと向け、その中の様子を見る。
すると──いた。
子猫が三匹。
いや、違う。
猫じゃない。
猫があんなに大きなものか。
その小さな掘っ立て小屋の中にいたのは、三人の人間の子供だった。
家の奥の壁際に、三人寄り集まって転がって、一枚の毛布に包まっている。
いや、子供と呼んでいいものか。
少年あるいは少女と呼ぶか、子供と呼ぶか迷うぐらいの年齢に見える。
より具体的には、三人とも十五歳の成人よりは少し若いぐらい。
だが、何というか──
三人ともすごく薄汚れていて、街のスラム地区に住む孤児のような風貌だ。
一方、毛布に包まっていたその子供たちも、俺が入ってきたことに気付いたようだ。
うち一人が、バッと毛布から飛び出て、近くに転がしてあった木の棒を手に取る。
そしてその子は、残る二人を守るように前に立つと、キッと俺を睨みつけてきた。
少年とも少女とも分かりづらい、黒髪の子供だ。
「だれだ、お前! 村のやつじゃねぇな!」
俺に向かって、そう叫んでくる。
声変わりする前の少年のような声。
なるほど……あの村長に、一杯食わされたか。
これはとんだ子猫に遭遇してしまったなと思った。
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