第3話 左遷先の村に向かう途中

 もうしばらくすれば次の街にたどり着くという頃になって、外がにわかに騒がしくなり、がたんと音を立てて馬車が動かなくなった。


 俺は外の様子を見るために馬車から降りた。


 馬車が立ち往生をしていたのは、森の中を貫く街道だ。


 二頭立ての馬車を引く馬がいずれも怯えて暴れ出しそうになっていて、御者が必死にそれをなだめている姿が最初に目に入った。


 そして、次に目撃したのは──


「くそっ……! 来るなら来やがれってんだ! もう俺だって、一人前の勇者なんだ! オーガの二体や三体、どうってことねぇ!」


 そう叫んで剣を構え、馬車を守るように前に立つ少年の姿だった。


 乗合馬車が雇っている護衛の勇者だろう。

 街の外を行く乗合馬車は、モンスター対策にこういった護衛を雇うのが通例になっている。


 護衛の少年は、見た目や出で立ちから察するに十六、七歳ぐらいだろうか。

 まだ勇者学院を卒業したばかりで、独り立ちして間もないといった印象だ。


 勇者学院を卒業した勇者には、いろいろな働き口がある。


 国に仕官したり、貴族に私兵として雇われたり、フリーランスの魔王ハンターとして勇者ギルドに所属したり、あるいは勇者学院の教師になったりする。


 乗合馬車の護衛も、そうした働き口の一つだ。


 もっとも、優秀な勇者ならもうちょっと割のいい仕事に就くから、まだあまり力のない勇者が腰掛けの職場にしていることが多いと聞くが。


 ──そして、その護衛の少年勇者が見すえている先。


 馬車の進行方向の道に、立ちふさがるように現れているモンスターの姿があった。


 オーガだ。


 筋骨隆々とした巨体を持つ人型のモンスターで、その背丈は人間の成人男性の五割増しでもお釣りがくるほど。

 肌は赤銅色で、衣服は布切れを引っかけている程度だ。


 手には巨大な棍棒を持っていて、その攻撃力は人間など一撃で叩き潰してしまえるだけのパワーを持つ。

 見た目の通り、怪力と生命力が自慢のモンスターだ。


 敏捷性は高くはないが、その暴風のごとき攻撃への対処は、勇者の力をもってしてもたやすくはない。


 それでも一体だけなら、駆け出しの勇者でもなんとか対処ができる範囲内なんだが──


 悪いことに、馬車の行く手を阻んでいるオーガの数は三体だ。


 あの護衛の少年勇者ひとりでは荷が重い──というか、真正面からやりあったら敗北必至、死亡確定だろう。


 それを少年自身も薄っすらと分かっているのかいないのか、剣を構えて馬車の前に立ちふさがりながらも、その体はカタカタと震えていた。


 俺はそれを見て、ひとつため息をつく。


 経験不足か、教育不足か。

 いずれにせよ、対応が不適切だ。


 三体のオーガは、口からよだれを垂らしながら、のしのしとこちらに向かって歩み寄ってくる。

 護衛の少年勇者との距離は、オーガの脚で二十歩ほどといったところか。


「おい、少年」


 俺は護衛の少年勇者の隣まで歩いていって、彼に声をかける。


 必死の形相でオーガを見すえていた少年は、俺のほうへチラリとだけ視線を向け、再びオーガへと注意を戻す。


 そして視線を前に向けたまま、返事をしてきた。


「あんたも、ひょっとして勇者か? でもお客さんだよな。だったら馬車でゆっくりしていてくれ。あいつらは俺が倒してみせ──痛たっ!」


 ──スパーンッ!

 俺は少年がみなまで言う前に、その後頭部を引っぱたいた。


 ……一瞬、これをやるから暴力教師とか言われるんじゃないかというセルフツッコミが入るが。


 いや俺、こういう自分の命を粗末にする勇者、嫌いなんだよ……。

 ていうかこいつ多分、自分が今置かれている状況を正しく把握できていないっぽい。


 一方、引っぱたかれた少年はというと、目を白黒させ、困惑した様子で俺のほうを見てくる。


「な、何すんだよ!」


「それはこっちの台詞だ、何してんだよお前。勇者学院、ちゃんと卒業してんだろ?」


「してるよ! でも今そんなの関係ねぇだろ!」


「関係ある。──じゃあ問題、オーガのモンスターレベルは?」


「はぁ? 今そんな話してる場合じゃ──」


「いいから。オーガのモンスターレベルはいくつだ」


「……忘れたよ。だから何だよ」


 少年の返事を聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。


 マジか……。

 オーガのモンスターレベルなんて、一年生の試験の範囲内だぞ。


 俺は呆れつつ、少年に教えてやる。


「オーガのモンスターレベルは六だ。必修項目だぞ、忘れていたなら今覚えろ。じゃあ次、お前の今年のステータス検定での認定勇者レベル、言ってみろ」


「はぁ……? だからあんた何なんだよ! 今そんなこと言ってる場合じゃねぇっつってんだろ!」


「いいから。ほれ、もうオーガがあそこまで来てるぞ」


「だぁああああっ! 今年のステータス検定じゃ、俺の認定勇者レベルは六だったよ! だから何だよ!」


 六レベルか。

 だいたい予想していた通りのレベルだな。


 が、ここまで言わせて気付かないのか……?

 こいつの通っていた勇者学院の教育水準はどうなっているんだ。


 こうなったら、基礎中の基礎から教えてやるしかないが──


 さすがにもう、オーガたちがだいぶ近くまで来ている。

 少年もそれが気になって、俺の指導に集中できないらしい。


 ……ちっ、しょうがねぇな。


「おい、少年」


「だから何だよ! だいたい少年少年って、あんただって俺と大差ない歳だろ!」


 ……あー。

 また童顔のせいで侮られた。


 俺、身長もどっちかっていうと低めだし、教師に向いてねぇんだよなこのルックス。

 威厳がほしい。ぐすん。


「こう見えて俺は二十三歳だ。──そんなことより、あいつら倒したら俺の指導をちゃんと聞けよ」


「はあ……? ってか、あんた勇者学院の教師か? こんなときまで指導って」


「お前の命に関わることだ。こんなときだろうが、どんなときだろうが──」


 残り十歩の位置までゆっくりと近付いてきていたオーガたちが、ついに駆け出してきた。


 犬歯がむき出しになった口からよだれをまき散らし、血走った目で俺たちのほうへと向かってくる。


「ちっ、来やがった……! あんた学院の教師なんだろ、だったら下がってろ!」


 少年は慌てて剣を構え直し、迎撃の体勢を取る。


 その一方で俺は、精神を集中。

 半身になって左手を突き出し、そこに魔力を集中させていく。


 そして、オーガたちが俺たちの目前にたどり着く少し前に──俺は魔法を放った。


 行使する魔法は【火球ファイアボール】。


 魔法が得意な勇者ならば、駆け出しを抜けたぐらいの段階で行使が可能になる、中級レベルの範囲攻撃魔法だ。


 俺が左手から放った灼熱色のエネルギー球は、三体のオーガたちの中心部の地面に着弾して──


 ──ドッゴォオオオオオオオンッ!!!


 三体のオーガをまとめて包み込むようにして、紅蓮の大爆発が巻き起こった。


「なっ……!?」


 オーガたちを迎撃しようと慌てて剣を構えていた少年は、それを見て唖然とした表情を浮かべる。


 やがて爆風がやめば、全身を焼け爛れさせて動かなくなったオーガたちの姿が現れた。


 それを確認した俺は、隣であっけに取られている少年に、ニッと笑いかけてやる。


「──教えられるときに教える。俺は教師だからな」


「……う、嘘だろ……三体のオーガを、一発の魔法で全滅なんて……。あんた、いったい何者だよ……」


 少年の目に、俺への尊敬の色が宿った。


 よしよし、これで教えやすくなる。

 まず実力を見せてやるってのは、相手次第だけどわりと有効なことが多いんだよな。


「何者って、お前の言ったとおり、しがない勇者学院の教師だよ」


「いや……だって普通、学院の教師なんて実戦経験のない口だけ連中だろ……?」


「あー……」


 なるほど、そういう認識なのか。


 確かに学院を卒業してすぐ、実戦経験を経ないまま学院の教師になるパターンも少なくないとは聞くが。


 俺は学院を卒業したあと、フリーランスの魔王ハンターとして活動していた時期があるから、そのあたりに問題はない。


 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。

 それよりも今は──


「それより少年、さっきの授業の続きだけどな。自分の勇者レベルと相手のモンスターレベルが互角の場合は、一対一での戦いが原則だ。二体以上を相手にしなきゃいけないときは、戦闘を回避する方法をまず検討して、それも無理なら一対一で戦える状況を──」


 俺は護衛の少年勇者に、とつとつと教育を施していく。


 俺がこいつを見てやれるのは、この旅の間だけだろう。

 その間に、俺が教えられることはみっちり仕込んでやらないとな。

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