第2話 暴力教師のレッテルを貼られて追放される(2)
俺は理事長室の出口の前で立ち止まり、サイラスのほうへと振り返る。
「──なあサイラスさんよ、勇者学院の教師ってのは勇者を育てるのが仕事だろ。俺はどこに左遷されようが、そこで出会った勇者の卵を全力で育てる。それが俺の矜持だ。──で、あんたはいつまでそうやって、権力なんつーくだらねぇモノにしがみついてんだ? あんたのやり方じゃ、勇者は育たないぜ」
そう言い捨てて、俺は今度こそ理事長室から去ろうとした。
だが、そのとき──
──ドゴォンッ!
轟音がした。
何事かと振り向いてみれば、サイラスがその拳を、理事長のデスクの上に振り下ろしていた。
サイラスの勇者の力をまとった拳が、木製のデスクの天板をへし割っている。
後ろの男子生徒たちは、そのサイラスの豹変ぶりに驚き、怯えていた。
額に青筋を浮かべたサイラスが、俺を憎々しげに睨みつけて言った。
「……いいだろうブレットくん。キミの教育のあり方こそが正しいとあくまで言い張るのであれば、それを証明してみたまえ」
サイラスも勇者協会の役員なんてやっている以上、昔は勇者学院の教師だったはず。
そのわずかに残っていたプライドに、ヒビが入ったのかもしれない。
しかし──
「証明って言われてもな」
俺はそうつぶやく。
証明ができるものならしてやりたいが、事実上不可能だろうと思ったからだ。
だが俺のつぶやきを聞いたサイラスは、怒りの表情の中にも、ニヤリした笑みを浮かべる。
「ふん、逃げは打たせんぞ。一年後に最強新人勇者決定戦がこの王都で開かれるのは知っているな? それにキミの教え子を参戦させたまえ。くくく……ろくな教育設備もない場でキミがどこまでやれるか、楽しみにさせてもらうよ」
そう言ってサイラスは、小憎らしい顔でくつくつと笑った。
俺はそれを聞いて、なるほどと思った。
つまりはこういうことだ。
一年後に王都で開かれる最強新人勇者決定戦に、俺の教え子を出場させる。
それで俺の教え子が王都の生徒たちに勝つようなら、俺の教師としての実力を認めざるを得ない、というわけだ。
サイラスの出した提案にしてはストレートで分かりやすく、俺はそれなりに気に入っていた。
とは言え、こっちはまだ育てるべき新たな教え子に会ってすらいないわけで。
またそれを抜きにしてもいろいろとハンデがあって、つまりは圧倒的に俺に不利な勝負条件であり、だからこそサイラスは自信満々で提示してきたんだろう。
しかしそこでケチをつけても、勝負から逃げる腰抜けだの何だのと罵られるだけなのは目に見えていた。
だったら──と思い、俺はサイラスに問いかけた。
「ちなみに、その勝負に勝ったら、俺に何かいいことでもあるんですかね?」
「ふん……そうだな。万が一、キミの教え子が優勝するようなことでもあれば、キミの王都復帰だろうが何だろうが、好きに望みを言いたまえ。……ただし、私に向かってあれだけの侮辱をしたのだ。結果を出せなかったときには、それなりの覚悟をしてもらうぞ」
釣れた。
圧倒的にこっちに不利な条件での勝負だが、だからこそサイラスも慢心の言葉を吐いたのだろう。
ちなみに、仮にサイラスがこの約束をしらばっくれたとしても、最強新人勇者決定戦で俺の教え子が好成績を残せば、その結果は衆目のもとに晒されることになる。
最強新人勇者決定戦はオープンな大会であり、年に一度王都で開かれる祭りのようなものだ。
その場で結果を出せば、サイラスとて好き勝手に事実を動かすことはできなくなるだろう。
「分かりました。そっちこそ、今自分が言った言葉をよーく覚えておいてください。──それじゃ、また一年後に」
俺はそうサイラスに啖呵を切って、今度こそ理事長室から立ち去った。
***
そんなことがあった翌日──
つまりは今日。
というか、つい先ほどのことだ。
寮生活で荷物も少なかった俺は、昨日のうちに必要な準備を終え、さっそく王都を出立する乗り合い馬車の停留場にいたのだが。
そこまで見送りに来た同僚の女性教師アルマは、呆れたという様子で腰に手を当てていた。
「それでサイラスさんに、喧嘩を吹っ掛けちゃったわけ? 相変わらずとんでもないことするね、ブレット先生は」
アルマはスタイルも抜群な、妙齢の女性教師だ。
朱色の髪はポニーテイルにまとめてあり、大きめの眼鏡もよく似合っている。
男子生徒どもの間ではファンクラブもあるらしいが、どちらかというと気安さが魅力のタイプと言える。
俺とは軽口を叩き合う仲だ。
俺はそんな同僚の女性教師に、言葉を返す。
「先に喧嘩を売ってきたのはあっちだ。一方的に殴られるだけってのは性に合わない」
「それで、勝算はあるの?」
「さてね。まだ教える生徒がどんなやつだかも分かってないからな。──ま、やれるだけやるさ」
俺が肩をすくめながらそう答えると、アルマは大きくため息をついた。
「はぁ、無鉄砲だなぁ……でもブレット先生だからしょうがないか。──とりあえず、何かあったら通話魔法具のあたしの連絡先に連絡ちょうだい。相談ぐらいは乗るから。こっちからも何かあったら連絡するね」
「おう、サンキュー」
そう言ったところで、乗合馬車が出立の時間となった。
俺は馬車のほうへと急ぎながら、アルマに手を振る。
「じゃあまたいずれな、アルマ先生」
「うん。またね、ブレット先生。──あ、あと、もう一つだけ言っていい?」
「なんだよ」
「バーカ。こっちの気持ちも少しは考えてよね」
「……はぁ? なんだよそれ。こっちは人生の一大事だぞ。いちいち同僚の教師の気持ちまで考えていられるか」
俺がそう答えると、アルマは可愛らしく「べーっ」と舌を出した。
俺はなんのこっちゃと思いながら、乗合馬車に搭乗した。
***
──と、そんなことがあっての今だった。
しばらく前に王都を出た馬車は、今は農村地帯も抜け、深い森の中へと進もうとしている。
「……はぁ。まったく、何のための勇者学院だか」
乗合馬車の中で、俺は再びボヤいていた。
良くないなとは思いつつも、少しは吐き出さないとやっていられないとも思う。
勇者学院は、何のために存在するのか。
そんなものは学院創設の言葉を見れば真っ先に書いてあるのだが、今や有名無実に成り下がってしまっているのではないかとすら錯覚する。
勇者学院の意義──
それを語るには、「勇者」と「魔王」との関係から、あらためて確認しなおす必要があるだろう。
「勇者」と「魔王」の戦いは、もう何百年も前からずっと続いているらしい。
「魔王」というのは、モンスターが突然変異して生まれるものだ。
魔王となったモンスターは配下のモンスターたちを率いて人里を襲い、人類を滅ぼそうとする。
一方で、そうした魔王に対抗する力を持つのが俺たち──すなわち「勇者」だ。
勇者とは、平たく言えば「常人にない超常的な力を持った人々」ということになる。
勇者は人類の中に、数十人に一人程度の割合で生まれると言われている。
勇者でない普通の人間でも、ゴブリン程度のモンスターが相手なら戦えなくはない。
だが魔法を行使でき、超常的な身体能力を駆使して戦える勇者と比べると、一般人の戦闘能力は高が知れている。
武器を持った常人が数十人集まっても、素手の勇者一人に軽くあしらわれると言えば、勇者の実力のほどが伝わるだろうか。
だがそれも、十分な経験を積んだ歴戦の勇者であればの話だ。
未熟な勇者では、常人と大差ない程度の戦闘力しか持たない。
ちなみに魔王の側も、その強さは変異前のモンスターによって、あるいは個体によってピンキリだ。
例えばゴブリンが魔王になったゴブリンロードなどは、場合によっては未熟な勇者でも倒せるぐらいの相手だ。
しかしドラゴンが魔王になったドラゴンロードともなれば、ベテランの勇者が束になっても勝てるかどうかという災厄級のバケモノになる。
まあそんなわけで、魔王と勇者の──モンスターと人類の戦いは、世界各地で日々続いている。
戦いはいつも「最後には」人類の側が勝ち、魔王は討ち取られる。
またそうでなければ、今頃とっくに人類は滅亡しているわけだが──
その「最後には」というのの前段階で命を落とす勇者の存在は、いつの世も尽きることはない。
未熟な勇者が未熟なままに強力な魔王に挑み、返り討ちに遭う。
そういった悲劇を極力減らすため、三百年ほど前に設立されたのが「勇者学院」だ。
勇者学院は、人類の希望である勇者たちを大事に、安全に、かつ効率的に育成するために生まれたのだ。
俺はその理念に賛同し、未熟な勇者たちに対し、俺にできうる限りの教育を施しているつもりだ。
「──だっていうのによ」
俺は外の景色を見ながら、再びボヤく。
勇者学院の創設から長い年月がたった現代では、その理念を蔑ろにするサイラスのようなやつが幅を利かせるような、本末転倒なことも起こっている。
人間が運営する組織である以上は、どうしたって腐敗は避けられないってことなんだろうが──
まあ、歯痒いが、それは俺にどうこうできる問題でもない。
俺にできるのは、俺が担当する教え子たちを精一杯に育てることだけだし、それが俺の為すべき仕事だと思っている。
だから俺は、これから向かう勤務地で教え子となる勇者の卵たちに、想いを馳せていた。
それがどんなやつらで、どうやって教えるのが最も望ましいか。
それをパターン分けして頭の中でシミュレートしつつ──苦笑する。
「……まだ本人らと出会ってもいないのに、何やってんだかね」
まったく、我ながら教育バカもいいところだなと思った。
森の中へと入った馬車は、ガタガタと揺れながらも、つつがなく進路を進んでいる。
王都を出てから、新たな勤務先である村に着くまでには一週間ほどがかかる。
しばらくは退屈だなと思っていたのだが──
王都を出立して三日目の夕刻に、事件は起こった。
俺が乗っていた乗合馬車が、その道中でモンスターに遭遇したのだ。
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