捨て猫勇者を育てよう
いかぽん
第1話 暴力教師のレッテルを貼られて追放される(1)
ガタガタと揺れる乗り合い馬車の中から、俺は外の景色をぼーっと眺めていた。
王都を出ればすぐに広大な田園風景が広がり、農夫たちが牛に
山羊や豚が草や実を食む様子や、まだ幼い子供たちがはしゃいで駆けまわっている姿も見ることができる。
「のどかなもんだな」
俺はそう独り言ちつつ、ふと微笑みを浮かべる。
俺たち勇者が各地で魔王と戦っているのは、こういう風景を守るためなのかもな、などと根拠もない感慨にふけったりもした。
「でもそれが今や、勇者同士の内輪揉めや権力争いに夢中とはね。……ため息も出るさ」
俺は実際に大きくため息をつきながら、馬車の窓の外に少しだけ顔を出す。
馬車が進んできた街道をさかのぼれば、そのゆるやかな下り坂の先にそびえる王都の一角に、勇者学院の立派な建物を見ることができた。
俺があそこに戻ることは、もうしばらくはないだろう。
戻ってくるとしたら、一年後──
俺はこの旅の原因となった、昨日の出来事へと想いを馳せていた。
***
王都の勇者学院で教師をしていた俺が、勇者協会の役員サイラスの呼び出しで理事長室まで来いという指示を受けたとき、もうその段階で、嫌な予感はしていたのだ。
そして残念なことに、その予感は的中してしまった。
「さて、ブレット先生。何か申し開きはあるかね?」
理事長席に座り、権威に満ちたデスクの上で偉そうに手を組んだ男が、その前に立たされた俺を見すえてそんなことを言ってくる。
この神経質そうな、老年期に差し掛かって白髪と顔のしわが目立ち始めた年配の男こそ、勇者協会役員のサイラスである。
ちなみにそのサイラスの後ろには、体じゅうを包帯でぐるぐる巻きにして痛々しさを演出した男子生徒が三人、俺を憎々しげに睨みつけながら立っていた。
こいつらは俺が教えていた生徒たちのうちの三人で、いずれも有力貴族や富豪の家に生まれたボンボン勇者なわけだが……。
つまり、彼らの主張するシナリオは、こういったものだった。
教師である俺──ブレットは、そこにいる三人の男子生徒に授業中に暴行を働いた。
ブレットという教師はとんでもない暴力教師であり、教師失格だ。
またこの男子生徒たちの親である有力貴族や富豪からも苦情がきている。
お前はこの王都の勇者学院で教える教師にふさわしいとは、到底言えない。
ひいては、お前には僻地の小さな村の勇者学院への異動を命じる──とまあ、そういうわけだ。
そうなった原因は何かと言えば──
サイラスは学院の人事権を掌握する勇者協会の役員なのだが、俺は事あるごとに、こいつの権力まみれのやり方を批判してきた。
それが気に食わなかったサイラスが、難癖をつけて俺を僻地に飛ばしてやろうという腹積もりなのだろう。
なお、とある同僚の女性教師の言うところによると、「ブレット先生は生徒想いで教育への情熱もあるし、教師としても勇者としても能力すごいけど、世渡りってものを考えないからいずれ左遷されたりしないか心配だよ」とのことだった。
その心配が綺麗に当たってしまったようで、俺としても口をへの字に曲げるよりほかになかった。
ちなみに大怪我を装って立っている後ろの金持ち家ボンボン系男子生徒たちは、まだ十分な実力もないのにプライドばかりが高く、授業もまともに受けようとしないようなやつらだった。
俺はそいつらに、今のままじゃ実力不足だからもっと頑張れとずっと言ってきたわけで、それが俺への恨みに変わったんだろうとなぁとは思う。
で、そこのところをうまいこと、サイラスに利用されてしまったんだろう。
そのあたり、俺の指導の仕方ももうちょっとやりようはあったのかもしれないと反省はあるところだが……。
ただまあ、すでにそうなってしまった以上、俺にできることはもうあまりなかった。
権力闘争と陰謀劇が好きなサイラスの描いたシナリオだ。
俺はこういう政治は苦手だし、外堀だってだいたい埋められているんだろうと思った。
だから抵抗するだけ無駄なんだろうなとは思いつつも──
まあ一応、申し開きがどうのと言っていたから、ある程度の抗弁はしてみようと考えた。
「いや暴行と言われても、そんな大怪我をするほどの授業はやってませんよ俺。それに魔王と戦う勇者を育てているんだから、多少の荒っぽい授業にはなります。暴力ゼロのお花畑教育なんてしていたら、育つ勇者も育ちませんよ」
とりあえず真っ当な意見を言ってみた。
勇者学院は、魔王と戦う勇者を育成する学院だ。
当然ながら、戦闘訓練を行っていかなければ話にならない。
そんな中、例えば近接戦闘の実習の際、押されたとか転んだとかはもちろん日常茶飯事で、ねん挫やかすり傷ぐらいはどうしても発生する。
あるいは布を巻いた木剣で生徒同士の打ち合いをさせても、場合によっては打撲傷ぐらいは普通に負ってしまうことになる。
それらの負傷を百パーセント回避しようとしたら、肉体を使った実習が一切できなくなってしまう。
魔王と戦う勇者を育てる勇者学院にあって、こんなにバカバカしい話はないだろう。
そして俺自身が暴行を働いたのではなくても、俺の授業で結果として負傷が発生したなら、それは教師がそのような暴力的教育を実施したのだと言えてしまう。
つまりこの話は、一から十までとんだ言いがかりなわけだ。
だが俺がそう答えると、部屋の脇で書記をしている男が、手元の紙にさらさらと何かを記入し始めた。
それを見た俺が思ったのは、どうせあれもサイラスの子飼いだろうから、細かいニュアンスとかを、向こうの都合のいいように書き換えられているんだろうということだ。
「教師ブレットは『多少の暴力ならば問題ない、むしろ必要だ』と答えた」とか何とかいうあたりだろう。
そして一方のサイラスはというと、眼光鋭く俺を睨みつけてきた。
「つまりブレット先生は、この生徒たちが嘘をついていると、そう主張するわけかね? しかも自らの暴力授業を肯定し、反省をするつもりもないと」
綺麗なまでの揚げ足取りだなと思ったが、確かに俺の言ったことをうまく捻じ曲げるとそうなるな、という言い分だった。
相手をするのも面倒なので、言葉尻を取られたことは無視して、素直に返事をした。
「まあ、そういうことになりますかね。そんな嘘をつかれるような指導をしてしまったことに関しては、少し反省していますが。あと、この王都には高位の治癒魔法の使い手なんざいくらだっているでしょうに。仮に怪我をしたとして、こんな包帯でぐるぐる巻きにする必要ないじゃないですか。なんでこいつらこんな格好してるんです?」
俺は暗に「痛々しさの演出のためでしょ?」という嫌味を乗せてやった。
するとそれを受けたサイラスは、チッと舌打ちをした。
それから苛立たしげに、バンバンとデスクを叩く。
「ブレットくん、なんだねその言い草は! 生徒たちに暴行を振るったことに対して反省の態度がないばかりか、生徒を嘘つき呼ばわりするとは! しかも暴力を振るっても治癒魔法で治せばいいだけだなどと、耳を疑うような暴言を吐く!」
そのサイラスの発言に関しても、書記がさらさらと記入していく。
どうやらこっちが何かを言った分だけ、都合のいいように発言をピックアップされて、こっちの首が締まるという寸法のようだった。
もちろん治癒魔法うんぬんは、そういう意味で言ったわけではなかったのだが。
サイラスのやつは、こういうところは本当に口が回る。
まあいずれにせよ、最初から茶番で、出来レースだ。
あと聞いておくべきことは何かあるかと考え──
俺はサイラスから視線を外し、後ろの三人の男子生徒たちに目を向けて言った。
「お前たちは、本当にそれでいいのか? 後悔しないか?」
俺のその言葉に、三人の男子生徒は俺から視線を逸らせた。
まあ、そんな一言で改心するようなら苦労はしないという話ではあった。
あの生徒たちを巻き込んだサイラスのやり方には反吐が出るが、あいつらだっていい加減、子供とも言い切れないぐらいの年齢だ。
自分のやることは、最終的に自分が決めて、その責任は自分で引き受けるしかない。
俺が恨んだりしなくたって、あいつらの中で自分が作った傷痕は残り続ける。
それを消してやることができないのは、教育者としては少し歯がゆかったが。
だが一方のサイラスはというと、そんなことを考えるつもりはまるでなかったようで──
「風向きが悪くなると、今度は生徒たちを恫喝かね? 本当に見下げ果てた教師だなキミは。もう顔も見たくない、さっさと出ていきたまえ。辞令に関しては後ほど部屋まで届けさせる。受け取り次第、荷物をまとめてこの学院を去りなさい」
そう言って話を強制的に終わらせて、俺に退室を命じた。
俺はため息をつきつつ、こっちこそこれ以上の茶番は願い下げだと、理事長室をあとにしようと思ったのだが──
その前に一つだけ、捨て台詞を吐いておこうかと思いなおした。
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