大文字伝子が行く25

クライングフリーマン

大文字伝子が行く25

伝子のマンション。伝子は久保田警部補から、先日の事件(「大文字伝子が行く24」参照)の報告を受けていた。「結局、悪銭身に着かずって奴ですかね、ベガスで大金全部すったそうです。仲間の者も逮捕しました。あの男は眠り王子だったけど、それをしゃべった後、亡くなりました、今朝。」

「やはり打ち所が悪かったか。ボーリングの玉じゃなあ。」「ところで、大文字さん。先日の技。」「送り襟締め?」「あっちゃん、あつこに教えましたか?」

「教えましたが、何か?」「この間、実験台にされました。」「何秒でしたか?」「30秒だそうです。」「まだ甘いな。」「お願いです。もう教えないで下さい。身が持ちません。」

「大変でしたね。はい。昆布茶。過労にいいそうですよ。」と高遠が昆布茶を出した。

「ありがとうございます。」「夫婦喧嘩の仕方を工夫積もりかも。久保田さんには悪かったが、ご両親のことを話しました。殉職のことを。あつこも反省しているんですよ。」

「お二人だけだと静かですね。ああ。物部さん、婚約されたんですって?あの逢坂女史と。ご存じでしたか?」

「いや、私たちも初耳でしてね。とんだサプライズでした。今日は中山ひかる君の母親の宝石店(「大文字伝子が行く25」参照)で婚約指輪を作っています。」

「愛宕のお隣さんですね。」「学。ヨーダもひかる君の所で作るそうだ。実は、この結婚指輪も福本のところの結婚指輪も、そこで作ったんですよ。4割引で。」

「そりゃ凄い。うちは渡辺家御用達の店が一杯ありますが、そういう庶民的な方がいいなあ。」

「そんなこと言ってたら、また締められますよ。」と、笑いながらなぎさが入って来た。

「はい、これ。おねえさま。」伝子が受け取った紙は一種の辞令のようなものだった。

「緊急時にエマージェンシーアンバサダーとして、警察及び陸上自衛隊の臨時職員任務を依頼することがありますので、ご協力を頂きたいので、よろしくお願い致します。」伝子は読んだ紙を放った。「馬鹿馬鹿しい。」

「アンバサダーってどういう意味でしたっけ、高遠さん。」と警部補が尋ねると、「本来は『大使』って意味だけど、まあ昨今マスコミは何でもありで応用しますからね。ちょっと前だと『ソムリエ』とか『アナリスト』とか。そういうネーミングですかね。」

「この際、正式名あげて、って叔父に掛け合ったの。内容なんかどうでもいいのよ。」

「要はお前やあつこに命令してもいい、ってことか。」「そうね。」

「伝子さん、額に入れときます?」「その辺の引き出しでいい。」

物部と栞が入って来た。「大文字。5割引きにしてくれたぞ。」「半額?凄いじゃないですか、副部長。」

「値切ってないわよ。伝子効果ね。」「伝子に感謝しているってことよ。」

「流石アンバサダー。」「茶化すなよ、学。」

依田と福本がはいいて来ようとした時、駐車場で大きな音がした。二人は急いで走った。駐車場では、依田の配達車の前面に車が突っ込んだ形でとまっていた。

丁度やって来た愛宕が「みちる。署に電話だ。」「了解。」

突っ込んだ車から悠然と老人が降りてきた。「誰だ、こんな所に。危ないじゃないか。」

「危ないのはあなたでしょ。駐車していた、この車はちゃんと駐車エリア内に駐車しています。免許証を拝見します。」依田は失神した。

藤井の部屋。額に氷嚢を乗せられた依田は起き上がった。「ここは?あ、藤井さん。」

「余程ショックだったのね。貧血かしら。」と栞は言った。「に、荷物が・・・。」

愛宕が所長の松永を連れて入って来た。「あ。所長。」「大変な災難だな、依田。荷物は幸い割れ物が無かったし、無事だ。泉達に振り分けた。代車は明日届くが、明日は休め。今日もな。お前は怪我してないが、労災は心配ない。後は任せろ。」

松永が出て行くと、「僕も、後は任せて見に行ってやれ、って言われて。」と愛宕が言った。

「まあ、いい上司がいると安心して仕事出来るわね。はい。塩むすびよ。」と、起き上がった依田に藤井は食べさせた。「凄い食欲。依田君、お昼食べて無かったの?」

「はい。まだ。」「夕飯の足しにして。今お弁当作っているから。」と藤井が言っていると、「これも夜食にでも、な。」と物部が玉子サンドを持ってきた。

「あれ?副部長。店に戻ったんですか?」「ばか。そんな余裕あるか。大文字邸の厨房を借りたんだよ。」「大袈裟ですよ、副部長。」と後ろから高遠が顔を出した。

「ヨーダを誰が送るかな?って思っていたら、今南原からこっちに向かっているって言ってきた。」「その必要はないわよ、今蘭ちゃんのお店でカットして貰ってたの。蘭ちゃんと一緒に送っていくわ。」「依田さん、しっかりしてよ。未来のお嫁さんがついているんだから。私、お兄ちゃんの所に泊まるから、いいわ。慶子さん。」

「ありがとう、皆さん。ありがとう。」

依田のアパート。「依田君、大変だったね。」と大家の森淳子が駆け寄って来た。

「今夜は蘭ちゃんも帰ってこないし、婚前交渉しても大丈夫よ。私は耳が遠いし。」「はい。頑張ります。」と森と慶子が話しているのを聞いて、「おいおい。」と慌てた。

「依田君はね、いい人なのよ。おっちょこちょいだけどね。」と、森は付け加えた。

伝子のマンション。「依田君はね、いい人なのよ。おっちょこちょいだけどね。」と祥子が真似すると、「似てるなあ。」としきりに高遠が持ち上げた。

「俺が隣にいて良かったですよ、先輩。もうちょっとで『記憶喪失男(「大文字伝子が行く24」参照)』みたいになるところだった。

「で、その人、ボケ老人ですか?愛宕さん。」「さあ。今のところは何とも。でも、いつかあったでしょ。元交通安全委員会の役員だかなんかで、車暴走させて致死傷者が出ているのに、ブレーキが故障していた、欠陥車だったなんて言い通した老人が。」

「いたいた。ブレーキ痕もないし、完全に車に欠陥ないのにシラをきろうとした。」

愛宕と南原の会話に割り込んで、「真似をして、罪を軽くしようと画策かな?どっかの大会社の社長なんですよね、愛宕さん。」と高遠が言った。

「高齢者の自主返納は簡単じゃないんだろ、愛宕。」「そうなんですよ、先輩。都会はともかく、過疎地は贅沢じゃなくて必需品ですから、車は。」

「地域ごとに加減って言った人もいるけど、差別だーって騒ぐ人がいるから。」と久保田は言った。「依田君は?」「今帰りました、婚約者が送って行って。」

「じゃあ、私も帰ろう。愛宕も早く帰らないと、痣が増えるぞ。」「先輩。それ言わないで下さいよ。」

二人が帰ると、栞は「じゃ、私たちも帰ろうか、一朗太。」と言った。

「一朗太?」と伝子が言うと、「もうばらしちゃったし。今日は一晩中セックスよ。」と栞が言うと、「勘弁してくれよ。」と物部がもの悲しそうに返した。

南原の車の中。南原の隣に蘭がいる。「エマージェンシーアンバサダーだって、変な名前だよな。」「慶子さん、しっかり者の奥さんにないそうだね。」「そうだな。どういう訳か女性にリードされる男性が揃ったな、ウチのグループは。」「お兄ちゃんにはパートナーいないじゃない。」「お前がリードしているよ。」「そか。あ、お母さんに寿司買って帰ろうか。」「いいな、それ。」

福本の車の中。運転している福本に「逢坂先輩って、あんなキャラだった?」「ううん。昔と違って来たなあ。吹っ切れたかなあ。来月な、蘇我部長の13回忌なんだよ。」

「心機一転まき直し、かな?」「うん。でも、お前も前にいってたじゃないか、お似合いだって。」「そうね。祝福しなくちゃ。」

翌日。警察署署長室。「釈放?」と警部補と愛宕とみちるが叫んだ。「弁護士がな。逃亡の恐れがないだろうからって。」「以前、車の会社の外国人社長がスパイ映画みたいなことして海外逃亡しましたよね。」とみちるが詰め寄った。

「『警察としては』、仕方がないんだよ。『警察としては』。分かるだろ?警部補、愛宕巡査部長、白藤巡査部長。『警察としては』な。」と管理官が言った。

「管理官。何度も同じこと言ってない?」「いや、署長。こいつら何度も言っておかないと、暴走するでしょ。」「そうか。じゃ、私も念押しだ『警察としては』仕方が無いんだ、『警察と「しては』な。」

「了解しました!!」と3人は大きな声で返した。「よろしい。」署長は満足したようだった。

空港。サングラスをかけた老人がキャリーを押して歩いている。「落ちましたよ。」とすれ違った女性が言った。老人がしゃがみ込んだところ、突然女性は悲鳴を上げた。

「きゃー。泥棒。何すんのよー。」「どうされました?」と空港警備員らしき女性が駆けつけた。「この、この人が私のバッグを奪おうとしたんです。ああ、紐が切れそうだわ。」

「ちょっと、お話を聞かせて下さい。お手間は取らせませんから。」老人は二人に脇を抱えられ、どこかへ連れて行かれた。二人は伝子となぎさだった。

空港のある一室。「念のため、お荷物も拝見します。」スーツケースを開けた途端、側にいた犬が吠えた。サチコだった。「麻薬を持ち込もうとしましたね。永良啓介さん。」犬と一緒にいた女性が手刀で永良の首を後ろから軽く叩いた。あつこだった。

1時間後。永良は取調室で目を覚ました。「『もう1度』、事件の初めから語っていただきましょうか。」と、久保田警部補は言った。

1週間後。テレビのニュースを皆で見ている。「永良容疑者は容疑を認め、ブレーキとアクセルを踏み間違えた、体裁が悪いのでシラを切った、と供述をしている模様です。」

テレビを消した後、「先輩や二佐はともかく、渡辺警視はまずかったんじゃないんですか?」と福本が言った。「ふふふ。私は欠勤していなかった。」「替え玉がいたからな。」と、伝子も笑った。

「私よ、福本さん。」とみちるが言った。「それにしても、3回も脱出しようとするなんて。その都度連れ帰ったけどね。」

「はしのした弁護士は有能な代わりに間抜けだから。弁護士は国選に代わったわ。殺人じゃないから大した刑期じゃないけど、出ようとした時の写真は週刊誌が『スクープ』したし、『逃亡の恐れなし』なんかじゃなかったのよ。」とあつこは吐き捨てるように言った。

「ヨーダも復帰して元気に仕事してるし、エマージェンシーアンバサダーの活躍のお陰ですよね、管理官。」「ああ。ありがとう。これで、新体制が出来た。」

「ヨーダの車は、修理して来週返ってくるらしい。婚約後の交際も順調らしい。」と伝子が言うと、「あの時、一晩中セックスしたのかしら?」と蘭が言うのを「止めなさい、蘭。」と南原が慌てて言った。「でも、大家の森さんが唆したらしいわよ。」

「蘭もすっかり大人だな。」「何で知ってるの?先輩。昨日の誕生日でハタチよ。」

皆が言葉に困っていると、話題の森が藤井と入って来た。編集長も続いた。

「ええ。蘭ちゃんもすっかり大人よ。おっちょこちょいだけど、依田君もいい人見付けたみたいだわ。蘭ちゃん、諦めていい男見付けなさい。」と森が言うと、「あら、蘭ちゃんの好みだったの?私がもっと、いい人見付けてあげるわよ。」と編集長が言い、物部に通販顧客リストを渡した。「逢坂先生。マスターと一緒に住むの?」「まだ決めてないわ。今は子作りで精一杯。」「やだ、エッチ。露骨ね。」

「あ、そうだ。婚約指輪見せて。」「これよ!」と栞は物部とお揃いの指輪を、かざした。「まだ台座だけだけどね。これがパンフレット。」

「ウチと同じ系統ですね、伝子さん。」「うん。」伝子と高遠も指輪をかざした。

「ううう。」「何?なぎさ。サチコみたいに唸って。」「やはり嫉妬心が出てくる。ううう。」

「先輩。サチコに失礼です。」「そう、サチコは嫉妬心で吠えたりしない。凶悪犯は見分けられるけど。」と、福本と祥子が言った。

「そう言えば、今回サチコにも見せ場作ってくれてありがとう、おねえさま。」とあつこが言った。

「いや。ははは。あいつかなりビビってたな。」「お待たせ、と言いたいところだが、あっちゃん、出番だ。」「何?」「夫婦喧嘩。女房が包丁振り回しているらしい。」「危険な仕事するなって言ったのは、どの口だ?」「いや、君なら説得出来ると思って。」

久保田夫妻は出て行った。藤井が笑い出し、「普段夫婦喧嘩している人なら、説得力あるわよねえ。」と言った。皆も追随した。

―完―







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