悪役令嬢による婚約破棄のお話

清水柚木

悪役令嬢による婚約破棄の為の討論会

「アンシェリーナ・セシリア・ビーシェーヴェル伯爵令嬢!私はここで、貴女の罪を暴き、婚約破棄をする事を宣言する!」


 我が国の第一王子ディーデリックが高らかに宣言する。その傍らには不安な顔をしたかわいらしい女性。アナベル男爵令嬢。更に王子の周りには取り巻きの男性が取り囲む。

 今日は何のパーティーだか忘れてしまったけど、来て良かったとほくそ笑む。

 周囲の貴族も同じ事を思っている様だ。皆、生唾を飲み込み王子と婚約破棄宣言された伯爵令嬢アンシェリーナ様を見守っている。


 こんな大勢の前で婚約破棄された一般的に考えれば可哀想なはずの伯爵令嬢アンシェリーナ様は、その美しい美貌に笑みをたたえて、言い放った。


「良いでしょう。ではディベートを始めましょう!」

「ディ、ディベートとはなんだ⁉︎」

 叫ぶ王子を見て、アンシェリーナ様は呆れた様にため息をついた。


「まぁ、そんな事もご存知ではないとは・・。まったく相変わらず馬鹿王子でいらっしゃるのね?ではわたくしが教えて差し上げましょう。『ディベート(debate)とは、ある公的な主題について異なる立場に分かれ議論することをいう(広義のディベート)。討論(会)とも呼ばれている。』(Wikipedia調べ)ですわ」

「う、ウィキ??」

「馬鹿王子はWikipediaもご存知ないのね?わたくし呆れてしまいますわ」

「私は王子だぞ!馬鹿王子言うな!」

「その発言を堂々とおっしゃられる、理解し難い程の弱い脳みそをお持ちの方をどうして馬鹿王子と言わずにすむのか教えて頂きたいのですが、まぁ仕方ありませんわ。度し難い馬鹿でも一応我が国唯一の王子ですものね。では言い方を変えましょう。残念ながらお母上のお腹の中に、理性と知性と理解力と忍耐力をお忘れになってお生まれなった可哀想な王子でいかがですか?」


 馬鹿王子、じゃなくてディーデリック王子の発言を受けて、流暢に何倍もの言葉を返すアンシェリーナ様の言葉は辛辣だ!


「私は、お前のそう言う所が嫌いなんだ!」


 子供の様なディーデリック王子の発言に貴族達はため息をつきつつ、影でクスクス笑ってる。


「残念ながらお母上のお腹の中に、理性と知性と理解力と忍耐力をお忘れになってお生まれなった可哀想な王子。今はディベート中ですのよ?感情的な発言ではなく、理路整然とお話しして頂けますか?まぁ、残念ながらお母上のお腹の中に、理性と知性と理解力と忍耐力をお忘れになってお生まれなった可哀想な王子には難しいかとは思いますが!」


「お前、良くそんな長いあだ名を覚えているな?」

 ディーデリック王子の発言に皆は頷く。確かに長すぎる渾名だ!


「コピペですから問題ありませんが、やはり長いですわね。仕方ありません。話が進まない上に、無駄に文字数を増やすだけですものね。不本意ですが、正直、心の底から拒否したいですが、お名前で呼んで差し上げましょう。ディーデリック王子、ほんと最悪、吐きそう、あんなクソ男を名前で呼ぶとか、どんな試練だって言うのかしら。リリィ、私に消毒薬をちょうだい」


「はい!アンシェリーナ様」

 私は消毒薬と言う名のワインをお持ちする。ワインを受け取り、テイスティング後に、ゆっくり飲まれる姿は美しく、私も周囲の貴族も魅入ってしまう。


「アンシェリーナ様、発言をお許し頂けますか?」

「ええ、リリィ。かわいいあなたの言葉なら、わたくしはいつでも受け入れるわ」

「では、ディーデリック王子の事は、敬称で呼ばれてはいかがでしょうか?我が国は残念ながら、第一王子しかおりません。そう言った意味では問題ないかと・・」

「そうね!賢いわ。リリィ。どうして今まで気付かなかったのかしら?やっぱり考えたくない人間については、思考が鈍ってしまうのね。情け無いわ」


 そんなアンシェリーナ様も素敵だと私はうっとりする。外野のクソ王子が不敬だなんだ騒いでるけど、どうでも良い。


「さて、呼び方も決まった事ですし!第一王子、わたくしの罪とはなんですの?」

「お、おお、そこに戻るのか。まぁ良かろう。アンシェリーナ嬢、お前はここにいるアナベル男爵令嬢をいじめたらしいな?」

「いじめ?身に覚えがございませわ」

 

 やっと始まったディベートに、これはディベートではないのでは?と突っ込みつつ、皆で見守る。


「言い逃れはできないぞ!お前はアナベル男爵令嬢の教科書を破き、制服のスカートにハサミを入れ、階段から突き落としたらしいではないか!私の婚約者として、

「それは何時何分何秒⁉︎」


 王子の言葉を遮り、的確な質問をするアンシェリーナ様は素敵です。でもディベート中は人の言葉を遮ってはいけません!マナー違反ですわ!


「何時何分って・・・」

「証拠も無しに罪を問うなんて馬鹿な事はおっしゃらないですよね?まさか?え?嘘?証拠もないんですか?そこまで?そこまでだとは?まさかお母上のお腹の中に、脳みそまで?ああ、それでは仕方ないですわ。第一王子に罪はございませわね」

「そんな訳がないだろう!五体満足で産まれたわ!そして証拠はある!このアナベル男爵令嬢がお前がやったと言っていた!」

「・・・それは証拠ではないですわ」


 私を含む貴族全員が頷いている。でも仕方ない事かも知れません。おつむのお可哀想な王子様ですもの。


「ど、動悸だってあるぞ!お前は私がアナベル男爵令嬢と仲が良いから嫉妬したんだろう!そうに決まってる‼︎」

「嫉妬?」

「そうだろう。第一王子の婚約者の座を奪われたくないから、だからアナベル嬢をいじめたんだろう!浅ましい女め‼︎」

「わたくしが第一王子と婚約したのは、国王夫妻に土下座して頼まれたからですわ。そうでなければ、なぜわたくしが貴方の様な男のと結婚せねばならないのですか?」

「土下座?嘘を言うな‼︎」

「あら?ご存知ないのですか?皆、知ってる事ですわ。ねぇ、皆様?」


 私を含める貴族全員で何度も頷く。それは有名な話だ。知らぬは本人ばかりと言う訳ね。でも仕方ない事かも知れません。おつむのお可哀想な王子様ですもの。


「そもそも、その金だか黄色だか分からない髪色。一応二重だけどパッチりしてる訳でなく、細めでもなく中途半端な目。やたら高いだけの鼻。ぷよぷよして気持ち悪い唇。中途半端な背。ガニ股。少し前屈みの立ち姿!惚れる要素がございませんわ!アナベル男爵令嬢が万が一、惚れているとおっしゃるのであれば、趣味が悪いとしか思えませんもの」

「ディーデリック王子は素敵です!アンシェリーナ様は私に王子様を取られて悔しいから、そんな事ばかりおっしゃるのね!」


 一言も喋らなかったアナベル男爵令嬢が喋った!ちょっと鼻にかかる声が男ウケしそうだわ。そして男の趣味も悪いみたい。ディーデリック王子は抱かれたくない男、第一位に5年連続選ばれているのに!


「あら?本当に惚れていらっしゃるのね?では宜しいですわよ。熨斗つけてくれてあげますわ。むしろ持って行ってくれてありがとう。それを持って行ってくれるなら、冤罪も受け入れましょう」

「え?でも、良いの?」

「ええ、どうぞ。ここにいる皆様が証人になって下さいますわ。さぁ、皆様、新しい人生を歩む二人に拍手!」


 アンシェリーナ様を含む皆で拍手する。なんて素晴らしい光景かしら。涙なしでは語れないわ。これで私を含む皆の希望も叶うわ。そう思うと心が躍るわ。


「ではまとまったところで」

 アンシェリーナ様がその細く、長い指をパチンと鳴らす。そうすると、馬鹿王子を取り囲んでいた取り巻きが王子とアナベル男爵令嬢の腕を掴み、取り押さえた。


「お、お前達!何をする⁉︎」

 慌てふためく二人に私は近付く。手には良く研がれたナイフ。あぁ、まさか今日になるとは。やはり常に準備しておくものね。


「アンシェリーナ様。ご命令を」

 私を含む貴族全員が跪く。アンシェリーナ様を中心として。


「ではリリィは国王夫妻に退任要求を。その王子の指でもナニでも切り取って送って差し上げなさい。そこで退任しなければ、分かっているわね?」


 アンシェリーナ様の視線を受けて騎士団長がほくそ笑む。軍隊の90%はアンシェリーナ様の配下だ。問題ない。


 次に各大臣が前に出る。アンシェリーナ様は国内への対応、各国への対応と次々に指示を送っていく。


 私は取り巻きだった男達によって、裸にされた王子に向き合う。あぁ、アンシェリーナ様のおっしゃる通り馬鹿な男。

 

「どこを切りましょうか?ねぇ?お・う・じ・さ・ま」 


 ああ、本当に今日は来て良かった。後で祝盃をあげよう。

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悪役令嬢による婚約破棄のお話 清水柚木 @yuzuki_shimizu

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