料理はまた明日

 今日も仕事が終わり近所のスーパーで買い物をしていると、野菜売り場にやってきたマンションの隣室に住んでる30代女性と目があった。


「こんばんは、夕飯の買い物ですか?」

「こんばんは、」


 隣人はふと会話を止める。逡巡の後、水面に水滴を落としたように言葉を発した。


「以前、どこかでお会いしましたか?」

「以前、…………あなたがマンションに引っ越してくる前のことなら、会ったことないですね。」


 思い返してみても、目の下に濃いクマがある白衣の女性は以前の記憶に存在しなかった。

 そういえば、隣人はいつも白衣を着ているように思う。


「そうですか、変なことを言ってすみません。しかし、これも何かの縁。これだけは伝えてさせてもらいます。“早急に、手遅れになる前に——”」


 隣人はそう言ってペコリと頭を下げると、重そうな買い物かごに何故かレタスを入れ、おぼつかない足取りでその場を去っていった。


◽️◽️◽️◽️


 今日の食材は、キャベツ、玉ねぎ、人参、じゃがいも、エリンギ、鶏もも肉、ウィンナーである。

 この食材でポトフとチキンソテーを作る予定だったが、今は料理を作る気分になれなかった。


 今日買った食材を冷蔵庫に仕舞った。

 冷凍したご飯と朝食用にとっておいた昨日のカレーを冷蔵庫から取り出し、電子レンジで数分加熱する。深皿に盛り付けて机に並べると、スプーンと水を入れたコップを持って席についた。


「いただきます。」


 夕食をただ黙々と食べた後、昨日貰った蜂蜜酒を棚から出した。

 お猪口に半分注いで少し飲むと、蜂蜜の甘い香りに比べて思ったより甘さが控えめで、すっきりとした飲み口が特徴的だった。


トン、トン、トン、トン


 度数が高いので少しずつ飲み、今度は何かで割ろうと思いながら蜂蜜酒を棚にしまうと、クローゼットに視線を向ける。


 クローゼットの中には、金属バットが収納されている。


 ゾンビに遭遇した時から、念のため金属バットを購入しておいたのだ。


ドンドンドンドン!


 さすがに自分でも物騒だと思ったが、やるしかないだろう。


ドンドン!ピンポンピンポンドンドン!


 覚悟を決めると、クローゼットを開けて金属バットを手に取り、握りしめて玄関に向き直った。






 あ、鍵閉めるの忘れてた



ガチャリ

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