第2話 親友と日常

「おっはよぅ!」


扉を気持ち良く開けながら、一人の獣人の女性が入ってきた。

少し短めに外はねした赤い髪にきりっとした目つきの姉御感のある表情。

スラリとした体躯にバネの強そうなしなやかな筋肉をまとった猫の獣人。


彼女はシャム。

彼女の顔を見た瞬間に私は声を上げる。


「しゃむうぅぅぅ!おはよおぉぉぉ!」


それに対しシャムも


「さちいぃぃぃ!おはよおぉぉぉ!」


そしてシャムは満面の笑顔でこちらに走り出し・・・


盛大にこけた。


「ぶへらぁっ」


「しゃ、しゃむ、ぶふっ、何やってるぶふうっ」


私は笑いを堪えようとしたが、海老反りでこちらに滑ってくるシャムを見て、我慢するのは到底無理と感じて気にせず笑うことにした。



彼女はシャム。

恵まれた身体能力を生かし、体術とガントレットを駆使して戦う猫の獣人。

戦闘時は非常に頼りになり、一見すると綺麗なお姉さんに見えるのだが・・・

日常の気の抜けている時はとんでもないポンコツなのだ。



エトーは目が点になっていたものの、気を取り直してシャムに声をかける。


「おはようございます。シャムさんも今日はお早いですね。」


「おはよう、エトさん。昨日は依頼が早く終わっちゃってね。ゆっくり休めた・・・もう、さち!いつまで笑ってんの!」


「いや、だってぶふう、顔からこっちに滑ってきたらぶふっ面白ぶふっ。ふぅ・・・笑うのを我慢できたエトさんがおかしいんだよー。」


「もぅ・・・まぁ、さちだからいいけど。」


シャムやこのギルドのメンバーは大体私のことを[さち]と呼ぶ。

最初は皆に必死にサ・テ・ィ・だ!と繰り返し言ってたのだが、この自由で悪意の無いからかいが大好きなギルドメンバーにはのれんに腕押しということを理解してしまい、それからは好きに呼ばせている。おかげで最近ではギルドメンバー以外の知り合いでも私のことをさちと呼んでくる。

何故かエトーだけはハルさん呼びだが。


「そうそうシャム、今日は暇ってことだよね?良かったら一緒に冒険者組合の依頼でも受けに行かない?」


「もう、まだ暇とは言ってないけど・・・、そうねオーケーだよ。さちとならバランスも良いしね。」


「やった!そうと決まったら早速行こう!エトさんもどうだいー?」


「一緒に行くとここが留守になってしまうし、二人に付いていくのも大変ですし・・・私は帰ってきた皆さんのための食事でも作っていますね。」


そう言ってエトーは台所の方へ向かう。


「はーい。じゃあシャム行こっか!」


「おっけー。じゃあエトさんいってきまーす。」


「いってきまーす。」


「はい、気を付けていってらっしゃい。」


そして私はシャムと二人で冒険者組合に向かう。

私は機嫌が良かったところにシャムが加わったことで更に上機嫌になってしまい、

少し音の外れた鼻歌を口ずさむ。

シャムも知っている曲だったようで、2人で一緒に歌いながら歩く。


「音がずれてたから一瞬なんの曲かわかんなかったよ。」


「そこも含めて可愛いだろ?」


「あ、あの洗濯物飛んじゃいそう」


「話を変えるな、可愛いと言えー。」


軽口を交えた会話と歌はいつまでも続く。



そう私とシャムは親友なのだ。



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冒険者組合に続く白い石畳の道をシャムと二人で歩く。


「おっ、シャムとさっちゃんじゃないか。今日は二人で仕事かい?」


道横の果物が溢れんばかりに積まれた屋台から、恰幅の良い中年の女性が声をかけてくる。


「そうだよー。・・・って、さっちゃん?僕のこと?」


「さっちゃん以外にさっちゃんがいるのかい?」


「ええぇ、さちならまだしもさっちゃんって・・・サティだから間違ってはいないけどさぁ」


「見た目が可愛いんだから、呼び名も可愛いくていいじゃないか。」


「確かにそうだ!さっちゃん呼び全然オーケー。僕可愛い!」


私は可愛い。なら可愛い呼び方も受け入れるべきなのだ。


「さちがチョロい上に変なドヤ顔してる・・・」


少し引きながら、そう言ってくるシャム。


「失礼な。僕はとても可愛いし、ドヤ顔も綺麗にキマってる。」


そんないつもの会話を楽しみながら、私とシャムは屋台通りを抜ける。


エトーの方針で地域に対する貢献活動も色々行っている[フリーウォーク]なので、私達含め[フリーウォーク]のギルドメンバーは街の人と接することも多い。

流石にこの広い街で全員知り合いとはいかないが、こういった屋台通りの人達は大体見知っている顔だし、そんな人達とはほとんど仲良くさせてもらっている。


店の人達や他のギルドとも良い関係を築けているのは、やはりエトーの方針が大きいだろう。


とはいえ数は少ないが少し関係がギクシャクしているギルドもあるにはある。

これに関してはまた別の話であるし、違う機会にでも語るとしよう。


そうこうしてシャムと軽口を叩きながら歩いていくと、とある建物の前にたどり着く。


この街のギルドの総まとめである冒険者組合の建物だ。

多数いる冒険者をまとめている組合にしては少し小さい印象を受けるだろうか。

この2階建ての建物には1階には少人数用の仕事の依頼の展示とその受付と事務室。

2階には会議室と資料室と組合長の部屋。

最小限の機能がこの建物にまとまっている。


ギルドという各々の小規模の集まりが発展しているこの街では、ある程度の大きい依頼であれば、それに適したギルドに直接依頼を送るので、残った小さい依頼の展示だけで済む。

各々ギルドがホームを持っているので酒場などの交流用の施設もそこまで必要ない。

初心者の冒険者も現状は[フリーウォーク]に送られてくるため、そういった施設も必要ない。

(ちなみに初心者の冒険者は組合に来た一番最初、組合長のとても怖い洗礼が直々にあるので、心構えのなっていない初心者が[フリーウォーク]の扉を叩くことは稀である。)

なので、現状はコンパクトに機能が収まっている冒険者組合。

それがこの建物なのである。


そんな建物の中に入り、早速依頼を物色する私とシャム。


「シャム、草原狼の牙の納品だって。今日は天気良いし草原は気持ちよさそうだし。これにしよーよ?」


「んー、そうだね。あたしは今日はさちに誘われたわけだし、それでオッケーだよ。あそこは虫と鳥が多いけど・・・まぁ、さちなら問題ないかー。」


「ありがと!じゃあこれ受けてくるね。」


そう言って私は依頼書を持って受付に向かった。

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