第21話
結局、放課後まで、将軍がクラスに戻ることは無かった。
心配をよそおうフリをして投げかけられるクラスメイトからのひやかしに、渚はいいかげん、うんざりとし始めていた。
ちなみに、渚に夢中になる者が現れる度に、このような光景は度々見受けられた。
彼女は友人らに簡単な別れの言葉を告げると、足早に教室を後にした。
「あら、もう帰るんだね?どうしてだろう。ニシシ・・・!」
「また明日なー」
「ショーグンにヨロシク」
教室に残った女たちが愉快に微笑し、渚は、背後でそれを聞きながら喉の奥で唸った。
もちろん、彼女たちに悪気はまるで無い(多分)。むしろ、誇らしさすら感じているものも居たのかもしれない。しかし、しかしだ。それぞれの言い分を聞けば聞くほど、やれ、渚だけ狡いだとか、渚ばっかり羨ましいだとか、渚みたいになりたいだとか、挙句の果てには、なにか、良い結果を得た時の理由をも、モテるから。という事にされてしまう(家庭科の成績とそれが、一体何の関係があるというのか!)。
モテるという評価だけが先行して、本当の自分を誰も理解していないのではないか?などと、うつ病をこじらせた物書きのような考えがたまーーに頭に浮かぶ、すると、その都度、どうしても、疎外感を感じてしまう。更にとどめは、ささやかな不幸に見舞われた時の。
でもいいじゃん、渚はモテるんだから。だ。
いったいなんだそれは?
まったく。モテるこちらの身にもなってみろというのだ!
そう考えて、すぐに悪い考えだと自覚する。
渚は思わず、深いため息をついた。この行為は、自分ルール、マイナス85点である。
人から好かれることは、この上なく素晴らしい事だ。おばあちゃんも言っている、それが周知されているという事実も言わずもがな。
だがしかし、今日などは一日中、クラスメイトらに暇を見つけてはいびられて続けて来たのだから、思考がそのような悪い方向に誘導されてしまうのも無理もない事だとも思った。ただでさえ、こちらは気が立っているのだ。
「・・・渚?大丈夫?帰る前に保健室行く?」
眉をひそめて、由夏が心配そうに尋ねた。それを聞いて、渚は胸の辺りがじんわりと温まるような気がした。普段は気丈な渚だが、この時ばかりは映画やドラマに登場する、見た目だけが取り柄の頼りないヒロインみたいにふらふらと、由夏の体にしな垂れかかりたくなる強い衝動に駆られる。が、渚はぐっとこらえて、ぱしぱしと両手で頬を張った。
「ううん、だいじょぶ!今日バイトあるしさ」
「ほんとう?」
「うん!へいきへいき!」
「そうなんだ・・・でも、無理はしないでね?」
「うん、いつもありがと!由夏」
「ふふ・・・なぎさぁーがんばれぇー・・・!おー!・・・なんちゃって」
「きゃー!ゆかーー!ありがとおー」
「きゃー!・・・あ、やっぱりあんまり頑張らなくても、いいよ?ふふ」
「うん。わたしがんばりすぎないー。適度にやるぞー!」
「うん。渚?そうしよ?」
ふるい下駄箱が並ぶ玄関は、砂の匂いがした。
校庭で早速練習を始める野球部員たちの立てる砂埃が、匂いだけこちらに届いているのだ。二人は靴を履き替えて藤棚の横を通り過ぎ、いつものように談笑しながら校門をくぐった。
???『おぅ。渚じゃねーか。偶然だな』
「それでね、それでねぇーおばあちゃんが急にカステラが食べたいなんて言うからさー」
「ふふ。それで?どうしたの?渚?」
「夜も遅かったし、来週でいいやって思ったんだけど。そう言えば、ずっと前に貰ったのどこかにあったなぁって思って。冷蔵庫の中捜してみたんだ」
「うんうん」
「そしたらね。あったの!奥の方に!賞味期限半年前!」
「ふふふ。食べられないね?ざんねん♪」
「でも、おばあちゃんが大丈夫だって言うから。結局みんなで食べたの」
「ええー!すごい・・!勇敢だ・・ね?お腹、痛くならなかった?」
「ショーグンだけなったんだ」
「え!そうなんだ・・・ふふふ!あ!ごめんね?笑っちゃいけないのに」
「いーっていーって」
???『てッオイ!あからさまに無視スンなッ!!!』
校門に張り付いて、ずっと渚の事を待っていたのは、別の高校に通うヤンキー。
「あ・・・わたし、ね?気付いてましたー・・・ふふ」
「あー、誰だっけ?」
彼は、まってましたと言わんばかりに、自慢の金髪リーゼントとビーバーのようにせり出た前歯を夕日に当てて整えた。
「富樫・・・竜二(とがし りゅうじ)」
「それでね。それでねー」
「うんうん」
すたすた。
「ウォおおイッ!!」
「もーわかってるよぉ。相変わらず、からかい甲斐のある奴だなぁ」
あきれた様子で渚が振り向いたので、竜二はお気に入りの愛車カマキリG(ハンドルや荷物置きを改造した自転車)を引いて、嬉々として二人の隣に並んだ。
「途中まで一緒に帰ろうぜ渚」
「ええー、いいけどさ。ばーちゃんが見たらまたシバかれるよ?」
「へっ・・・」
竜二は、目を閉じて、人差し指で鼻をかいた。
「平気さ・・・」
「・・・あっ。竜二くん。すごい汗・・・」
「ばっばっばっばばっばバカ野郎!由夏!汗なんてかいてねーし!普通だし!」
「ふふふ」
「そうだ渚。お前、彼氏できたのかよ?」
渚はピタリと足を止めた。
赤信号だ。
「出来ないよ」
「マジかよ!」
竜二は見るからに上機嫌になって、ルールを守らない無法者がその場に居ない事を確認した。
しばらくして、竜二が歩き出す。二人はそれに続く形となった。
「じゃぁよ。俺と付き合えよ。母ちゃんみたいに幸せにしてやるからよ!」
「ううーん。それは、無いかなぁ。悪いけど」
「なんでだよ!じゃぁお前どんな男がいいんだ!?そうなる様に努力すっからよ!」
「ううーん。そうだなぁ」
渚の瞳は当ても無く、小さな港町の景色を頼った。見慣れた物の中に、役に立ちそうなものは何もない。
溜め息。
おっと、危ない危ない。
「誠実で、元気で、健康な人がいいかなぁ」
「誠実で、元気で、健康?」
竜二は、宝くじの番号でも照らし合わせるときのように急に大人しくなって指を折りたたみ。衝撃の事実に気が付いた。
「俺じゃねーか!!それ!まんま俺じゃねーか!なぁ渚!」
ダウト。マイナス。250点。
「竜二はさちょっと違うんだよねぇ」
「そ、そうなのか・・・」
竜二はがっくりと肩を落とす。
文房具屋を過ぎて、模型屋を通り過ぎた所で、竜二が顔を上げた。
「おっと、俺はこっちの道だからよぉ。そろそろ行くぜ」
「うん。バイバイ竜二」
「竜二君。またね?」
「おうよ。渚も、由夏も気をつけて帰れよ?じゃあな」
そう言い残して、竜二は、きつい坂道を大変そうに昇って行った。
この坂道に続く山道を越えた先に竜二の通う高校と、彼の家があるのだ。
「そうだ」
15メートルほど進んだところで、カマキリGのブレーキが握られた。
「渚。俺は諦めねぇからな。ぜってーお前の望んだ男になって見せるぜ」
「わかったよ」
そんなんじゃ、ないのに。
「じゃあな」
竜二が左右に揺れながら坂道を登っていき、それはやがて見えなくなった。
「・・・・・・はぁ」
はっ!しまった。マイナス85点!
すぐに由夏が駆け寄る。
「渚。人気者・・・!私までなんだか、うれしいよ?」
「ちょっとぉ。やめてよね由夏まで?」
「えへ、ごめんなさい」
「あーあ。バイトだ・・・」
「やめちゃえば?私とずーっといっしょに居よ?なんちゃって」
「出来ればそうしたいけど!出来ないって知ってるくせに!このこの!」
「きゃー!」
「・・・はぁ。行かないと」
マイナス。85点。
「私も、渚と一緒に働きたいけど・・・面接、緊張しちゃって・・・」
高圧的な大人の様に腕を組み、偉そうに渚が言う。
「由夏さんは。他の人に自分を表現する事が、課題ですな・・・」
「はーい!」
由夏は嬉しそうに、片手をあげて返事をした。
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