第20話
ジャンチルは、湯飲みの底にちょこんと指先を当てて器を傾け、中身を飲み干した。
他の者らも、注がれた水道水を飲み干して、ちゃぶ台には不揃いな容器が8つ並んだ。
彼女がすっと立ち上がり、宣言する。高らかに!
「ではここに。『ジャンチル共和国』の樹立を宣言するわッ!!」
一連の流れは見事なものだった。
穏やかで気品に満ちた口調、まるで、1000年先もこのまま健やかに過ごすであろうと、見る者に予感させるような、堂々と自信に満ち溢れた柔らかなほほ笑み。
テレビなどで目にするたびに、無意識に憧れを抱いていた。アッパークラス特有の様式美を含んだ数々の所作。とても冗談とは思えなかったし、実際、彼等は微塵も疑わなかった。
先祖代々続いてしまったボタンの掛け違いによって、若くして。いわゆる、社会の底辺を日々邁進する羽目になった不幸な男たちが、世知辛い日常を忘れ。一時、垣間見せた。文化的で、また同時に、気色の悪い笑顔はたちまち破壊された。
『ブフゥウウウウーーーーーっ!!!!!!!』
吐き出された水が一部霧のようになって、6畳一間の小さな部屋に汚い虹を掛けた。
「ちょっとあんたたち!何してんのよ!全部飲みなさい!もったいない!」
(そっち?!)
「ひ・・・!・・・姫!待ってくれ!待ってくれっ!今・・・・今なんて!?」
「そうでござるよ!共和国とは一体なんでござるか!?スケールが大きすぎるでござるよ!」
「功史朗!タオルはどこだ?!」
「今持って来るでござる!」
「我が国家の国民たるもの!主席の声を天啓とし、一回で理解しなさいよね全く!」
ジャンチルは改めて宣言する。
「今ここに、ジャンチル王国の樹立を宣言するわ!」
(王国ッ!?王国になったッ!?)
「ほんとうに?国民?!我々が!?」「どういう事だっ!」「ウワァッ―!」「夢だっ!これは夢だッ!」「我らは幻覚を見ているッ!」「落ち着けっ!呼吸だっ!お前たちッ!」
「取り乱すなっ!!!!!!!!」
『!!!!』
鶴の一声で、月光たちはピタリと騒ぎを止めた。彼女は続けて言う。
「整列しなさい!」
『!?』
「整列しなさい!!」
命令に従い月光たちが一列に並ぶ。それが一番良く見える場所にジャンチルも立った。コーシローは、タオルで水を拭きとっていたが、当然許されるはずは無かった!
「コーシロー!」
「はい」
「あんたもよ!」
「何故でござるか!?拙者は何も!」
「連帯責任ッ!」
「・・・わかったでござるよ」
狭い部屋にみっしりと、7名が一列に並ぶ。静まり返った部屋にむさ苦しい呼吸音だけが聞こえた。それと猫の鳴き声も。
月光の傍らにジャンチルが立ち、びしっと姿勢を整えた。次の瞬間。
「指導オっ!!!」
ビビビビビビビビビビビビッッ‼‼‼‼‼‼
『ぐはあああああっ!!!!!!!』
この時彼等は、なんとなく察していた。
彼等は、幸いにも健やかに成長した青少年であり、愚鈍ではなかった。
ああ。 ビンタだ。これから ビンタをされるのだ。
そう直感した時の、あの、なんとも言えない胸の高鳴り、不純な動機ではなく、正統極まる動機による接触。そう、これは、罰なのだ。彼等はイチゴの様に甘酸っぱいファーストコンタクトを期待した。
それらは、一瞬にして裏切られる。
ジャンチルの158センチメートルの体は、モデルのよう、とまでは言わないが華奢だった。
見た目も、口を閉じていれば可愛らしく、間違いなく美少女の類に分類されるだろう。手だって柔らかそうでちっちゃい。そんな、我らが姫、ジャンチルの放つビンタは、男どもの想像をはるかに超えた威力だったのだ!
先頭の月光を始めとして、彼等の首は瞬く間に捻じれて、眼球は裏側にぐるりと巻き込まれた。おまけに耳もビリビリと鳴った。張られた方のつま先もちょっとだけ浮いた!
兄者!!
そう叫ぶ暇すらなく。全員がそうなった。
功史朗などは、まだ、きりもみ回転をして空中にいる。無情にも痩せている事が災いしたのだ!
全てが、一瞬の出来事だった。
「まったく、だらしないんだから!」まとめて崩れ落ちた男たちを尻目に、ジャンチルは毛先を払う。そのあと、嬉々として両手を鳴らした。「さぁ、さっそく。憲法を作りましょ?それから、祝日もよ!ね?」
彼等の魂は全力で白旗を振っていた。彼等は、提案に従った。
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