第17話
大人たちの心配をよそに、彼等は目的地とされる功史朗の家へとたどり着いていた。それは、ごくありふれた簡素なブロック塀で仕切られた。小さな庭も含めて50坪にも満たない場所に佇む古い家で、雨や潮風にさらされた外観は、まばらに空き家が混ざる住宅地によくなじんでいた。
敷地の前でジャンチルが立ち止まり。月光も立ち止まる。
隆々と筋肉をつけた男達は、目元に深い影を落とし、次の命令があるまでは、おそらく、名家の蔵の奥に佇む鎧武者の如く、微動だにしないだろう。
辺りには猫一匹見当たらなかった。
否。
『・・・・ニャーン』
・・・・居た。
まるでこれから、彼等に訪れるであろう運命を暗示させるかのような、丸々とした黒猫だ。
尻尾を左右に揺らして、猫は鋭く針のようになった眼でジャンチルを捕えた。
『ニャーン』
・・・すりすり。
ジャンチルが膝を曲げ、片手を差し出すと、その下を沿うように猫が通過する。頭、首、背中。すべてが太陽の光によってふわふわに乾かされていた。
彼女の手がしっぽの付け根に到達すると、猫は、あからさまにしっぽを振り回して後ろ足を伸ばす。
尻尾の付け根を押し付けているのだ。
そして、無様に頭を横にして、口角を引きつらせ、べろべろと舌を出した。
『ニャ』
「あんた、あたしに遊んでほしいの?」『ニャー』「仕方ないわね。少しだけよ?ほら、にゃんにゃんにゃん・・・!にゃんにゃん!」『ニャーム・・・』「にゃんにゃんにゃん・・・!ふふ」『ナゴォー・・・ルォロ(巻舌)』「はい。おしまい。ふふふ。またあとでね?」『ナォー』
黒猫は、しばし残念そうに、でも、やはり猫らしく、あっさりとその場から立ち去った。
功史朗の眼鏡の分厚いレンズが、太陽の光を反射して白色に見えた。日差しは、容赦なく降り注いで。彼の顔は、きっと、眼鏡の形で日焼けしているに違いない。とても喉が渇いていて。彼は、唾を飲み込んだ。
「・・・本当に中に入るのでござるか?」
「そのために来たんでしょ?」
ほかに類を見ないほどに自信に満ちた返事が行われた。
功史朗は深いため息をついて、すっかり遠い存在になってしまったクラスの面々の事を思い出していた。
ふと、功史朗はこんなことを考えていた。
はたして、彼等を友達と呼んでもいいのだろうか?と。もし、自分が彼等の事をそう呼んだとして、彼等は自分の事をおこがましい奴だと考えないだろうか?と。友達。トモダチ。ともだち・・・。それはお互いに認め合いつつも、決して答を出さないもの・・・。そしてそれが、答えであるもの・・・。自分如きに、そんな神秘的な存在が務まるのだろうか?と。ああ、しかしショーグン・・・。
彼は再びつばを飲み込んだ。
「拙者の部屋は2階でござる。そこの階段から・・・鍵はこれでござる」
幸運にもポケットの中に鍵はあった。ポケットはずいぶん前から下を向いていたし、その間、体は上下に揺れていた。もろもろの出来事を思い返してみても、部屋の鍵を落とさなかったのは、彼にとってラッキーだと思えた。
カギを受け取り、ジャンチルが目の前に真っすぐ立てて検める。
「ふん。ふむふむ。こんなもので本当にセキュリティの意味があると思っているのかしら?全く、この国の民は本当に平和ボケね」
評価を受けて、月光たちも横目で鍵を検める。
「ピンシリンダー・・・いやディスクシリンダー式・・・か?」「ふぅむ。古い文献でしか見たことが無いが」「恐らくはそうだろう兄者。建物の経年劣化などの度合いからして、高度経済成長期に大量生産された安価なものだ」「ドアノブと鍵が一体化した錠前か」「簡素だな」「国民性の表れだ。盗人などいないのだ」
『なるほど』
魹鷲がそう締め括ると、一同は頷いた。
「・・・」(天井・・・近い)
鍵が凹凸の上を滑り、ゆっくりと挿入された。
扉の表面の薄い木の合板が、楽器のように作用して器械的な騒音を増幅させた。ぎいぎいと音を立てて、扉が開いた。
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