第16話
「さあ。次はどっち?!」
「は・・・恥ずかしいでござるぅ・・・」
「聞こえなかったの?!」
「右でござる・・・」
「右ね。いいわねあんたたち。次の角を右よ!」
『はっ!』
ジャンチルを先頭に、一行はひとまず、互いの持っている情報を共有するために一息つける場所を目指していた。
よそ者であるがゆえに、それは閉所で、静かな場所で、善良な市民を筆頭に、街のごろつきや野良猫なども含め、誰にも迷惑が掛からない場所が好ましかった。つまり。
「しかしジャンチル殿。拙者の家と言うかアパートと言うか、間借りしている部屋は、狭くて汚くて、エアコンも無いから夏は暑いし、冬は寒い所でござるよ。おまけにネズミゴキブリハエにツチノコと様々な危険生物が定期的に発生する危険な場所でもあるでござる」
「なにが言いたいの?はっきり言いなさい」
「・・・来てほしくないのでござる(ボソ)」
「なんですって?」
「来てほしくないのでござる!」
ジャンチルは、立ち止まって腕を組み、鼻を鳴らす。
「月光?」「はっ!」「あなた達ネズミは嫌い?」「いいえ」「暑いのや寒いのは苦手?」「いいえ」「狭くて汚いのは嫌かしら?」「いいえ」
満足の行く答えを聞くと、ジャンチルは勝ち誇った表情を功史朗へと向け、毛先を払った。「問題ないわね」「しかし・・・」『チューチュー!』「あ。ネズミでござる」「きゃっ!どこ?!どこ?!ネズミ!はっ!べべべべつに!怖くないんだからネズミくらい!昔ペストで粋がってただけじゃない!ふん!」「絵に描いたようなお人でござるな」 「兎に角!とっとと行くわよ!あんたたち!」『はっ!』
そこは、穏やかな昼前の商店街だった。味自慢の定食屋は、横目で通りを気にしながら、いつもと変わらない時刻に暖簾を掛けた。雑貨屋のおばあちゃんは、50年前の今日と同じく、手酌できっちり2杯打ち水をした。魚屋の女将さんは、仕入れたばかりの新鮮な魚に集まる図々しい野良猫を追い払いながら。その陰で、売り物にならないアラなどをお客さんから見えない場所で餌として猫たちに与えていた。
そういった自分たちの何気ない日常が、この日、何の前触れも無く破壊され、それが、2度と修復の効かないような重大な変化になるのかもしれないという様な、一抹の不安の中で、彼等は大変我慢強く、状況を見極めようと努めていた。
魚屋は、花屋が、花屋は、豆腐屋が、豆腐屋は、質屋が、質屋は、八百屋が・・・あの人たちが何も言わないのなら、自分は何も言うべきではないであろう。と。そして、もし、誰かが危害を被るのであれば、その時は、全霊を持ってそれに対処するべきだ。と。
言うなれば、集団の、善による横のつながりが、この時も小さな港町の商店街に法と秩序を齎していた。
南城西高校へ通っているはずの周防功史朗少年を、回覧板を度々にぎわす6名の変質者ら(彼等の事を商店街の面々は筋肉ブラザーズと呼んでいた)が拘束し、神輿の様に担いでいる。さらに、先頭には見慣れぬ美少女の姿もあった。
身に纏う潜水服のようなものは、この田舎では到底お目にかかれない様な洗練されたデザイン性と上質さを備えていた。
加えて、若者が(それも年頃の娘が!)、白昼堂々、身体の線をこれでもかと見せつけるという行為は、商店街の大人達、特に、本来、嫁一筋であるはずの男たちの劣情を著しく挑発した。しかし彼等は鉄の沈黙を貫いた!
「・・・」
集団が通り過ぎてから、大人たちは経験上、話し声が聞こえない距離を推し量り、しばらく黙っていた。やがて、いざ、口を開いた時には。各々が繋ぐ言葉のタスキは瞬く間に互いの間を駆け巡り、著名な作家顔負けの想像力を発揮したことはもはや言うまでもない。
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