第15話

浜辺にて一足早く雲龍(無職)と再会していた羅虎(無職)と魹鷲(無職)の二人は、波打ち際に深々と突き刺さる巨大な金属製の筒の周りに急ごしらえしたKEEPOUTのテープを張っている最中であった。近くの道路では、状況を最も良く知る雲龍が治安維持を勤めていた。

『ピー!ピー!え~ここは危険です。ここは危険です。現在、正体不明の漂着物が打ち上げられ。安全な物なのか否かを調査しているところです。近隣住民の方々は何卒近寄らないようよろしくお願いいたします。繰り返します。ここは大変危険です・・・』

「・・・羅虎兄者。これはいったい何なのだ?」

「解らぬ。しかし。そんな右も左もわからぬ時こそ、我ら兄弟。結束の時なのだ魹鷲よ」

「うむ。そうだな」

・・・カニカニカニカニカニ・・・・。

日の出と共に日常が始まるのは、なにも人間だけではない。浜辺に住む小さな生き物たちも同様に活動を開始する。それを見つけた羅虎は今日も歓喜する。

「あっ!あッ!カニだ!魹よ!カニだ!カニカニ!カニがいるぞ!」

「本当だ!カニだ!!」

カニカニカニカニカニ!

「はやぁい!」

「ぐふふ・・・」


「とぅううううッ!」×2

「ぐはぁあああっ!」×2


巨体が倒れた衝撃で、砂が巻き上がる。カニは素早く身を潜めた。羅虎、魹鷲の二人は顔半分を砂まみれにしながら近くに着地した人影を見上げた。

「まったく」

「なにをしているのだお前たちは」

「月光兄者!」

「雷電兄者!」

月光、雷電に加えて、飛影の姿もあった。役目を飛影と変わった雲龍が事態の説明に駆け付ける。

「兄者!来てくれたのか!」

「雲龍。これはいったい何だ?」

「・・・見ろ兄者」

一足先に漂着物を調べ始めていた雷電が、若干困惑気味に兄を呼ぶ。彼のこのような態度は珍しく。月光も心してそれに答えた。

「大部分がつなぎ目の無い一枚の金属板で出来ている・・・この加工方法・・・まるで折り紙だ」

筒状の金属は複雑に折り曲げられて加工されていた。一見曲面に見える表面は、近くで見ると、精密な超多角体になっていた。それら角の一つ一つが、徹頭徹尾、空力を最大限に生かせるよう工夫された物だった。

さらに、合計で6枚ある翼も、全て本体と同一の金属である。

「ふむ・・・なんという技術だ」

月光が顎に触れて、漂着物を覗き込む。すると、ピカピカに磨かれた表面に、熱を帯びた雲龍の姿が映し出された。

「月光兄者に雷電兄者!ああ・・・!なにから話せばいいものか・・・そうだ!あれは俺が日課である・・・・」

『ふん!!!』

「ぐはあああ!!!なっなぜだ兄者!まだ何もしゃべってないのにっ!!」

「その話はもうよい愚か者」

「くぅっ!理不尽ッ!」

「制御系統は、恐らくこの辺りだな。雷電」

「はっ」

「気をつけろ。炭疽菌のような生物兵器の類やもしれぬ。呼吸は止めておけ」

「はっ」

「雲龍。お前は念のためにこの国の防衛機関に連絡をしろ」

「えー!やだやだやぁだ!さっきからずっとやってた交通整備ぃ!俺も近くでみたぁいー!」

月光は深いため息をついた。自分の中にある、兄としての甘さに対して。

「仕方がない、雷電。雲龍と変われ」

「はっ。ほら、雲龍。兄者のいう事をきちんと聞くんだぞ」

「うんッ!」

「用意はいいか雲龍」

「はっ!」

「阿ッ‼」「吽ッ!!」

ロケットの外装に凄まじい力が加えられた。童倭の正統な末裔である彼等は、一般的な重機など必要としない、彼等が生まれ持った屈強な肉体は、そこらのツールよりもよほど優れているのだ。

足元の砂は盛り上がり、押し寄せる白波がすぐにそれらを元通りにした。

「何と言う剛性だ・・・ッ」

「兄者!一度場所を移すか?!」

「いいや雲龍。こちらから内部構造が見えそうだ。もう少しやってみよう」

「はっ!」

月光の目論見通り、外装は、少しづつめくれ上がり隙間が見え始めていた。それと比例して元に戻ろうとする力もいっそう増す。

「あっ兄者!これ以上は無理だ!物凄い弾性だ!」

「ふむ・・・専用の器具を用いて、なおかつ外部からでなくては開閉しない仕組みか・・・深海や宇宙空間など。極地での使用を想定したうえで、初めから開ける事も用途に含まれているということか・・・使い捨ての兵器ではないな」

「あっ兄者!」

「うむ。すまない。もう大丈夫だ」

月光が頑丈な金属プレートの裏に隠されていたレバーを操作すると、支えを失った筒は自ら解放される。

・・・・ぶしゅううう。

隙間から湯気のような薄煙が噴出する。こころなしか、甘美な薫りがあたりに立ち込めたような気がした。

青酸ガスか?!いや、違う。

月光が中を覗き込む。そこには一人用の座席があって、簡単な制御盤があって、それ以外には何もなかった。

「空か?いったい、これはなんなのだ?なにを乗せていた?」

「あっあっあっ!」

「兄者!」

「いつのまにっ!」

「どうした?三人とも?」

「うううううッうえだッ!」

「なにッ!?」

月光は取り乱す三人を見て反射的に上を見た。

すると、あろう事か、自分の頭の上に真っ直ぐ人影が伸びているではないか。

彼は戦慄した。

それは、今までにない経験であったし、何よりも、これほどまで派手な接触行為を行われておきながら、当の本人は全く気が付かなかったのだ。つまり、この人物は『月光の認識の速度を遥かに上回る速度で移動した。』という事になる。

ただ者ではない。

「何者だ!」

月光が上を見上げてそう叫んだ。

兄弟たちは、ただならぬ雰囲気に言葉を失っていた。

土台の動きに合わせて、その人物はつま先の位置を最も安定する場所に移す。

奇しくもそれは、丁度、月光の両目がある位置だった。

「見っ見えないッ!見えないッ!どうなっているッ!真っ暗だ!真っ暗!!」

『兄者ーッ!』

ただならぬ様子に遠くにいた飛影も通報を終えた雷電と共に駆け付ける。が、他の兄弟たちと同じく、月光を取り巻く異常事態を前に、口を開けて眺めている事しかできなかった。

「あんたたち」

若々しく、それでいて、気高い娘の声が波間に響き渡る。

雷電、飛影、雲龍、羅虎に魹鷲は、月光の上に聳え立つ人影を見上げた。一日の始まりを告げるまばゆい旭日の中、影は一層濃くなり、見る者の心の中でそれは肥大化し、得体のしれない超常の化身へと姿を変えていた。理解の及ばない存在は、5人の網膜に強烈に焼き付いた。

それより何より、彼等は誰かに話しかけるのも初めてだった!

「ちょっとあんたたち!聞いてるの?!」

「・・はぁっ・・・はぁっ!」

「わっ・・・我らに語り掛けているのか?」

「ま・・・まさか?」

「夢だ!これは夢だ!夢に違いないぞ!」

「センセー!我々兄弟一同ワァー!」

「見えないッ!見えないッ!」

「うるさいわね・・・静かにしてよね!」

月光の眼球に絶妙な力が籠められて、角度で言うと30°ほど練られた。

「ギャー!目がぁ!」

『兄者ーッ!』

「まったく!だらしないわね!男のくせに!」

練りっ!練りっ!

「ギャー!」

『兄者ーッ!』

もし、月光が無事で済むのであれば、5人は何でも差し出すつもりだった。

爪か?髪か?服か?いくつかの物が彼等の脳裏をよぎった。だがしかし、明晰な彼等の頭脳は、月光ほどの大切な存在と釣り合うものを自分たちが持ち合わせていない事も即座に思い知らせていた。

彼等はただ拳を握りしめ、耐えがたき苦痛と不甲斐なさに耐えていた。

するとそこへ、騒ぎを聞きつけたのか何者かがやって来る。

「あのー。これはいったいどういう事でござるか?」

5人が一斉に振り返る。

顔はしわくちゃになり、それはもう酷い光景だったし、奥の一人に至っては、麗しき女子に踏み台にされている状態だったし、その麗しき女子とやらもとんでもなく不安定な場所でどっしりと腕を組み仁王立ちをしているではないか。

混沌が支配する、爽やかな朝の砂浜での素晴らしい一場面だった。


現れた一人の男子学生は幸いな事に、今現在、ウェーブキャスト(インターネット配信)の途中だったことを思い出し、世界中で見てくれているリスナーに向けたつもりで、もう一度質問を絞り出した。

「あのー。失礼ですが。あなた方はいったい何者でござるか?差し支えなければ、その落下物についても教えていただけると嬉しいのでござるが・・・」

飛影がハッとして口を開く。

「まさか!海上保安庁の職員さんですか!?」

5人が騒めく。

「あ、違うでござる。拙者は通りすがりのウェーブキャスター『†クライスト†』でござる」

仁王立ちしている人影の指がビシッと伸びた。

「その機械はなに?」

指はクライストが体中に装着している機材の内、胸元に取り付けられた液晶パネルに向けられていた。そこには、膨大な単語がひしめき流れて、隙間から辛うじて今の自分たちの姿が映し出されているようにも見えた。

説明を待たずして、月光の目の上に立っていた人物は軽い身のこなしで飛び降りて砂浜に着地する。崩れ落ちる月光に兄弟たちが寄り添った。

「兄者!無事か兄者!」

「ああ、大丈夫だ。それより・・・」

『嗚呼!』

一歩二歩と近づいて、その人物はクライストの配信プレビューを覗き込んだ。


少女!あんこ!LOOOOOLだれ? あああああああ! すげぇwwwwwwwww

誰?美少女! 踏んで あ あ あ あ あ あ あ あ あ 結婚したい 兄者の人気に嫉妬

せろ!延長あああΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩ 酒飲みたいここどこ?告れワ

▇▇ ▂▃▅▆▇▇▇▇▇▇▇▇▇▆▅ ▇▆▅じゃね?  あああ! 兄者可哀そうあんこ 皮 足舐めたいああああああ   イカ臭い ふぁ?!

兄者ー!あんこ後ろ後ろ! かわいいLOL  祭りだ気持ち良すぎだろ!妹欲しい

うぇ―――――――————乁( ˙ω˙ )厂————————————い   がっこ

WTF 誰?あああ ハイ逮捕告れ兄者大丈夫か? ああああああ  告れww

誰?俺も踏んでくれ   誰?ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ ちんあなごー■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□      ふぁ!? 川

そ!    wwwwww      延長     ああああ かわいい

 

カメラもおおよそ同じ位置にあったので、顔がどアップで配信されていたが、沸き立つリスナーのコメントの影響でそれはほとんど見えなかった。ただし、誰か大勢に見られている。という事に気が付かない程、彼女は愚鈍ではなかった。彼女は振り返り、巣穴を破壊された小動物のように寄り添う男達に命令した。

「あんたたち。こいつを捕まえなさい!怪しいわ!」

『はっ!』

考えるよりも早く、体中の細胞が呼応した。童倭の末裔たちは確信した。この人物こそ我らが


『姫ッ!!!』


と。

瞬く間にクライストは屈強な男たちに拘束されてしまう。

「や!やめるでござるぅー!」

「あんた、スパイね?」

「ちがうでござる!誤解でござる!」

「嘘つくんじゃないわよ!こんなすごいマシンを持っているのはスパイしか居ないわ!あいにくあたしはそう簡単に騙されたりしないんだから!」

「騙してないでござるよ!拙者は高校生ウェーブキャスター†クライスト†でござる!」

「なに言ってんのよ!その変なしゃべり方だって名前だって、この辺の人間じゃないってすぐにわかるんですからね!養成機関で諸外国での立ち振る舞いをきちんと教わらなかったようね?当局に突き出して。今回の件だって洗いざらいしゃべってもらうわよ!ほら!あんたたち!」

『はっ!』

「やめるでござるぅー!」

無駄とも思える抵抗の最中、堤防の方から誰かがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。拘束されたコーシローは思わず歓喜の声を上げる。

「ショーグン!?ショーグンでござるな!ここでござるぅー!あ、でもなぜこんなところに?」

『チルーーー!チルー!』

「チル?違うでござる!拙者は君の友人!クライ・・・ッ功史朗でござる!」

砂浜へと続く階段を下り、コーシローの元へと駆け付けた将軍は、膝に当てた両手で体を支え、乱れた息を整えた。娘はその姿を睨みつけ、高圧的な態度で言う。

「その名で呼ばないで。と。何度言えば分かるの?お兄様」

「あ・・・っ・・・・ごめん」

「お兄様っ?!ま・・・まさか、でっ!ではそのたおやかな女性は・・・」

新たな発見の興奮にコーシローから思わず声が出た。チルは将軍に向けていた眼光を鋭く向けなおしてそれを黙らせる。

「なにがたおやかよ!いちいち気持ちが悪いわね。今お兄様と話しているんだからちょっと静かにしてよね!」

「はぅっ!」

思いもよらない再開に、ジョンソンの口元に思わず笑みがこぼれた。

彼は胸を張り両手を広げて彼女へ向けた。

「相変わらず元気そうだな。ジャンチル」

「当たり前でしょお兄様!めそめそしてたまるもんですか、子供じゃあるまい。ふん」

ジャンチルは両腕を組んでぷいと顔を背けた。

ジョンソンはニコニコとその様子を眺めて、何かを思い出したのか、慌てた様子で口を開いた。

「そうだ!うっかりしていたぞ!コーシロー、妹のジャンチルだ!ジャンチル!僕の・・・つま・・・ああ!僕の恩人の共通の友人のコーシローだ!それに・・・彼等は誰だろう?とにかく!コーシローはすごいんだぞ!ジャンチル!」

「お兄様、今、わたしたちが置かれている状況が分かっているの?」

「ぁ・・・あのーそろそろおろして欲しいのでござるが・・・」

「静かにして!」

「はい」

ジャンチルの高圧的な態度に、ジョンソンは、一転して表情を曇らせる。

「ジャンチル、相手を黙らせてはいけない。その経験が、重要な事実を隠してしまうきっかけになるかもしれないんだぞ?」

「ふん、いちいち全員のいう事を聞いてたら時間が幾らあったって足らないじゃない!お兄様がそうやって敵も味方も甘やかすからこんなことになったのよ?!わかってるのかしら」

「そ・・・そうなのか?僕はてっきり君が代わりに主席になってくれたのかと・・・実際、僕よりも君の方がはるかに適任だ」

「お兄様を差し置いてあたしがそんな事する訳無いでしょ?!」

ジャンチルは人差し指でジョンソンの鼻先をついて、また腕を組んでそっぽを向いた。

「ぁ・・・ごめん。だけど、君が無事で本当によかった。怪我は無いかい?お腹が空いていないかい?ジャンチル」

「いいえ体調は万全よ!それに、どこか不調があったとしても国家の一大事に比べたらなんともないわ!さぁ行くわよお兄様」

「いくって何処に?」

「決まってるでしょ?!この国の政府機関と在留大使館よ!あたしたちをこんな目に合わせて・・・!ただじゃおかないんだから・・・!」

「あ・・・でも。ジャンチル」

「なあにお兄様?言いたいことがあるならはっきり言って」

「うん。僕たちがこうなってしまったのにはやっぱりきちんとした理由があると思うんだ。どんな理由なのかは知らないけれど。沢山の人たちがそれを望むのなら、僕たちは事を荒立てるべきではないと思うんだ」

ジャンチルは、一歩踏み出して、見開いた両目に激昂する直前の虎のような雰囲気を纏った。

「・・・本気で言っているのお兄様!?あたしたちは、あんなに尽くしてきた国を追い出されたのよ!見て!こんな東の果てに・・・これじゃあまるっきり島流しだわ!わたしはとっても!悔しいわ!それだけじゃない!お母様やお父様、おじい様やおばあ様、そのほかにも数えきれない人たちから引き継いだ大事な大事な掛け替えの無い土地と民なの!あたしにはみんなを守る責任があるの!」

「そうだ。ジャンチル。君の言う通りだ。だからこそ、僕たちは、慎重に行動しなければならないんだ。幸い、この国のメディアには大鮮麗の異常事態は報道されていないし。むしろ、僕が現職を離れてから34年間断絶されていたルドワンとの会談が設けられて、そう遠くないうちに、国交正常化の兆しも見えて来るかも知れないんだ。それだけじゃないぞ・・・」

「もういい!もういいわお兄様、聞きたくない!そんな話!」

「ぁ。ごめん。僕ばかり、そうだジャンチル!お腹が空いていないかい?この地の料理もとてもおいしいぞ!それにコタツだ!君もきっと気にいる」

「コタツは冬に使う物でしょお兄様!」

「あ。ふふ、そうだった。冬が楽しみだ。僕と一緒に暮らそうジャンチル。みんなとてもいい人たちだぞ」

まだまだ先の、冬の景色を思い浮かべて、将軍はクスクスと笑う。それを横目で鋭く睨みつけて、ジャンチルは、人差し指でジョンソンの鼻先を突いた。

「一緒に暮らすですって?冗談はよしてお兄様!大志あらば健脚、胴乱、名と誇りを持って今立つべし!悪いけどお断りするわ!」

彼女は、威勢よく鼻を鳴らして、そっぽを向き腕を組んだ。ジョンソンの内に懐かしさがこみ上げる。

「そうか、やっぱり君は凄いんだな!僕はいつでも君と暮らしたいからな」

「断言するわお兄様!お兄様亡き今!明確な象徴を失ったあの国はじきに内側から割れるわよ!そうなったらバラバラになった人心を纏めあげるために、あたしやお兄様の事を追い出した連中は必死になって頼ろうとするわ!いいえ、利用しようとするわ!わたしやお兄様のブランドをね!」

ジョンソンは水平線、それから妹へ視線を向けた。

「晩秋、平穏思いて節待つならば、人の暮らしかぬ場所に在るべし。もし、また僕たちが必要になったらその時はもう一度僕たちを必要としてくれる人の為に頑張ればいいじゃないか」

ジャンチルの華奢な体が、素早く持ち上がる。と、同時に、両方の拳に力が込められた。

「お兄様はいつもそう!いつもいつもいつもいつも!・・・どうしてお兄様ばっかり・・・!」

ジャンチルは、ジョンソンの瞳の中に朝日が煌めいている事に気が付くと、目の前の人物に強烈な『友和』の象徴を見た。彼女や、国の大勢にとってそれは、言葉ばかりが綺麗に繕われた。諸外国からの一方的な、『搾取』の象徴でもあった。

彼女は、自分もそうなってなるものか。と、目を背ける。

ジャンチルの肩がプルプルと震えて、彼女はすぐに振り返る。その時には、彼女はすでに指導者としての作法を纏っていた。

彼女はこの時も、決して絶やされる事の無い優しい微笑みに向かって反抗的な態度を示し、ゆるぎない愛国心に裏打ちされた新たなる一歩を踏み出した。

「行くわよ。あなた達」屈強な男たちもそれに続く。『はっ!』

「いくって?どこに行くつもりでござるかーッ?!ショーグーン!ショーグーン!」

担がれたコーシローが叫んで。辺りにはさわやかな風が吹いていた。

太陽はすっかり上へと昇り、群青色だった水平線はすっかり白く明るくなっている。

ジョンソンはその先にあるものを見つめて、この日も人類の平和と発展を祈った。それがひと段落すると、彼は思い出したかのように妹を呼んだ。

「おーい!チルー!」

ジャンチルは、早くも砂浜を横切って、堤防の階段を数段上がったところにいた。

新天地にて、彼女は堂々と立ち止まる。

優しく温められた潮風が吹いて、彼女の細い髪がなびいた。

彼女は、どうせ、下らない事項だと内心決めつけつつも、続きを待った。彼女は胸の内がほんのりと温まるのを感じていた。

遠い過去の、まだ何も、一国の指導者の後継者としての使命も責任も無かった頃に、大好きで幼かった兄と共に野山を駆けまわり。ふと、思い出したかのように、屋敷で待つ母と父の元へと帰って(二人は日の当たるガーデンテーブルで爺が煎れた紅茶を飲んでいるはずであった)、クッキーでも食べようと議論して。自分だけが先に駆け出した時の事などを思い出していたからである。

しかしながら、それに気が付いた頃には、すでに彼女は追憶を拒絶した後だった。

彼女は、宝石のように輝く思い出を、再び心の奥底にしまい込んだ。

途端、輝きを失った胸の内で、反骨精神と、使命感と、責任感がメラメラと燃え上がるのを感じた。

彼女が振り返り。将軍が続けた。

「僕は君が元気そうでとても嬉しいと思っているし、世界が平和で、みんなが幸福であることを願っている!チルー!」

「・・・その名で呼ばないで!お兄様!」

ジャンチルは、ほとほとうんざりしながら、やはりいつもの通り忠告して、その場から立ち去った。


残された将軍は、数名からなる怪しげな集団が、集まった人々から訝し気な視線を浴びる中、見えなくなるまで彼等を見守った。

幸いな事に、自分と同じく彼女らも、よそ者に寛容な住民に、一応、受け入れられたようだった。

遠くから汽笛の音が聞こえた。

無限に押し寄せる穏やかな波の向こうでJ&J交易商社の巨大なコンテナ船がまるで風呂場で遊ぶためのおもちゃの様に小さく見えていた。

入港を知らせる汽笛がもう一度響いて、排出されたバラストがコバルトの海面に鮮やかな虹を掛けた。

「しかし困ったな。渚殿の事をどう伝えればチルは怒らないだろうか・・・」

かつての、セウド公国王太子妃誘拐・監禁事件の事を思い出して。将軍は眉間にしわを寄せた。

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