第14話

 時はさかのぼること3世紀。大陸の険しい山岳地帯を根城とする蛮族の類がいた。彼等は優れた科学力と生まれ持った頑健な肉体が生み出す並外れた労働力を用いて、山を削り、川の流れを変え、時には地中深くに眠る星のエネルギーさえも利用したという。その悪名すさまじく。遠く海を越えた西の大地にまでおぞましきうわさがとどろく程であった。彼らは自らを童倭(どうわ)の血族と名乗った。


幾多の法則や世界の理を解き明かし、証明して来た童倭であったが、その数えきれない功績の中には、どこか、見知ったものもあった。それは、すなわち、人類の歴史によって幾度となく証明されて来た盛者必衰じょうしゃひっすいの理である。繁栄した文明に必然的に付きまとう醜い勢力争い、技術力が一定の水準を超えると同時に、加速度的に増大するエネルギーと、それらを用いた暴力。そして、何より。長い長い月日つきひ。その隆盛はすっかりと影を潜め、現在彼らの生き残りは、とある島国に運よく逃げ延びた6人を残すのみであった。



駅。列車を止めて、人の乗り下りを行う場所。


時刻はちょうど通勤時間と重なり、田舎とは言え、ホームにはそこそこの人数が見受けられた。

「あークッキークッキー!僕たちが焼いた手作りクッキーですぅー!」

「添加物一切不使用!こだわりの材料と独自のレシピで焼き上げた自信作ですぅー!」

「あっ!いちごジャムも入ってるよぉ!24か所に!」

『・・・』

うつろに下を向いて足早にその場を立ち去ろうとする人々に向かって大声を張り上げる、場違いで、筋肉モリモリの巨漢が二人。彼らの名は。


「月光っ!」(無職)

「雷電っ!」(無職)


と、言った。


二人は、駆け出しのパフォーマーのために設けられている寂れた駅の一角を陣取って、道行く人の妨げにならないように、たまに大声を足したりした。

ビニールひもに段ボールを繋げる事で作成した立ち売り箱は、高い技術力を持って、細部に至るまで丁寧に作り込まれて、到底自作したとは思えないクオリティだった。

その上には、度重なる試行錯誤を重ね、兄弟とともに焼き上げた自慢のクッキーを詰めた袋がいくつも乗っていた。

二人の背後には『仲良くなりたい』と『タダであげます』と書かれた自作の旗が、行き交う人々が巻き起こす僅かな空気の流れで弱弱しく揺れていた。

恐るべきことに、これは彼らの日課であった。


「くっなぜだ!?なぜ誰も受け取ってくれないんだっ!!」


雷電が握ったこぶしを立ち売り箱にたたきつけると、その隣に涙がぽろぽろと落ちた。がっくりと落ちた肩に手を置いて月光が言う。


「嘆くな雷電。辛き時こそ我らの体に流れる血を信じるのだ」

「しかし兄者!これではこの地の民と交友を深める以前の問題じゃぁないのか!誰も!受け取ってすらしてくれないなんて!誰も!!」


月光は、一つの色、一つの生命体、部外的な要素を一切必要としない完成されたシステムと化した人間の流れを細目で眺めた。彼は、もっと遠くを眺めていたのかもしれない。


「住処を追われ、大陸からこの地に流れ着いて早2年。それほどまでに我々は必要とされていないのか・・・?」

「そもそも、この地の人々も我らが血族を徹底的に排斥しようとしているのではないのか?兄者、だとすれば俺たちは・・・」

雷電が何かを言いかけて、全てを言い終える前に月光は拳を振り上げた。

「愚か者ッぉ!!!」

「ぐはぁあああ!」強烈な一撃が雷電の顔を捕えた。彼は、両手をついて倒れ込む。駅のホームのあまりの冷たさにもう立てないと感じた。

背後から月光が歩み寄る。

「聞け雷電。信用を得たいのならまずは相手を信用しなければならない。荒れ狂う野生の暴れ馬でも、ひとたび鼻に息を吹きかければそれは生涯の友となりうるのだ」

雷電は、はっとする。彼はふたたび立ち上がった。

「・・・息を?」

振り返れば、いつも頼りになる月光の姿がそこにあった。

「そうだ、我らがその馬だ」

「・・・そうか・・・!そうかそうか!息を吹きかけてさえもらえれば!」

「そうだ!雷電!決して諦めるな。そうすれば俺たちが友となり隣人となり国となる時が必ず訪れるのだ!必ず!」

「うおおおおお!クッキー!クッキー!!」


・・・・ササササササー!(人混みが避ける音)


「そうだ!その調子だ雷電!いいぞ!」

「うおおおお!」


人混みが無くなったことで、視界は良好になっていた。

すると、遠くからこちらに向かって駆けてくる弟の飛影の姿が目に留まる。


『兄者ー!兄者!』


「む?あれは飛影じゃないか・・・いったいどうしたというのだ?」

「兄者!」


飛影の大きな体も、他人の邪魔をしないように振舞うだけで一苦労だ。人混みに揉まれながら、飛影がようやくこちらへやってくる。それを見て、雷電はこぶしを振り上げた

「ふん!!!」

「ぐはぁああ!!」

打ちひしがれる飛影を雷電は冷徹に見下ろした。

「飛影。お前は今日、ここの担当ではないだろう?よもや心の弱さに屈したか?恥を知れ」

「よせ雷電。話を聞こう」

「はぁ・・・はぁ・・・誤解だ。兄者・・・」

「ああ。どうしたというのだ?飛影」

「あれは俺が雲龍と共に、我らと境遇同じくする者を捜していた時の事だ・・・。日差しの麗らかな、白波が心地よく音を立てて押し寄せる浜辺で俺は、海苔の収穫をする百地ご老人に朝のご挨拶をし、今日の調子は如何でしょうかと尋ねた。するとご老人が耳に手を当てたので俺ははっとし、さらに一歩近づいてもう一度同じ質問をした。知っての通り、百地ご老人は耳が遠い・・・!俺はそのことをすっかり忘れていたのだ・・・次に俺は、ご老人の腰の調子を尋ねた。するとご老人は・・・」

再び雷電が拳を振り下ろす。

「ふん!!!」

「ぐはぁああ!!」拳は、飛影の顔面に直撃した。

「な・・・何故です兄者!痛い!」

「要点だけ話すのだ愚か者」

「それでどうなったのだ?飛影」

「そうだ!兄者!大変だ!浜辺に『ミサイル』が!この地が戦火に飲まれるやもしれない!!!」

『なに!?』

「雷電」

「はい。兄者」

「行くぞ」

3名は一陣の風となり、その場を後にした。

勤続3年目の若い駅員は、思いがけない幸運にほっと胸をなでおろした。

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