第13話
『いま世界で活躍する漫画家篠ノ宮★ナナ子さんの特集でしたあ。えぇー・・・ここで速報です。防衛省によりますと、大鮮麗人民共和国から弾道ミサイルの可能性がある飛翔体が発射されたとのことです。海上保安庁は今後の情報に留意するとともに、万が一落下物を発見した場合は決して近づかず、関連情報を海上保安庁に通報してくださいと呼びかけています。・・・続いてのニュースです。』
「なんだいこのお茶は?まるで馬の小便だよ」
テレビでの報道を聞きながら、おばあちゃんは将軍の入れた薄いお茶をひと口啜ってまた文句を言った。
「すみませんおばば様。煎れなおしますか?」
「ふん。いいさね。これならおちゃっぱが2倍は持つだろうからね。さぁさぁ!ちんたらするんじゃないよ!」
「はい!・・・渚殿!」
「はーいはい!すぐ行く!すぐ行くからもぅ・・・」
朝食と後片付けを済まして、バタバタと学校へ行く準備をしている渚が、座敷の奥のふすまから現れる。騒がしい居候共が跳ねまわったり爪を研いだり甲羅の中に隠れたりするのを軽やかに飛び越えて、渚は玄関先の姿見で身だしなみを整えた。前髪に、目や口や鼻の周り、胸元を見て歯磨き粉が落ちてないかチェック、少しだけ笑って、背中の方も見た。
うむ、完ぺきでおじゃる。
一足先に玄関にて。鼻息を荒くして将軍。
「渚殿!」
「そうそう、今日はヒラノヤの特売日だ」
「違う違う!今日はコーシローが実録世界のUMA熱帯深部に聳える古代ピラミッド蘇る吸血鬼軍団VS暗黒騎士のDVDを貸してくれる日だ!あ、でも特売日でもあるけど」
「え?ほんと?」
「うん!なんでもコーシローが所属する映像資料研究サークルの後輩が極秘のルートから入手したらしい!」
「ふぅん・・・そうなんだおばあちゃんいってきまーす!」
「おばば様!裏の倉庫の片付けと、草取りと、活動的高齢者支援プログラムおよび援助における補助金制度の必要書類作成は帰って来てからやりますね!いってきます!」
『きをつけておゆきよ!』
途中、由夏とも合流し、3人は学校へ向かった。町は平和そのもの、天気は快晴、学生服の裾を持ち上げる風は少しだけしょっぱかった。
「コーシロー!」
将軍、教室の扉を開ける。
「コーシロー!」
将軍、教室のロッカーを開ける。
「コーシロー!!」
将軍、教室の掃除用具入れを開ける。
「コーシロー!」
将軍、お弁当箱を開ける。
・・・もぐもぐ。
「おいし?」
「うん!」
「よかった。ね?将軍様?」
「はっ!じゃなくて!渚殿由夏殿!みんなも!大変だ!コーシローが居ないんだ!どこにも!彼はとても物知りだから国家安全上の都合で身柄を拘束されたのかもしれないぞッ!大変だ!」
「ないない」
「ないってば」
「ショーグンったら心配性ー」
「あ!・・・私は。ね?ちょっとだけあるかも?っておもってるよ?将軍様?」
「も・・・もしコーシローがこの前見た改造バッタ怪人みたいにされてしまったら・・・ど・・・どうしよう由夏殿・・・はぁはぁ」
「えっ!ベルトの小さなスクリューで発電された電気を利用して体内に内蔵された超小型原子炉で生み出されたエネルギーで変身して、すごいバイクに乗って、赤いマフラーをつけて、すごいジャンプとかキックで世界の平和を守るの?かな?・・・ドキドキ」
「はぁはぁ・・・!」
「どきどき」
「ちょっと期待してんじゃん」
「コーシローは今頃きっと」
「改造手術の途中?かな?」
『・・・』
両手両足を拘束され、怪しげな白衣の集団に取り囲まれているコーシロー『やめるでござるぅー!』*二人の想像です。
「はぁはぁ」
「どきどき・・・」
「こら、なにを考えているんだ君たちはまったく」
『こんにちはーッ!』
元気な挨拶と共に教室の扉をあけ放ったのは、コーシローと同じ映像資料研究サークルに所属する後輩の徳光まどかであった。
「おおっ!まどか女史!ちょうどいまコーシローの話をしていた所なんだ!さぁ君も是非かけてくれ!」
将軍は椅子から立ち上がって、まどかに席をすすめた。
トレードマークのハンチング帽子に指先を添えて、まどかは姿勢を正した。
「ジョンソン先輩!おはようございます!由夏先輩に渚先輩に皆様も!本日は大変お日柄も良く・・・」
恒例の挨拶が始まると、その日たまたま近くに居合わせたクラスメイトの一人が立ち上がって小柄な両肩に手を乗せて入室を促す。
「いいからいいから。そんなに改まんなくて。ほら、渚。お届け物だよ」
「うむ、苦しゅうない」
「なにをぉ?お前なっ!」
ササッ!(渚さっと躱す)
「くっ!!」
「フヒヒ。ありがとね、奈緒」
「いいよ」
そうした、やり取りの間に、まどかは知らず知らずのうちに開いている席の一つにちょこんと座らされている事に気が付いてハッとした。
(いっいつの間にッ!)
「よく来てくれたまどか女史!喉が渇いていないかい?お茶を飲んでいく時間はあるか?あっそうだ」
ショーグンはちょっとだけ身を乗り出して、聞かれてはいけない会話を開始するかのように口元に片手を添えた。
「それとも、おやつを食べるかい?実は今日持ってきているんだ。お煎餅だ」
ショーグンがためらいなくパーソナルスペース越えて迫ったので、まどか女史の心は純粋な少年のようにキュンとときめいた。
「いえっ!大丈夫ですジョンソン先輩」
「そうか、授業も始まるものな」
「はい!実は功史朗先輩からこれを届けるようにと言われていたのでこの徳光まどか馳せ参じました!」
「ではまさか!」
まどかは肩に下げていた飾り気の無い鞄から茶封筒を取り出してショーグンへ差し出す。
「実録世界のUMA熱帯深部にそびえる古代ピラミッド蘇る吸血鬼軍団VS暗黒騎士VSヨガマスターのDVDです」
ショーグンは震える指でそれを受け取ると息をのんだ。
「ありがとうまどか女史・・・!そうだ由夏殿、また君のお世話になるかもしれない」
「うん。渚のお家だとおばあちゃんがテレビ見てるんだよね?いいよ?将軍様?好きな時に来て。一緒にDVDみようね?」
「ありがとう!ああ!でも、今日は渚殿と買い物に行きたいから・・・それに、おばあさまの書類も用意しなければ・・・ッ!くっ!」
「あたしは一人でも大丈夫だよ?バイトもあるし。おばあちゃんだって一時間くらいなら大目に見てくれるんじゃないかなぁ」
「渚先輩!そのDVDの再生時間は6時間半あります!」
「なっが!」
「くぅ・・・!どうすればっ!」
「悩むの。楽しいね?将軍様?私はいつでもいいから。ね?そうだ、金曜日とか次の日が休みの日の前の夜にこっそり見ちゃう?・・・なんちゃって」
「おお!その手があったか!睡眠の時間を減らしてその分を充てるなんて君はとても勤勉なんだな由夏殿!そうしよう!」
「えっ?・・・でも」
由夏はチラリと横目で渚を見た。渚は腕を組んで鼻をふんと鳴らした。
「いけません!」
「うふふ。だよね?渚?」
「なっ何故だ!渚殿!とてもいいアイデアじゃないか!」
「若者がお祭りでもないのに夜中に出歩くなんて不健全です!」
「くっ!どうしてもだめか?!渚殿ぉ!!」
「いけません!」
「くっ!・・・頑固っ!」
「あっそうだ。まどか」
「はい!なんでしょう渚先輩!」
「ああ座ってていいから」
「はいっ!」
「コーシローどうしたの?」
「功史朗先輩は・・・」
まどかは、鞄から一般的に流通しているものよりも二回りほど大きなPDAを取り出して渚に見せた。そこには、古今東西の確かなものから、いかがわしいものも含めたニュースが網羅されたウェブサイトが映し出されていた。
「でっかいスマホだなぁ」
「ピカピカ光っててなんだかすごそうだな!」
「先日のTUKUYOのセールで入手したゲーミングPDAサジタリウスクアッドRev3です!功史朗先輩は今朝、領海内に侵入した飛翔体の一つがどうやらこの近くに落ちたらしいとの噂を聞きつけまして、その調査に向かいました。これがその飛翔体を捕えたと思われる近くの防犯カメラの映像です」
「あっこれ、豆腐屋の出前車じゃん」
「あっ!本当だ。コーシロー君お豆腐屋さんと同じくらい早起きだったんだ。ね?」
「2時間ほど前にインターネットのアップされた動画です」
「はえぁー豆腐屋のじっちゃん結構ミーハーなんだなぁ」
映像には朝日が昇るちょっと前の空と、穏やかな海が映し出されていて、そのどちらもがコバルトブルーだった。そんな、何の変哲もない映像が8秒ほど続いた後、唐突に変化が訪れる。おだやかな白波が押し寄せる水平線の向こうから、何かが白い尾を引いてこちらへ向かって飛んできたのだ。謎の飛翔体は一度水平線から浮かび上がり画面外へと飛び出すと一瞬だけ姿を現し、どこか近くへと落ちたのか、映像は大きく乱れた。
「うわぁ・・・これはスゴイ」
「爆発しなくてよかったね?渚?」
「この軌道・・・僅かに青みがかった噴射炎」
「ジョンソン先輩どうしたでありますか?」
「渚殿!」
「え?」
「僕行って来る!」
「え?うん、いってらっしゃい」
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