第9話
「あー!あー!遅刻しちゃうッ!」
「渚殿待って!おばば様!僕も渚殿を送ってきます!」
「うん。気を付けて行っといで」
「はい!」
「全く!朝からあんなに食べるからもう!」
「・・・。渚殿のご飯がとても美味しくてつい・・・すまない」
「ああもう!将軍頭にワカメついてるしっ!ああ中でクマノミも干からびてるもうっ!帰ったら将軍も洗わないとなぁ」
「あっ・・・ありがとう渚殿」
「今日はバイトもあるし!テストも近いし!大変だ・・・おばあちゃん行ってきまーす!」
「気を付けて行っといで」
「はーい!」
渚は靴のつま先でトントンと足元を叩いて玄関から外へ出た。将軍もそれに続く。遠くから波の音が聞こえる、それに、潮の香り。いくつかの飛び石を蹴って、古く大きな門をくぐる。門の脇には変色して形の崩れた杉の玉に蜘蛛の巣が絡んでいた。
(この辺もまた掃除しないとなぁ・・・もう夏だもんねー)
「ッ!二人ともーおもでとうー!」
さらさらさらーさらさらさらー・・・・。
「うわぁっ!」
ふたりの頭上に降り注ぐ、白く輝く粒。
門から出てすぐの場所、そこにはすっかり正装に身を包んだ由夏の姿があった。夏らしく軽めの生地で拵えたワンピースに、今年流行間違いなしの淡い色合いのジャケット。派手になりすぎない程度に整えた髪型に控えめの装飾品。由夏は、これでいておしゃれなのだ。
しかしながら今日は学校である。
「由夏?びっくりした!なあにこれお米?」
「おはよう由夏殿」
「それに・・・その格好」
「えへへ・・・特別な日にしたかったから・・・変じゃ・・・ないかな?」
「ううんううんとってもよく似合ってるよ!っじゃなくって!」
「渚に幸せになってほしかったから・・・ね?これライスシャワーって云うんだよ?幸せになれるおまじない」
「嬉しいけど由夏!学校学校は?!」
「え?でも、一生に一度の特別な日だし・・・かんこんそうさい?だっけ?えへ・・・その時は学校お休みしても誰も怒らないんじゃないかな?ね?渚?」
「あぁー・・・」
「その事なのだが由夏殿」
「あっ!将軍様!」
由夏恥ずかしそうに手を振る。
「おはよ・・・っ!」
・・・ゴゴゴゴゴ・・・・。
「・・・なんだろう?空気が震えてる・・・ね?火山でも噴火するのかな?どっかーんって。ね?渚?将軍様?」
さらさらさらー・・・。
「ああいやこれは、由夏・・・」
開け放たれた門の、筋が浮き出た古い柱に恐るべき手が掛けられて、全身の血液を震わせるような恐ろしい悪鬼羅刹、魑魅魍魎、もののけの類の声がした!否!
「・・・なんだい?朝から人んちの前で騒がしいね?」
おばあちゃんである!
「あ、ばあちゃん」
「お!おばば様!」
「あっ!あっ!おはようございます!ほほほ本日はお日柄もよく・・・!じゃなかったおめでとうございます!おばあちゃんッ!」
しゃわー・・・・。しゃわーー・・・・らいすしゃわー・・・。
「・・・」
「ああ、その。ばあちゃん?由夏だよ?むかーし一度だけ来た事・・・なかったっけ?ああ、ないか」
「食べ物を粗末にするんじゃないよッ!!!!!!!!!!!!!!」
「うわぁっ!」
『ひっひぃーー!!』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁい!!」
「由夏殿に決してそんなつもりは・・ッ!おばば様ッ!決してッ!」
由夏、将軍、共に半泣きになりながら撒いた米を拾う。
「あーあー!由夏!せっかくおしゃれしたのに汚れちゃう!立って立って!」
「・・・でも。渚・・・」
「全部拾いな」
「はっはいぃッ!」
ササササササ・・・・!
「鬼か!全く・・・由夏、将軍と私がやっとくから」
「え・・・でも・・・でも!でもぉ・・・」
「大丈夫だ由夏殿僕に任せてくれ。ああでも、その。代わりと言ってはなんなんだが・・・このお米を・・・その。少し、分けてもらえないだろうか?あっ!いや!由夏殿が嫌ならいいんだ・・・・ッ」
ポッ・・・。
「何てれてんの将軍」
「え?・・・将軍様、お米、欲しいの?ふふ。いいよ?」
「由夏もなに喜んでのさ」
「本当か?!ありがとう由夏殿!よし!がんばるぞ!」
「はぁ・・・よし!私も拾うぞー!由夏!早くその可愛い格好着替えて!学校行くよ!また遅刻しちゃうよ!」
「うん!私着替えてくるね!渚!将軍様!おばあさんも、お騒がせしてごめんなさい!」
たたたたたたたた・・・・。
「相変わらずの俊足だなぁ」
「ふん。まあいいさね。どら。今日はカレーにしようかねぇ渚?」
「はいはい。由夏のところのお米は美味しいからねぇ」
「・・・渚殿の・・・カレーライスッ!!!!」
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