第8話

くつくつくつくつ・・・・。


なんだろう?とてもいい匂いだ。


ジョンソンが静かに目を開けると、見慣れない風景が広がっていた。


テレビに、こたつ、オムツを履かされたカメ、それから、高貴に年老いた女性。

小麦色の畳に・・・今、寄りかかっている場所は小さな部屋の角だった。


「ようやくお目覚めかい?全くだらしがないね」


こたつに当たっている老婆が、ひざの上の猫の喉を撫でてそう言った。

ジョンソンは慌てて姿勢を正して座りなおす。

物音を聞いて、背後ではこちらを気にする気配があったが、それ以上のものは無かった。

僅かな沈黙の後、ジョンソンが口を開いた。


「初めまして、ぼっ僕はジョンソンと言います。渚殿の夫になる者です」


『・・・』


辺りは静まり返って、カメが歩く音と、鍋の蓋が踊る音だけが響いていた。

おばあちゃんがお茶を、ゆっくりとひと口飲んだ。


「・・・ふざけてんのかい?」

「え?」

「招待もされてないのに人の家の晩御飯に押しかけておいて、いったい何を言うかと思えば・・・」


おばあちゃんがすっと立ち上がる、それを皮切りに、幸せな日常で、すっかりだらけ切っていた野生が片鱗をのぞかせた。


ビャーオー!

ぴーぴーぴー!ちゃちゃちゃちゃちゃ!(爪の音)わんっ!

かめかめかめか・・・・(シュッ!)


「ま、待ってください!ふざけているつもりはありません!僕は真剣だ!」


ぐぎゅるぅーーー。


「あっ!」

「・・・何だい?この情けない音は?」


ジャキン・・・・(薙刀)


「僕の、お腹の音です・・・」


「あんたのくにじゃ真剣になると腹が鳴るんかい?」


「ち・・・違います」


「おまえさん仕事は?」


「仕事は・・・その、以前は兵器の開発をしたり。国民の前で演説をしたり・・・公務をしたり・・・そう言った事を仕事と呼べるのならなのですが・・・」


「今は?」


「今は・・・何もないです」


「縺昴s縺ェ螂エ縺ォ蜿ッ諢帙!!!!!!!」

(そんな奴に可愛い孫娘を任せられると思ってるのかい!!!!!)

「う!うわぁああっ!!!」

「大体!このばあばとの大事な話の最中に腹を鳴らすような情けない奴に、渚はやらないよ!」

「そ!そんなぁ!」

「当たり前だろう!挨拶ひとつでこのあたしが首を縦に振るとでも思ったかい!!」

「しっしかしこれは、当人同士の掟で僕たちの伝統で風習なのです!!」

「そんなもん知ったこっちゃないね!この家じゃこのばあばがルールだ!将軍だかジェイソンだかフレディだか知らないけど、この家にいて、このあたしの目が黒いうちは勝手な事はさせないよ!菓子折り一つ持参しないでいい度胸だ!」

「ひ・・・ひぃー・・・!渚殿おお!」


「ぁーはいはい。やっぱり一人増えるだけで賑やかだなぁ。ご飯できたよ!じゃじゃーん!ごろごろ野菜のトロトロシチュー!熱いから気を付けて食べてねー」


「あぁー。そうかいそうかい。御飯が出来たかい。いつもありがとうね渚。早速頂こうかね」


「・・・」


「どしたの将軍?シチュー嫌いだった?猫舌?ああ。牛乳アレルギー?まさか、ダイエット中?」


足元に寄ってきた猫や犬やカメをつま先でちょいと器用にどかして、渚はにやりと笑った。


「いや。その」


「うん」


にゃおむ。

くーんくーん。

かめかめ。


「・・・僕もご馳走になっていいのだろうか?だって、その、僕は夫として認められていないというのに」


渚が持っている皿から、とめど無く豊かな香りが立ち上っていた。ジョンソンはまた座り直して、渚の祖母の様子を横目でチラ見した。

おばあちゃんは、食事前の簡単な作法を済ませた後、さっそく一匙目を口に運んだ所だった。


「うん。中々だね。さすがあたしの孫だよ。略してさす孫、さす孫」


・・・・ゴクッ!


「な・・・渚殿?」


特別なリアクションも無く、おばあちゃんは二口め三口目と続けてシチューを口へと運ぶ。


・・・ゴクッ!!!


「な・・・・渚どのぉ・・・!」


「うん。いいんじゃない?」


「そうか!ありがとう渚殿!君には助けられてばかりだな!ありがとう!・・・うん!おいしい!こんなにおいしい料理は初めてだ!」


「そ?それはよかった」


「うん!おいしい・・・おいしいぞ!渚殿!お・・・おば・・・おばあ様もそう思いませんか?」


「黙って食いな」


「っ・・・ごめんなさい」


(・・・しゅん)


「ショーグン大丈夫だよ?おばあちゃんいつもこんな感じだから。ほら、おかわりもあるから」


「・・・うん」


・・・ぱくぱく。


・・・さっ。


「早w」



 その晩、将軍は眠れなかった。

彼は、縁側に座り、眩い星々の銀河を眺めていた。ずっと聞こえていた音は、永劫押し寄せる白波の音で、家中に漂う御馳走の残り香の隙間を埋めていたのは潮の香りだった。


「渚殿の料理、とても美味しかったなぁ・・・」


ジョンソンはあの後、ほとんど一人で渚の料理を平らげていたのだった!

あの美味しい料理を故郷のみんなにも食べてもらいたい。そんな風に考えていると、思わず顔がにやける。


ニタァ・・・・。


「何笑ってんだい。気味が悪いね」

「!?」


ばあばである。


「おおおおおおばばさま!」


将軍は慌てて座りなおして、姿勢を整えた。それから、一呼吸おいて答える。


「渚殿の料理を故郷のみんなにも食べてもらうのを想像していたら、つい嬉しくて・・・」


「ほぉん。そうかい・・・あたしゃてっきり国のママが恋しくなったのかと思ったよ。ふん!」


「その心配には及びません。僕には母上も父上もいませんから」


「ふん、そうかい、言っとくが同情なんてしないよ!あたしだって父ちゃんも母ちゃんも、息子だって早死にしちまっていやしないんだからね!」


「そ・・・そんなつもりじゃ・・・すみません。辛いことを思い出させてしまって」


「辛いもんか。もうとっくの昔に忘れちまったね。まったく。ほらほら、ぼーっとしてないでさっさと寝て!起きて!働いて!人様のやくにたちな!!ごくつぶしを置いとく余裕はないんだよ!」


「はい!おばば様」


「・・・ふん!」


「一つ聞いてもいいですか?」


「なんだい?言ってごらん」


「僕が、しっかりとした人並みの生活を送れるようになったら渚殿と結婚してもいいでしょうか?」


「やけにこだわるね・・・そんなにうちの孫がいいのかい?」


「はい、僕たち民族の文化と伝統にかけて、そうでなくてはならないのです」


「ふむ・・・そんなことは知ったことじゃないけどね。あたしの面倒はきちんと見るんだろうね?直にあたしだって要介護老人になるんだよ?萎れたババアのオムツを替える覚悟がお前にあるのかい?」


「はい、あります」


おばあちゃんは、ぱっと笑顔になった。


「ほ!ほほー。いやよく言った!そぉかいそぉかい。ふーむ。ならいいだろう」


「!!本当ですかおばば様!ありがとうございます!よし!がんばるぞ!」


・・・・・・・・・・・って私の意見は!?


珍しく夜に起きてトイレに行っていた渚は、部屋に戻る途中偶然にも遭遇した二人のやり取りを物陰からこっそりと伺って、そう思った。


「飴、食べるかい?」


「頂きます!・・・甘ーい!」


いや、甘ーい!じゃねえしッ!!


「うふふ、まだあるからねたーんとおたべ?」


「はい!」


まったく。ばあちゃんも将軍も勝手なんだから・・・。まぁいいか、寝よ寝よ。・・・ぽりぽり。

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