第6話 織木さんの憎たらしい友達

そう単純でもないのかな

 寝坊したーっ! 昨日、夜遅くまでスプレンダーの研究に夢中になり過ぎた! あああああああ、もう昼近くじゃん! とにかくすぐにサンナナに向かわないと! 朝ご飯だか昼ご飯だかわからないご飯をかき込んで、急いで身支度を整えて、家を出る! 自転車を飛ばして、サンナナに到着! ドアのロックを解除して、サンナナに入店! よし、間に合ってない!


「ごめーん、遅くなった!」

「もーっ、遅いですよー、織木さーん」


 甘菜ちゃんが頬を膨らませて文句を言ってくる。あ、甘菜ちゃん、怒った顔もかわいいな。って、んなこと考えてる場合じゃないか。うう、申し訳ない……。


「ホントごめんねーっ。目が覚めたらこんな時間でさー。もう慌てて飛び起きて急いで来たんだけど、ホントごめん!」


 両手を合わせて頭を下げて、許しを請う。


「まあいいですよ。また遊べる時間はたっぷりありますからね」

「それにしても朝寝坊するなんて、織木さんてかわいいところあるんだね」


 笑いながらそう言ってきたのは土屋さん。くそーっ、この子にはこんなカッコ悪いところ見せたくなかったな……。


「一緒に遊ぶようになってからわかったけど、織木さんてけっこう間の抜けたところあるんだよね。学校で見てただけの頃とはだいぶ印象変わったよ」


 何したり顔で私のこと語ってんだ石積君。たかだか週3か週4でアグリコラを一緒にやって来た程度の付き合いで、私のことをわかったような気にならないで欲しい。でも今は状況が状況だけに、何も言い返せない。ぐぬぬ。


「今はみんなは昼ご飯中?」


 私が店に入ったとき、3人はパンやおにぎりを食べながら雑談しているところだった。ちょっと早めのお昼ご飯といったところかな。サンナナは店内でも飲食自由なので、ゲームの合間にお腹が空いたらコンビニでご飯を買ってきて、手早く食事を済ませるというのはよく見る光景だ。


「うん。午前中は『くだものあつめ』と『ギズモ』を1回ずつやったかな。で、織木さんから返信が来たから、じゃあ来るまでに僕らはご飯済ませちゃおうかって」

「土屋さん上手でしたよねー。どっちも初めてなのに、すごく強くてびっくりしました」

「たまたま運が良かっただけだよ。くだものあつめは勝てたけど、ギズモは石積君に負けちゃったし」

「でもギズモも僅差だったからね……ホント危なかった……」


 くだものあつめとギズモは、どっちも軽めの内容のボードゲーム。ルールは比較的簡単で運の要素もあるから、初心者でも勝てることはわりとある。だけど、どんなゲームであれ土屋さんのことをただの初心者だとは思わない方が良いことを、私はよく知っている。石積君も甘菜ちゃんも、土屋さんが油断ならない相手だということはわかったんじゃないかな。ただ、この子が本領を発揮するのはスプレンダー。今日はアグリコラの後にスプレンダーをやる予定だけど、スプレンダーをやったら2人とも、土屋さんの強さにびっくりするんだろうな。ま、私だってかなり研究してきたし、今日はこの前みたいに簡単に負けるつもりはないけどね!


「ごちそうさまでした。じゃあ早速アグリコラの準備しようか。私、4人でアグリコラするの本当楽しみにしてたんだ」


 ご飯を食べ終えて、立ち上がる土屋さん。そういえば、土屋さんの私服姿って初めて見るな。ふんわりとしたピンク色のブラウスに、かわいいけど落ち着いた印象のフリルのロングスカート。(少なくとも見た目は)おとなしい印象の土屋さんに、よく似合っている。いいなー、こういう服が似合う子って。私、なまじタッパがあるせいなのか、ふんわりしたかわいい系の服を着てみても、いまいちしっくりこないんだよね……。今日なんて、時間がなかったからパーカーとジーンズで出てきちゃったよ。

 ……まあ、服装で張り合ってもしょうがない! あくまでも勝負するのはアグリコラとスプレンダーだから! まずはアグリコラ! 絶対に負けられないアグリコラ! いざ、準備開始!


「土屋さん、織木さんから聞いたんだけど、甘えマスなしでいいの?」


 ゲームの準備をしながら、石積君が土屋さんに訊く。甘えマスというのは、『ちょつと子供がほしい』と『家畜市場』が一緒になった、追加のアクションスペースのこと。これがないと増員のタイミングがラウンドカードのめくれに左右されるから、それを好まない人は多い。なので、一般的には甘えマスありの方がよく遊ばれているレギュレーションだ。


「うん。なしでいいよ。ない方がバランス取れてる気がする」

「大抵の人はありの方が良いって言うんだけどね。僕はなしの方が好きだから、同じ感性の人がいて嬉しいよ」

「土屋さん変わってますね。そんなこと言う人、お兄ちゃんだけだと思ってた」

「甘菜ちゃんは甘えマスあった方が良いの?」

「そもそも私、サンナナに来るまで甘えマスがあること自体知らなかったんですよね。お兄ちゃんが教えてくれなかったから。初めて甘えマスがあることを知って、それを使う方が普通だって知ったときは、そりゃもうびっくりでしたよ。みそ汁にじゃがいもなんて入れないって言われたときと同じぐらい、ショックでした」

「私は好きだよ、みそ汁のじゃがいも。特に2日目のドロドロに溶けたやつとか」

「あー、わかります! あれ、おいしいですよね! お汁粉みたいで!」


 ふーん。土屋さんて人見知りな性格だと思ってたけど、もう甘菜ちゃんと仲良さそうにしてるな。まあ甘菜ちゃんて人懐っこい性格だし、土屋さんみたいな子とは相性良いのかもね。石積君も助かってるだろうな。想像だけど、甘菜ちゃん抜きで石積君と土屋さんだけだったら、すごく微妙な空気になってそう。


 ちなみに甘えマスの有無に関しては、私はどっちでも良い派。理由は、レギュレーションの違いで有効なプレイングやカードの評価が変わるのも、アグリコラの面白いところだと思っているから。だからどっちもありだと思っているし、どっちかしか遊ばないのはもったいないとも思っている。どうせなら、いろんなレギュレーションでとことんアグリコラを遊び尽くしたいじゃん? ま、人に強制する気はないし、好きな方で遊べば良いとは思うけどね。


 さて、ゲームの準備も終わったし、プレイ順も決まった。1番手私、2番手土屋さん、3番手甘菜ちゃん、4番手石積君。

 久しぶりの1番手! これは幸先が良い。いよいよ、お楽しみのドラフトだ。どんなカードが来たのかな?



【職業】

居酒屋の店主 造園事務長 若い農夫 郊外管理者 動物訓練士 畑の世話人 汎農 調教師

【小進歩】

森の宿屋 避暑地の家 林学教育 レンガ補給 鎖状農具 製陶所の敷地 汚水溜め 成育農場



 あ。これは、これでいいかな。


 ……いや、待てよ。そう単純でもないのかな。うーん。どうしよう?

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