同じ目をしてた

「羊さんと牛さんは偶数、豚さんは奇数で終わると得点効率が良いって覚えると良いよ」

「なるほど、点数表見たら確かにそうだね」

「豚さんて繁殖して3匹で終わることが多いから、最後の収穫のときに食べられることが多いんだよねー」

「あはは。点数システムの犠牲者だね」


 こんなやり取りを交えながら、それぞれのカテゴリーの点数を申告していってスコアシートを埋めていく。最後にボーナス点を記入したら、暗算して合計得点を出す。いよいよ結果発表だ。


「土屋さん43点、私52点で私の勝ちだね! お疲れ様でした!」

「お疲れ様ー。うーん、負けちゃったかー。やっぱりそう簡単にはいかないね」

「でも初めてで43点はかなり高い点数だよ。普通、最初は30点もいけば良い方だって言われてるからね」

「織木さんの教え方がうまかったからじゃないかな。すごくわかりやすかった。最初にカードなしで練習させてもらったのもあるしね」

「いや、そんなことないよ。こんな独創的な打ち回しを最初からできるの、本当にすごいと思う」

「そ、そうかな……」


 ちなみに私が初めてアグリコラをしたときの点数は34点。いきなりカードを使ってドラフトありのルールでやった(自分でそれを選んだ)とか、3人戦と2人戦の違いがあったりとか、いろいろ細かい違いがあるから単純な比較はできないけど、それでも初回プレイの内容としては土屋さんの方がずっと上手かったと思う。私は途中からほとんど石積君と甘菜ちゃんのアドバイスに従ってるだけだったしね……。ああ、思い出すたびに石積君に物乞いさせられたの、腹が立つな。


「ねえ、」

「何?」

「――土屋さんは、次の日曜日、空いてる?」

「うん、空いてるよ」

「じゃあさ、またここでアグリコラやろうよ。今度は石積君と妹の甘菜ちゃんも呼んでさ! 4人でやったら、もっと面白いよ!」

「……うん、わかった。次の日曜日ね」


 一瞬、土屋さんのことを双葉、と呼びかけて、やっぱりやめた。少しだけ、怖くなったのかもしれない。この子がまだアグリコラを続けてくれるのかどうか、わからないことを。今日、この子にアグリコラを楽しいと思ってもらえただろうか。本当は私の方が楽しませなくちゃいけない立場なのに、逆に私の方が楽しませてもらったような気がする。土屋さんとするアグリコラ、本当に楽しかった。羊さんを逃がされたときは本当に腹が立ったけど、ああいうのもゲームの楽しさの一つだ。あれがなかったら、ここまで本気になれなかっただろうしね。

 私はまた土屋さんとアグリコラがしたい。土屋さんもそう思ってくれてるかな。もしそう思ってくれてなかったとしたら、私の気持ちは空回ってることになってしまう。私はそれが怖かった。怖くて、まだ双葉とは呼べない。だから、土屋さんがアグリコラを好きになってくれて、アグリコラを続けてくれると確信出来たそのときまで、双葉って呼ぶのは取っておくことにする。そんな日がきたら、そのときはこの子も、私のことを羊子って呼んでくれるかな。


「まだちょっと時間あるよね。じゃあ最後にスプレンダーやろっか」

「いいの? 時間大丈夫?」

「へーきへーき。2人ならすぐ終わるでしょ」


 そう言って私はアグリコラの箱を棚に戻して、代わりにスプレンダーを棚から取り出した。





 スプレンダーの特徴として、プレイ中極端にプレイヤーの口数が少なくなることがあげられる。アグリコラはアクションの度に「3木材!」だのと発声するから喋る機会は多いけど、スプレンダーはすることが宝石チップを取るかカードを購入するかカードを予約するかだけなので、あまり喋ることがない。何より、考えることが多くて喋っている余裕がない。私と土屋さんの対戦も、ほとんど会話がないまま進行していった。


「じゃあ、これで私が15点だね。織木さん、最後の手番どうぞ」


 それが、久しぶりに聞いた土屋さんの長台詞だった。


「じゃあ……これ出して、6点で終了、だね……」


 ゲームの結果は、15対6で土屋さんの圧勝。予約したカードを、場の宝石チップをコントロールされて、全然購入できなかった。別に私はこのゲームが苦手なわけじゃない。初めてプレイしたときから含めても、6点しか取れなくて終わったことなんて、今までなかった。……スプレンダーって、こんな大差がつくようなゲームだったの!?


「……強いんだね……土屋さん……」

「私、ネットでゲームをよくするんだよね。特にスプレンダーが好きで、一時期こればかりやってた」


 そう言いながら、席を立つ土屋さん。そのときの土屋さんの心の中にあった感情は、絶対に勝利の優越感なんかではなかったと思う。このとき、私に向けられていたのは――。


「だから、得意なの。このゲーム」


 なんだ、こんなもんか。


 そう言っているかのような、失望の眼差しだった。





「今日はありがとう、織木さん」

「どういたしまして」


 サンナナを出て、帰り道が逆方向だということで、自転車置き場で私たちは別れることにした。


「日曜日、楽しみにしてるね。バイバイ、織木さん」

「うん。バイバイ」


 走り去っていく土屋さんを見送ってから、私も自転車にまたがった。





 帰り道、自転車を漕ぎながら今日のことを振り返る。


 あの目。スプレンダーで負けた私を見下ろしていたときの、土屋さんのあの目。バドミントンで私を叩きのめしたときのあいつと、全く同じ目をしてた。

 もっと早く気付くべきだった。土屋さんは、同類だ。私と同じ種類の人間だ。たかがボードゲームで勝つために、時間と労力と情熱を惜しげもなく注ぎ込むことを厭わない、本物のガチ勢だ。アグリコラをしている時点で気付かなくてはいけなかった。土屋さんは、初心者なりに自分の考えた戦略で、全力で私に勝負を挑んできていたのに。私の方は、勝負だと認識すらしていなかった。舐めていたのは、私の方だった。


 面白い。面白いよ、土屋さん。まさかこれまでロクに口をきいたことがないようなクラスメイトの中に、こんな面白い子がいたとはね。久々に燃えてきちゃったよ。初めて、アグリコラ以外のボードゲームを真剣に攻略しようという気になった。帰ったら、早速スプレンダーの研究だ。

 もちろんアグリコラだって手は抜かない。ギッタギタのボッコボコにしてやる。何の遠慮もいらない相手とわかった以上、容赦はしない。

 思い知らせてあげるよ、土屋さん。アグリコラの怖さと、私の強さをね!

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