チュートリアルみたいなもの

 学校帰り、約束していた通り私と土屋さんはサンナナへ。平日はお客さんは少ないと土屋さんには言ったものの、実際に平日に来るのは初めてだったり。いつもはアグリコラをするだけなら石積君の家で事足りるからなぁ。いざ行ってみたら、ほらっちさんやくびきさんがいたりしないだろうかとちょっと心配だったり。いや、そんなこと言ったら失礼なんだけど、土屋さんて人見知りな性格っぽいし、今日はマンツーマンでアグリコラを教えてあげたいんだよね。


 店内に入ってみると、ボドゲスペースは照明もなくて真っ暗な空間になっていた。本当にお客さんいないっぽい。平日はいつもこんな感じなのかな。


「すいませーん、店長さんいますー?」

「あ、いらっしゃい、織木さん。今日は友達連れ?」


 呼んでみたら、すぐ店長さんが奥から出てきて照明を付けてくれた。土屋さんの顔を見て、嬉しそうに目を細める。


「はい、この子は土屋さん。アグリコラに興味があるって言うから。今日は初めての先生役です」

「へー、織木さんインスト初挑戦だね。えーと、土屋さん? 織木さん容赦なくボコってくるかもしれないけど、気をしっかり持ってね」

「ははは、やだなー、石積君じゃあるまいし」


 私と店長さんがそんな話をしている間に、土屋さんの目は壁一面の棚に並べられているボードゲームに釘付けになっていた。


「すごい数……」

「そうでしょー」


 もちろんお店のもので私のものってわけじゃないんだけど、つい私が自慢しているような口調になってしまう。私も初めて来たときはこんな反応だったなぁ。


「アグリコラに興味あるってことは、他のゲームもやったことあるのかな? 何か知ってるゲームある?」

「あ、スプレンダーなら……」

「へー、スプレンダー! 宝石の煌き! いいゲームだよね!」


 宝石の煌き(スプレンダー)は、ボードゲームの中ではかなり有名で、シンプルで奥が深いゲーム性からファンも多い。ルールは、宝石チップを使って得点カードを購入していって、誰かが15点以上を獲得したら他のプレイヤーの最後の手番をやって、終わったときに得点が一番多かった人の勝ち、というシンプルなもの。だけどこれがなかなかに奥が深くて戦略性があって。ルールが簡単でプレイ時間も短めということもあり、困ったときはスプレンダーと言われるぐらい定番のゲームになっている。私も何回かやったことがあって、かなり好きなゲームの一つだ。


「じゃあさ、アグリコラの後に時間あったらスプレンダーもやろうよ」

「え、アグリコラって重ゲーだよね? そんな時間あるかな……」

「2人ならたぶんそんなに時間かかんないよ」


 てか土屋さん、さらっと重ゲーとかいうワードを口にしたな。ボードゲームに関しては、まるっきりの初心者というわけではなさそう。ちょっと前まではボードゲームのボの字も知らなかった私よりも、理解は早いかもしれない。


「じゃあ、早速アグリコラ使わせてもらいますね」

「はい、どうぞごゆっくりー」


 そう言って、店長さんはまた店の奥に引っ込んでいった。

 さて、それじゃあ始めますか。





 ボードやらコマやらの準備をしながら、土屋さんにどのぐらいアグリコラのことを知っているのか訊いてみる。アグリコラのインストをするのは初めてだから私もよくわからないけれど、相手がどのぐらいの理解度なのかによって、説明の仕方も変わってくると思うんだよね。


「農業をするゲームで……えっと、ワーカープレイスメントって言うんだよね?」

「お、よく知ってるね」

「あ、でも知ってるのはそのぐらいで、ルールについては全然……織木さんと石積君が話してたのを聞いてたぐらいで。たまに変な単語が聞こえてびっくりすることもあったけど」

「え、変な単語? どんなの?」

「……愛人とか、女たらしとか……」

「ぶっ!」

「あ、もちろんゲームの話だって言うのはわかってるよ? でも……不意に耳に入ってきたら、びっくりしちゃうかな……」

「そ、そうだよね……ごめん……今度から気を付ける……」


 思い返せば教室でアグリコラの話をしてるとき、何も考えずにその辺のワードを口にしてたわ……。日常会話のテンションで「昨日は石積君の愛人がさー」とか言ってたら、そりゃびっくりするよね……。アグリコラってそういうワードが多いゲームだから、本当に気を付けよう……。




「じゃ、気を取り直して、ルールの説明を始めるね」


 とりあえず、最初にゲームの終了条件と勝利条件を説明することにした。ゲームの目的がわからないと、他のことを説明してもいまいち頭に入ってこないんじゃないかと思ったからね。14ラウンドでゲームが終了すること、その時点で一番得点が多い人が1位になること、これがまず大前提。得点内容については、畑やら柵やら家畜やら作物やら家やらワーカーやら農場にあるものはだいたいなんでも点数になって、空き地はマイナス点になるからなるべく埋めた方が良いってことを説明。

 その後は、各プレイヤーには初期状態で家族(ワーカー)が2人いること、手番が回ってきたらアクションスペースにワーカーを配置して何かしらのアクションをさせること、強いアクションスペースは早いもの勝ちだからスタプレ有利であること、等を説明した。

 えーと、次は……石積君、何から説明してたっけ……? 改めて自分でインストしてみると、アグリコラのルールってメチャクチャ多いな。これは教える方も大変だわ。


「……よし! とりあえず、ゲーム始めちゃおうか?」

「え、まだルールの説明全部終わってないんじゃないの?」


 今のところ土屋さんはふんふんと頷きながら真剣に聞いてくれていたけど、人間一度に覚えられることには限りがある。増築やら増員やら改築やら畑からの収穫やら家畜の繁殖やらを全部説明して、いざゲームが始まった後にそれらを全部覚えていられるとは、私にはとても思えない。実際、私も全然覚えられなかったし。

 だったらとりあえずゲームを始めちゃって、手番を進めながら説明していった方が理解は早いんじゃないの? というのがいきなりゲームを始めることにした理由。……別に説明が面倒臭くなってきたとか、そういうわけじゃないんだからね!


「これ以上は、実際にやりながらの方が覚えやすいと思うんだよね。細かいことはやりながら説明していくから。最初はカード使わないでやってみようか。チュートリアルみたいなものだと思ってよ」

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