第5話 織木さんの初インスト
距離感は探り探り
それは学校の昼休み、トイレで手を洗っていたときのことだった。
「あの、織木さん、ちょっといい?」
「え? 何?」
後ろから声をかけられて、振り向いた先にいたのは
「その……織木さんて、アグリコラ、やってるんだよね? ボードゲームの」
こ、これは……もしや!?
「うん! やってるよ!」
思わずテンションがあがって大きな声を出してしまった。驚いた様子で目をぱちくりする土屋さん。いかんいかん、落ち着け私。クラスメイトとはいえ、相手はほとんど話したことがない子なんだぞ。びびらせてどうする。慎重に、慎重に。
「えっと……私、アグリコラに興味があって……もし良かったら、織木さんに教えてもらえたらなって」
うおおおおおお! 来た来た来た来たーっ! いやー! 人目も憚らず教室で石積君とアグリコラトークをしてきた甲斐があったよ! 私たちの話を聞いてた誰かが食いついてきてくれないかなーって淡い期待をしてたんだけど、まさか本当に興味を持ってくれる子が現れるなんて! こんな嬉しいことはないよ!
「もちろん! 私で良ければいくらでも教えるよ!」
実のところ、私も学校の友達にアグリコラを布教しようとしたことがないわけではなかった。だけど、ちょっとゲーム内容の説明をしたら「えー、なんか難しそう。パスパス」とすげなく断られることが続いた。
……まあ、仕方がないとは思うんだ。アグリコラは、継続してそれなりに時間をかけて取り組まないと、面白さがわかりにくいゲームだから。みんな部活やらなんやらで忙しいし、私みたいな帰宅部の暇人ばかりじゃない。
それに、私だって最初からアグリコラが楽しかったかと言うと、そういうわけじゃないしね。私がアグリコラを続けることにしたのは、どちらかといえば石積君と甘菜ちゃん、特に石積君にやり返してやろうという気持ちが強かったからに他ならない。あそこからアグリコラをもう一回やろうなんて言うのは、私みたいなよほど負けず嫌いな人間じゃないと、難しいと思う。
そう考えると、石積君のやり方って失敗してても全くおかしくなかったんだよな……。ここは失敗しないように、優しく教えてあげなくては。
「早速だけど、今日放課後時間ある?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、学校終わったら石積君の家に行こうか! 石積君に話しておくね!」
そう言って急ぎ足でトイレから出ようとする私を、土屋さんは慌てて手を掴んで止めに来た。
「ちょ、ちょっと待って! 石積君の家に行くの!?」
「うん。私、アグリコラ持ってないし。いつも石積君の家でやってるから」
「い、いきなりよく知らない男子の家に遊びに行くなんて緊張するよ!」
うわ、土屋さん、恥じらう女の子みたいなこと言ってる。ってそのまんまか。私も石積君の家に初めて行ったときはクラスの男子の家に入るなんて初めてだーとか思ったけど、全然平気だったなぁ。私がそういうのに無頓着過ぎるのかな。
「大丈夫だよ、私も一緒だし、甘菜ちゃ……石積君の妹さんもいるから」
「そ、それでもやっぱり緊張するよ。それに……」
「それに?」
「私がいたら、お邪魔じゃない? 織木さんと石積君て付き合ってるんでしょ?」
……あー、はいはい。そう来たか。まあ、私も普段からよっしーたちによくからかわれてるからね。こう言われたときの対処は慣れたものですよ。
「いやー、ないない。あいつとはただのアグリコラ友達だから」
「そ、そうなの? 石積君と話してるときの織木さん、すごく嬉しそうな顔してるから、私てっきり」
「それはアグリコラの話が出来るのが嬉しいのであって、別に石積君に限ったことじゃないから」
「そ、そうなんだ……」
なんだかちょっと残念そうな顔をする土屋さん。そんなに私に石積君と付き合ってて欲しかったのか。普通の女の子ってこういう話好きなんだろうな。私にはよくわからん感覚だわ。
「で、話を戻すけど……やっぱり、石積君の家じゃない方がいい?」
「……私は、織木さんに教えてもらいたいな……」
……よし! そこまで言われて断っちゃあ女がすたるってもんよ! となると、残る選択肢は一つしかないね!
「土屋さん、サンナナって店知ってる? ボードゲーム出来る店なんだけど」
「あ、知ってる。前から興味はあったけど、1人で入る勇気がなくて」
へー、知ってるのか。さすがアグリコラに興味があるってだけのことはあるね。それなら話は早い。
「じゃあ、帰りに2人でサンナナ行こうよ。そこならアグリコラもあるし、平日の昼間ならお客さんも少ないから、ゆっくり教えてあげられると思うよ」
「わかった! ありがとう、織木さん!」
嬉しそうに顔を綻ばせる土屋さん。私、この子の笑った顔、初めて見たかも。こうして見ると、けっこうかわいいな。確か、土屋……
「ね、土屋さんのこと、双葉って呼んでいい? 私のことも羊子でいいからさ」
もしアグリコラを続けてくれるなら、この先も付き合いがある子だ。それなら、今から名前呼びの方がいいよね。そう思ったんだけど。
「うん。私の方は双葉でいいけど……織木さんの方は、織木さんのままでいいかな……?」
「えー。なんで?」
「私の中では織木さんて、『織木さん』てイメージなんだよね……背高くてカッコイイし……同年代と思えなくて」
うーん。最近よくカッコイイって言われるな。中身はこんななんだけどね。よっしー辺りが聞いたら、「見てくれはね! 見てくれだけはいいからね、羊子は!」とか言いながら爆笑しそう。
「じゃあ、私も土屋さんのままでいいや……」
「え、どうして?」
残念がらないでよ。さっき同じこと私も言ったじゃん。
「私の方だけ一方的に名前呼びだと、なんかやりにくいんだよね……」
「そうなの? 私は全然構わないのに」
「私は構うの」
まあ、同じクラスにいるのに今までほとんど話をしてこなかった子だしな。いきなり仲良くしようとし過ぎたら、逆に失敗しそう。距離感は探り探り、かな。
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