この5人で

 サンナナの店内に聞き慣れた元気な声が響き渡ったのは、ちょうどアグリコラのボードやコマを箱にしまい終えたところだった。


「こんにちはー!」

「え、甘菜ちゃん!?」


 全く予期していなかった人物の来訪に、私は思わず素っ頓狂な声をあげていた。


「どうしたの!? 動物園行ってたんじゃなかったの!?」


 突然現れたのにも、もちろんびっくりしたんだけど。


「今日の甘菜ちゃん、めっちゃかわいいね!?」

「ホントだー! その服と帽子かわいいね!」


 甘菜ちゃんのかわいさに目を奪われた私の反応に、くびきさんも同調した。いつものおさげに、日除けの麦わら帽子と白いワンピースが似合い過ぎてる! かわいい! オランダ式風車とかをバックに写真撮りたい! 激写したい!


「えへへ、ありがとうございますー。さっきまで動物園に行ってたんですけど、お父さんとお兄ちゃんが暑さでへばっちゃって、早めに切り上げてきたんですよー。それで時間余っちゃったから、来ちゃいました」

「へー。まあ、この暑さじゃね……」

「動物園て、全部見て回ろうと思ったらけっこうな距離を歩くからね。この暑さじゃ無理もないよ」


 と、ほらっちさんも同情気味に語る。石積君て、根っからのインドア派だしな。外の暑さはさぞかしこたえることだろう。ここ最近は毎日のように「危険な暑さです。外出はできるだけ控えましょう」って報じられてるぐらいだし。甘菜ちゃんは元気そうだけど。


「それで、そのへばってる石積君は?」

「……いるよ……」

「うわっ! びっくりした!」


 甘菜ちゃんに遅れて入って来た石積君に、全く気付いてなかった! いつにも増して存在感なさ過ぎでしょ! 影が薄いにもほどがあるわ! 今にも死にそうな顔してるし!

 挨拶をする気力もないのか、無言で自販機に小銭を投入し始める石積君。硬貨が機内に落ちる金属音だけが、石積君がそこにいることを主張していた。力ない動作でペットボトルのお茶を購入すると、幽霊みたいにふらふらと椅子に向かって歩き出し、腰を下ろす。座った瞬間に、ぐしゃっと潰れたようにうなだれた。その姿を見て、地面に落としたソフトクリームみたいだなと思った。


「暑かった……」

「ちょっとー、大丈夫?」


 思わず本気で心配になって、団扇でパタパタと扇いでやる。


「あー、ありがとう……涼しい……」

「お茶、飲まないの?」


 せっかく買ったお茶は、テーブルの上に置いたままだ。早く水分を取った方がいいと思うんだけど。


「フタを開ける気力もない……」

「もー、しょーがないなー」


 ふん、もやしっ子め。仕方なくペットボトルを手に取って、フタをひねって開けてやる。


「はい」

「ありがとう……」


 渡してやると、ようやくグビグビとお茶を飲み始めた。飲み方がジジ臭く見えてくる。まったく、クラスメイトに介護される男子高校生ってどうなのよ。

 一方の甘菜ちゃんは、動物園で見てきたことを元気にくびきさんに語って聞かせている様子だった。


「ペンギンがね、すっごいカッコよかった!」

「カッコイイ? かわいいじゃなくて?」

「うん! ガラス張りの水槽で、泳いでいるところを下から見られるんだけど、もうすごいスピードでビュンビュン泳いでて! 空を飛んでるみたいだった! あー、やっぱりペンギンも鳥の一種なんだなって! すっごく面白かった!」

「へー。ペンギンて、陸をヨチヨチ歩いてるイメージしかなかったわー」


 この二人が一緒にいるところって初めて見るけど、意外と、って言ったら失礼だけど、仲良いんだな。くびきさんが甘菜ちゃんの声にビビった話を聞かされてたから、お互い苦手に思ってそうなイメージがあったんだけど、全然そんなことなさそう。

 まあ、私も最初はくびきさんに苦手意識あったけど、今じゃけっこうかわいいところあるよねこの人って思ってるぐらいだしな。てか甘菜ちゃんくびきさんに対して敬語使ってないし、むしろ私より仲良いんじゃ……ちょっと嫉妬。


「ところで、今ちょうどアグリコラ終わったところなんだけど、どうする?」


 切り出したのは、ほらっちさんだった。


「そりゃあ、この5人でやることって言ったら……ねえ?」


 くびきさんが、片付けたばかりのアグリコラに目をやりながら、思わせぶりなことを言う。


「やりましょう! 一度この5人でアグリコラ、やってみたかったんですよ!」


 甘菜ちゃんが、嬉しそうに宣言する。


「問題は、この人だよね……石積君、出来そう?」


 一応、石積君に確認を取る。


「あー、大丈夫……たぶん、アグリコラ始まったら元気出るから……」


 石積君にとって、アグリコラは栄養ドリンクか何かなのか。まー、わかるけどね。この5人が揃う機会なんてそうそうないんだし、へばってなんかいられないよね。もし嫌だって言われたら、引きずってでも席に着かせるつもりだったよ。そんなことにならなくて、良かった良かった。


「やれやれ。せっかく片付けたところだけど、また開けるハメになるとはなぁ」


 そう言いながらも、嬉しそうに箱を開けるほらっちさん。

 うわー、この5人で5グリか! 私の知ってる限り最強のメンバーじゃん!


 ……勝ちたいな……この5人でやる、アグリコラで。

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