私の直感は

「私、牛込うしごみくびき。くびきで良いよー。よろしくねー」


 その女の人はそう名乗って、私に笑顔を向けてきた。


「あ、織木です。初めまして」


 立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。


「織木さん? ふーん。下の名前はなんて言うの?」

「……羊子です」

「へー、ちゃんかー。あ、洋子ちゃんて呼んでいいかな?」


 あ……この人、絶対私の名前の漢字、よくある方の「ようこ」だと思ってるよな。どうしよう。私の名前ネタ、ここで出すべきだろうか。


「あ、いえ。名字の方で呼んでもらえますか。私、自分の名前、あまり好きじゃないんで」


 あれ。私、そんな設定あったっけ。友達には普通に羊子って呼ばせてるよな。だけど、思わずそう答えてしまっていた。

 理由はわからない。理由はわからないけど、なんとなく、この人のペースで会話を続けたくないと思っている自分がいた。


「へー、そうなんだ? じゃあ、織木ちゃんでいい?」

「はい。それでお願いします」

「アグリコラ、するんだねー。重ゲー好きなんだ?」

「いえ、まだアグリコラだけです。石積君に誘ってもらって、それから始めました」

「えー! てことはマナブーのクラスメイトかなんかなの!?」

「一応、石積君とはクラスメイトです」

「マジで!? なんか大人びてるから、大学生ぐらいかと思ってた! へー、すごいね! こんなかわいい子連れてくるなんて、やるじゃん、マナブー!」


 そう言って、肘で石積君のことを小突くくびきさん。照れた様子で、顔を背ける石積君。あー。こういうときは、私のよく知ってる石積君になるんだな。


「一応言っておきますけど、付き合ってるとかじゃないですから」


 妙な誤解を与えてしまいそうな流れだったので、前もって宣言しておくことにした。


「あー……うん。まあ、そうだよねー……」


 私と石積君を見比べて、あっさりと納得がいった様子のくびきさん。あ。石積君、ちょっと傷ついてる。うーん、悪いことしちゃったかな。


「いやでも! アグリコラに誘っただけでもすごいじゃん! それでアグリコラやってくれるようになったんだから、そこだけは快挙だと思うよ! うん! 快挙快挙!」


 励ましながら、ポンポンと石積君の肩を叩くくびきさん。『どうせ僕なんて……』と思ってるのかどうかは知らないけど、そんな感じの顔をしている石積君。


 ……まあ。だけど。そこだけは本当に。

 そこだけは本当に、私もそう思ってるよ、石積君。





「それで、くびきさん、どうする? 今ちょうど一戦終わったところだから、アグリやるならすぐ入れるけど」

「ホント? ラッキー。やるやるー」


 ほらっちさんに促されて、肩に掛けていたバッグを下ろしながら席に着くくびきさん。

 うわ。2戦目か。しかも4グリ。私、何気に4グリって、初めてなんだよね。




「おお……これが噂の、葦石飯……」


 メインボードの拡張部分がひっくり返されて、3人戦用のアクションスペースが4人戦用のものに変更される。3人戦と4人戦の最大の違いは、なんといっても資材市場、通称『葦石飯』と呼ばれるアクションスペースが存在すること。

 いや、正確には3人戦にも資材市場はあるんだけど、3人戦だと1葦と1飯か、1石と1飯のどちらかを選んで受け取るという、なんとも微妙なアクションだったりする。それでも序盤はわりと使うんだけどね。

 これが4人戦になると1葦と1石と1飯が一手で手に入るという、激強アクションスペースになる。4グリをやったことがない私でも、ここの争奪戦になることは容易に予想できた。

 他にも、小劇場という漁と同じ効果を持つ食料の累積スペースが追加されたりとか、1レンガずつしか溜まっていかなかった窪地のレンガが2レンガずつ溜まっていくようになっていたりとか、いろいろ違いは多い。

 アグリコラリバイズドは4人戦メインで調整されているという話なので、つまりこれが本来のアグリコラ……と言っちゃうと、フタリコラとか3グリの立場がなくなっちゃうか。うん。それは言わないでおこう。




 何はともあれ、席決めだ。大進歩のかまど2枚と調理場2枚を適当にシャッフルして、テーブルの上に裏向きで並べる。それを一人1枚ずつ引いて、その結果でプレイ順を決めるといういつものやり方で席順が決められた。


「2かま。僕が1番手だね」

「4調理場。3番手かー」

「3かま。うん、2番手ぐらいが一番やりやすいよね」

「5調……安定の4番手……うえーん、ほらっちー、代わってよー」


 そんなわけで、1番手石積君、2番手ほらっちさん、3番手私、4番手くびきさんというプレイ順になった。




 さて。このくびきさんという人は強いのだろうか? 私は、この人も相当の実力者なんだろうなと予感していた。

 立ち振る舞いは、明らかにこの店の常連さん。ということは、当然ほらっちさんや石積君のアグリコラの実力は知っているはず。それなのに、私はともかくこの二人を相手に席に着いたときに、実力差に尻込みしているとか、胸を借りようという謙虚さとか、そういう様子は全くなかった。


 理由は、二種類考えられる。


 一つは、いわゆるエンジョイ勢で、勝ち負けは度外視して楽しくゲームが出来れば良いと思っている。


 もう一つは、この二人が相手でも勝てると思っている。


 くびきさんは、どちらだろうか?

 私の直感は、彼女が後者であると告げていた。

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