誰?

「いやー、さすがに今回はうまく回り過ぎたねー」


 などと、圧勝しつつも謙虚さを忘れないほらっちさん。いや、ここまで完敗だとなんも言えないっすわ。


「とか言って、この前も60点台出してましたよね。僕、まだ60点以上出したことないですよ」

「けど石積君て普段は拡張なしの基本セットだけで遊んでるんだよね? それだと60点台はけっこう難しいと思うよ。やっぱり拡張入ってるとカードパワーが全然違うからね」


 ちなみに石積君は52点。珍しくあまりカード出さないプレイしてるなと思ってたら、最後に『家畜官』とかいう、家畜をたくさん飼ってると全員対象でボーナス点が入るカードを出されて、まくられた。

 私? 私は50点で最下位ですよ。家畜は終盤までほったらかしだったからなぁ。くそー、石積君相変わらずこすいことするわー。


「織木さんも上手だったよ。アグリコラ始めてまだ1か月ぐらいなんだよね? それで樽詰めビールでボーナス8点も取って50点はすごいよ」

「うーん……でも、なかなか勝てないんですよねー」


 50点は、私の中ではかなり上出来の部類に入る。普段はだいたい40点台中盤ぐらいで、ダメなときは30点台なこともある。だから、順位さえ見なければ50点は喜んでも良い数字なんだけど。


「序盤から畑プレイやってると、他の人に資材取られ放題になっちゃうんですよね……自分の伸びよりも、周りの伸びの方が大きいような気が……」

「アグリコラって、自分の点数が高いときは周りの点数も高くなる傾向があるからね。よくインフレ場って言われたりするけど」

「うーん……自分のことだけじゃなくて、もうちょっと他の人がやりにくいように動いた方が良いんですかね……」


 どちらかと言えば、私はそういうプレイの方が好きだし。ゴリゴリ増員して場の資材を刈り取っていくプレイの方が、性に合ってる。今回はファーストピックが猫車押しと樽詰めビールだったから畑プレイに走ったけど、それをやると住み分けして皆で仲良く伸ばし合いましょうという展開になりがちだから、私の好みからは外れている。


「いや、基本的には自分を伸ばすのが最優先で良いんじゃないかな。もちろんときには妨害が必要なこともあるけど、あまりそれを意識し過ぎても気持ち良いゲームにはならないからね」


 そこまで言うと、ほらっちさんは自分の発言に省みるところがあったのか、慌てて付け足すように、説明を続けた。


「あ、いや、誤解しないで欲しいんだけど、勝ちにこだわった上で妨害するのは全然構わないんだ。勝つための妨害ならされる方も全然受け入れられるし、むしろやらないとゲームが壊れてしまう場合さえあるからね。アグリコラとか最近のゲームはそこまで妨害を強く意識することはないけど、昔のゲームはもっとプレイヤー間のインタラクションが強くて、トップ目が走っているときは周りが団結して止めに行かないと、簡単にゲームが壊れてしまうことが多かったんだ」

「へえー……」


 確かにアグリコラには、そこまで露骨な妨害ってないかも。いや、そんなことないか。初めてアグリコラをやったときは、石積君に大進歩をブロックされたせいで物乞いくらったな。あのときの恨みはまだ忘れてないぞ、石積君。


「妨害って言うと聞こえは悪いけど、『誰もが1位を目指している』という前提を全員が共有しているなら、妨害はゲームにはすごく良いアクセントになる。勝ちにこだわることは全然悪いことじゃなくて、むしろ良いゲーム展開を作るためには絶対必要なことなんだ。そういうメンツが集まったゲームで的確な妨害が飛び交うゲームは抜きつ抜かれつの本当に面白いゲームになるし、俺にも経験があるけど、中には一生忘れられないような良いゲームが出来ることもあるんだよ」


 そこまで一気に語ると、喋り過ぎたと思ったのか、ほらっちさんはペットボトルのお茶を口に含んで、一息入れた。


「あー、ごめんね。なんか語っちゃったよ。ちょっと大げさだったね。おじさんの戯言だと思って聞き流してくれていいから」

「あ、いえ」


 ほらっちさんて、ゲームに対してすごい熱量がある人なんだな。そりゃアグリコラも強いわけだよ。そういう人と同じ卓を囲んでゲームが出来るというのは、本当に幸せなことだと思う。


 一生忘れられないゲーム……か。私にもバドミントンで覚えがある。初めて大会で勝った試合は、本当に一生忘れないだろうなってぐらい嬉しかった。いつかアグリコラでも、そういう試合が出来るようになるのかな。






「いやー、メンゴメンゴ、遅くなっちったー、買い物に時間かかっちゃってさー」


 店内に新しいお客さんが現れたのは、そのときだった。

 赤いワンピースを着た、茶髪の女の人。ちょっと派手めではあるけど、よく似合っていると思う。

 思うんだけど……その……なんていうか……。


「いや、ちょうどいいタイミングだったよ」


 答えるほらっちさん。どうやら顔見知りらしい。てことは、この店の常連さんなんだろうか。


「おー、マナブーじゃーん。元気してたー?」


 マ、マナブー? 石積君のこと?


「ぼちぼちですね」

「ジジ臭い答えだなー。おっさんとばっか遊んでるとおっさんがうつるぞー」

「ほっといてください」


 その女の人は、テーブルの上に広げているアグリコラのボードに目線を這わせた後、私の方を見た。


「あれ、めっちゃかわいい子いるねー。初めましてさん?」


 ……石積君。


 誰? 


 この、乳のデカイ人。

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