浅はかなり

 10ラウンド目、石積君の最後の手番。


「じゃ、井戸取るね」


 私は思わず両手を顔の前で組んで、深いため息を漏らしてしまった。

 やらかした……。




 はっ! いかんいかん、ショックのあまり記憶が飛んでた。確か、9ラウンド目からの展開はこんなんだったような気がする。




 9ラウンド目。めくられたカードは野菜。

 私の初手は3木材だけど4木材。これで手元には15木材。よし! 準備は整った!

 甘菜ちゃんは畑。突き鋤の効果でまた畑2枚。たった2ラウンドで一気に畑が4枚になった。突き鋤も強いなぁ。

 石積君は豚さん2匹を確保。確かに、どケチ柵引いてたもんね。生け垣管理人を出されてたら、またいつ石積君に柵に行かれるかわかったもんじゃない。私はここで、一気に柵を引き終わらせてもらおう。


「木14本使って柵を引くよ! 4マスの牧場2つで、『牧人の杖』2回発動! 羊さん4匹ゲットで、計8匹! どうよ!」

「すごいですね……本当に織木さんに負けそう……」

「やるね、織木さん」


 甘菜ちゃんはともかく、石積君は未だポーカーフェイスだ。ちょっとは焦って欲しかったけれど、まあ仕方ない。石積君が冷静な態度を崩さないのには、たぶん根拠がある。そして、実はその理由は私にもわかっている。


 ぶっちゃけ点数効率を考えると、木を14本使って4マスの牧場を2つ作るというのは、あまり良い柵の引き方ではない。

 農場ボード15マスの埋め方として標準的なのは、部屋4畑5牧場6というものだ。畑は2枚から1点になり以後1枚につき1点で上限は畑5枚の4点、牧場は区切った数だけ点数になってこちらも上限が4点なので、先述の形なら畑と牧場で無理なく4点ずつ取れる。

 一方、4マスの牧場2つで8マスも埋めてしまうと、部屋4つの場合は部屋4畑3牧場8で埋めることになり、畑と牧場で2点ずつしか取ることが出来ない。標準形と比べると合計で4点もの差が生じることになり、盤面でこの差はかなり大きなものになる。

 だから、牧人の杖を2回発動させるためだけにこんな柵の引き方をするのは、長い目で見れば盤面の伸びしろを削るだけの悪手でしかない。石積君が冷静な態度を崩さない理由は、おそらくこんなところだろう。

 ふん。せいぜい侮っていたまえ。私の手札には、盤面の低得点を補う素敵カードがあるのだよ。


 甘菜ちゃんの2手目は日雇いで、2飯と季節労働者の効果で小麦。

 石積君は4人目の増員。あれ? 2手目で増員?


「他に増員できる人いないのに、もう増員行くんだ」

「うん。『カヌー』出してから漁行きたいからね。はい、2木払うよ」


 カヌーは漁に行ったときに、1飯と1葦を追加でもらえる効果を持つ小進歩だ。なるほど、それなら確かに増員が先になるのは納得、だけど。漁に行く、なんて宣言しちゃって良いのかな?


「んー、そっかー石積君漁行きたいのかー、じゃあ5飯も溜まってるし、私が漁行っちゃおうかなー」

「……織木さんが漁行っても、僕は調理場取れば飯は足りるからいいけどね……今は豚食べたくないから、出来れば漁行きたいけど……」

「ウソウソ、そんな石積君みたいなことするわけないじゃん。すぐには使わないけど、とりあえず6レンガもらっとくよ」

「……根に持ってるなぁ、織木さん……」

「私は種パンで。小麦1野菜1植えて、もう1つの小麦はパンに焼きますね。5飯もらいます。あ、あと、掘り返しシャベルで小麦と野菜を隣の畑に移しますね」

「漁行けて良かった……5飯だけど、カヌーの効果で6飯と1葦もらうね」


 9ラウンド目が終了して、収穫フェイズ。


「えーっと、羊さんが8匹いるから、攪乳器で2飯でしょ、機織り機で3飯で……何もしなくても5飯ももらえる! すごい! もう一生食っていけるんじゃない?」

「飯基盤としては本当に強いからね、その形……」

「でも、さすがに1匹は食べないと6飯には足りないか。ま、すぐ8匹に戻るんだけど」


 機織り機は、羊さん1/4/7匹以上で1/2/3飯を収穫時にもらえるという効果で、さらに羊さん3匹ごとに1点ボーナスが付いてる。さらにカード自体にも1点。私のファーストピックの小進歩だけど、ピックしたときはここまで機能するとは思わなかった。カードの組み合わせも良かったし、羊さんを取りに行く戦略が石積君や甘菜ちゃんとかぶらなかったのも良かった。これは本当にいけちゃうんじゃない?


 10ラウンド目。めくられたカードは牛。牛さんのコマは木のコマと色も形も似てるから、よく間違えちゃう。森林に牛が置かれてるのを見たときは、モー何事かと思ったよ。


 スタプレは私が継続。柵は引き終わったけど、4部屋目のためにまだ木材は必要。なので、4木材だけど5木材。

 甘菜ちゃんは3木材。これで手元の資材は6木材と2葦になったから、増築は甘菜ちゃんに先を越されそう。うーん、手数が足りない。

 石積君は4石。……4石? 石っていつの間に4つも溜まってたの?

 私は2葦。これで一応増築材は揃った。次は甘菜ちゃんなんだけど……あれ? 甘菜ちゃん、頭抱えてる。


「ミスったかも……」


 え? 甘菜ちゃん、何かヘマしたの?


「……仕方ない……5レンガ取ります……」

「5レンガ? 増築しないの?」

「はい……あきらめました……ここで部屋に木使ったら、たぶん柵引けなくなるんで……でもそれなら、さっき4石取っとくんだった……」

「僕は畑行くね。さすがにもう行かないとまずい」


 悠然と畑にワーカーを置く石積君。でも畑のことなんかよりも私は、甘菜ちゃんが4石を取り損なって呻いていることの方が気になっていた。4石の使い道って……あ、そういえば、まだ井戸が残ってるんだった。


『井戸』は、コスト1木3石の大進歩だ。取ると、この先5ラウンドにわたって1飯ずつもらえる。こういう形の飯収入は、通称振り飯と呼ばれている。でもどちらかと言えば、井戸の効果のメインは振り飯じゃなくて、その点数。これ1枚で4点付いている。

 この4点がどのぐらい強いのかは、改築と比較するとわかりやすい。4部屋の改築で井戸と同じ4点を稼ぐには、4レンガ1葦、もしくは4石1葦の資材が必要となる。一方井戸の場合は、1木3石で4点で、さらに振り飯まで付いてくる。つまり、4部屋以下の改築よりも、井戸は圧倒的に強い。

 いや、もちろん私だって井戸が強いことぐらいわかってたよ? 家でノートに手順を書き並べてたときも、井戸を取れた場合のシミュレーションなんて何回もやったし。

 だから井戸が強いことはわかってたんだけど……だけど……井戸って、なんか地味というか、影が薄いというか……初めてアグリコラをやったときも、井戸って最後まで売れ残ってたし……。石積君と甘菜ちゃんが言うには、「かなり珍しい」ケースらしいんだけど……。だから、つい忘れちゃってて……。てへ。


 いや! てへじゃないよ! さっきのラウンド、改築用の6レンガ取るぐらいなら、3石取っとこうよ! 私のバカ! アホ! クソザコナメクジ!


 あ、すいません、お待たせしました。甘菜ちゃんがあきらめてくれたので、僭越ながら私が増築させていただきます。はい、5木と2葦です。お納めください。

 甘菜ちゃんは種パンだね。さっき掘り返しシャベルで収穫した分を植えて、パンも焼いて5飯もらってる。わー、上手上手。


「じゃ、あとは僕が2手番やって終わりだね。木1本だけ使って、生け垣管理人の効果で柵4本引くよ。あと1手番は……じゃ、井戸取るね」


 ……浅はかなり、織木羊子……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る