何をさせられようとしているの?
「へー。けっこう学校から近いんだね」
「あ、自転車そこに停めていいから」
石積君の家は学校から自転車で5分ぐらいのところにあって、中通りに面したごくごく平凡な一軒家という風情だった。私の家は学校から見て反対方向にあるのだけど、このぐらいの距離なら気にするほど帰り道が遠くなるわけではない。
石積君には「つまらないと思ったらすぐ帰るからね?」と念を押しておいた。石積君は「もちろんそれでいいよ」と言って、道中終始ご機嫌だった。ホント、なんなんだろ、この人。私、石積君に対して1ミリも好意を向けてあげた覚えはないのだけれど。そんなに面白いんかね、そのアグリコラってボードゲーム。
玄関の戸を開けて、「入っていいよ」と促す石積君。考えてみたら、同じ学校の男子の家に入るのって、初めてだな。ま、微塵も緊張なんてしてないけど。相手、石積君だし。
「ただいまー」と言いながら靴を脱いで家に上がった石積君に続いて、「お邪魔します」と言いながら脱いだ靴を揃えて上がり込む。石積君、自分の家とはいえずぼらだな。靴ぐらいちゃんと揃えなさいよ。
石積君の靴まで揃えてあげてから家の中に向き直ると、廊下の向こうの開け放たれた居間の入り口から、小さな女の子の顔がこっちを覗き込んでいるのが見えた。あ、この子が石積君が言ってた妹さんかな? 石積君を女の子にしたような顔立ちで、肩の下まで伸ばした髪をかわいらしくおさげにまとめている。
その目が私の姿を視界に入れた途端、驚きに大きく見開かれた。やがて、信じられないものを見たような表情で、ワナワナと震え出す。あー、うんうん、そうだよね。石積君が私みたいなのを家に連れてきたら、そりゃびっくりするよね。
「
「お母さん! お母さん! たたたたたた大変! 大変! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが! お兄ちゃんがすっごい美人さんをぉ――――!」
「待て、甘菜! 早まるな! 織木さんはそういうのじゃない! 本当にそういうのじゃないんだ! 待てったら! 待てって言ってるだろぉ――――!」
学校では聞いたことがないような大声を張り上げて、妹さんを制止しようとする石積君。なんだか楽しそうだな、石積家。私、一人っ子だからちょっと羨ましい。
「……織木さん、改めて紹介するよ。こいつは妹の甘菜。小学生みたいに見えるけど、一応中学生だから」
「は、初めまして。兄の妹の甘菜です」
ぷっ。思わず吹き出してしまった。兄の妹って何。そりゃそうでしょうよ。この子めっちゃ面白いんだけど。
「すいません、この度はとんでもない勘違いを……そうですよね、お兄ちゃんにこんな綺麗な彼女さんができるわけないですもんね……」
昼間の朝顔みたいにしゅんとして、顔を伏せる甘菜ちゃん。そんなに残念に思ってくれるのはちょっと嬉しいかも。石積君はどうでもいいけど、甘菜ちゃんはお持ち帰りしたいぐらいかわいい子だな。おっといかんいかん、妙なことを考えてしまった。
「甘菜ちゃん、て呼んでいいよね。兄妹で紛らわしいだろうから、石積君のことも下の名前で呼ぼうか? 名前なんて言うんだっけ?」
「ま、
「学君かー。じゃあ今からそう呼ぶね」
「いや、ダメだよ、そんなの! だって……もし学校で間違ってそう呼ばれたりしたら、変な誤解受けそうだし……」
また顔を真っ赤にした石積君をジト目で見つめる甘菜ちゃん。この子、ジト目もかわいいな。
「そう? ま、それもそうだね。じゃあ石積君は石積君のままで。けど甘菜ちゃん紛らわしくならない?」
「私のこと名字で呼ぶのなんて学校の先生と男子ぐらいですから、大丈夫ですよ」
「そっか。甘菜ちゃんて、言いやすいしかわいいもんね。いいなー、かわいい名前で。私なんて羊の子って書いて『ようこ』だよ。なんでこんな名前付けてくれたんだか……」
「えー、良い名前じゃないですかー。でも珍しいですねその字で『ようこ』さんって」
「だよねー。私絶対、親が届け出るときにさんずいを書き忘れたんじゃないかと思ってるんだけど」
「あはははは! あ、すいません、笑っちゃ悪いですよね……で、でも、もしそうだったらちょっと面白いと言うか……ぷぷぷ……」
口元を押さえて必死に笑いをこらえる甘菜ちゃん。この話、私の持ちネタなんだけどこんな良い反応してくれたの久しぶりだな。いやー、この子と話すのめっちゃ楽しいわ。そういえば私って、ここに何しに来たんだっけ? ま、当初の目的なんてどうでもいいか。
「あの……そろそろアグリコラの準備、して良い?」
おずおずと手をあげて、無粋な提案をしてくる石積君。なんだよ、もー。空気読めよなー、石積君。
「そうだね。3グリじゃ狭いから、私の部屋からテーブル持ってくるよ」
「おお、頼む」
パッと立ち上がって、部屋から出て行ってしまう甘菜ちゃん。あれ? なんかちょっと裏切られた気分。
石積君は棚から、何やら鍬を持ったおっさんの絵が描かれたオレンジ色の箱を取り出して、慣れた手付きでボードやらカードやらを並べ始めた。
すぐにさっき出て行った甘菜ちゃんが小さめのテーブルを持って現れて、石積君の部屋のテーブルと接続させる。
「はい、織木さんの個人ボード」
そう言って石積君が私の前に置いたのは、緑色の草原っぽい絵に3×5のマスが描かれた、ノートぐらいの大きさのボードだった。ええ……なんなの、この人たちの瞬発力。私これから、何をさせられようとしているの?
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