嫌いじゃないかも
17世紀ヨーロッパは、農業で食べていくのに苦しい時代でした。プレイヤーは農場の経営者です。畑を耕し作物を収穫し、牧場を作って家畜を飼育し、家を増築して家族を増やして、農場を豊かなものにしていきましょう。
……というのが、アグリコラというゲームの大まかな設定らしい。ふーん。農業をするゲームなんだ。といっても私は農業には興味がないから、心惹かれるものはこれっぽっちもないんだけど。あ、でもこの動物のコマはちょっとかわいいな。羊さん、豚さん、牛さん。特に羊さんのコマが気に入った。私の名前が羊子だから? うーん、それもちょっとはあるかもね。
「じゃあ、ルールの説明を始めるね」
石積君の説明によると、アグリコラはワーカープレイスメントというタイプのボードゲームに分類されるのだそうだ。各プレイヤーには初期状態で家族(ワーカー)が2人いて、スタートプレイヤーから時計回りにワーカーを1人ずつ、アクションスペースというワーカーを労働させる場所に配置していくらしい。誰かがワーカーを置いた場所には、基本的に他の人はワーカーを置くことができないので、強いアクションスペースに置くのは早い者勝ちになる。全員がワーカーを置き切ったら、1ラウンド終了。これを14ラウンドまで繰り返して、最後に農場の家畜やら作物やらを得点に換算し、一番点数が高かった人の勝利となる。ワーパチパチ。
ここまで聞いただけだと、けっこうシンプルで簡単なゲームなんじゃない?と思いもしたんだけど。畑に種を撒いてから収穫が行われるタイミングとか、柵で囲った牧場に家畜を飼える頭数のルールとか、家の増築と改築の方法とそれに必要な資材の種類とか、そんなのを聞いているうちに「ルールの説明、まだ続くの……?」という気分になってきた。
「ごめんね。もうちょっとで終わるから」
石積君はそう言って、今度は収穫と食料供給についての説明をし始めた。あー。なんかお腹減ってきたなー。
「収穫のタイミングでは、自分のワーカー一人につき2
「……ふーん……」
「あのさ、お兄ちゃん」
私がだんだんゲームに対する興味を失っていっていることに気付いたのか、甘菜ちゃんが口を挟んできた。
「織木さんて、ボードゲーム自体全然やったことないんでしょ? いきなりアグリコラはまずかったんじゃない……? せめて、最初はカードを使わないファミリールールで遊んだほうが良いんじゃないかな」
「うーん……織木さん頭良い人だから大丈夫だと思ってたけど、確かにその方がいいかも……」
あ。なんかカチンときた。経験者特有の上から目線で見られてる気がする。
「いいよ、そんなの! それって、本来のルールを省略して簡単なルールでプレイするってことでしょ? どうせだからちゃんとしたルールでやるよ!」
「う、うん。わかった。わかったから落ち着いて、織木さん」
ちなみに、石積君が評価していた私の頭の出来は、実は地頭はそんなに良い方ではない。確かに高校に上がってから家で勉強する時間を増やしたから今の成績はそこそこだけど、中学でバドミントンに打ち込んでいた頃の成績は、なかなか酷いものだった。
とはいえバドミントンでは、癖を見抜いて弱点を攻めるとか、ネチネチと相手の体力を削るとか、そういう頭を使ったプレイスタイルが信条だったから、好きなことに頭を使うのはたぶん得意な方なんだろう。でも大抵の人は、好きなことになら頭を使ってるんじゃないのかな。
「えーと、じゃあ最後にカードの説明をするから。この黄色いのが職業カード。橙色のが小進歩カードで……」
カードの説明というのも終わって、やっとゲームが始まるのかと思いきや、今度はドラフトというのが始まった。まずスタートプレイヤーを決めた後、一人につき職業カードと小進歩カードを7枚ずつ配る。それを1枚ずつ抜いて手札とし、残ったカードを時計回りに回す。これを繰り返して、最後の1枚まで終えればそれがプレイヤーの最終的な手札となる。これによって手札の強さの不均衡が解消され、さらに相性の良いカードを組み合わせやすくもなり戦略性も増す、ということらしい。つまりここからゲームは始まっていると言っても良い、らしいんだけど、うーむ。どのカードが強いんだかさっぱりわからん。
石積君と甘菜ちゃんは一言も言葉を交わすことなく、黙々とカードを選ぶ作業を繰り返している。最初は、私がちょっと空気を悪くしたせいで委縮させちゃったのかなと思ったけど、そういうわけではないらしい。
「2人とも、全然喋らないんだね。いつもこんな感じなの?」
「うん。考えることに集中したいからね」
「……ふーん」
ボードゲームって言うから、私はサイコロを振ったりルーレットを回したりして、ワイワイキャーキャー騒ぎながら遊ぶようなのを想像してた。でも、このアグリコラというゲームは、そういうのとは違うみたいだ。私もカードの説明文を一生懸命読んではいるんだけど、やっぱりどのカードを選べばいいのか、よくわからない。
だけど、このドラフト中の静かな雰囲気は、バドミントンの試合前の張り詰めた空気みたいで、嫌いじゃないかも。
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