第2章 創作という地獄の微かな希望すら踏みにじられて 

 あれほど張り切って執筆に取り掛かった索であったが、何が起こったのか今現在、電気もつけていない部屋で、ただじっと彼の推しの輝く姿(ライブ映像)を眺めていた。

 『ライブマスター〜Alice Stage project〜』通称『ライマス』または『アリステ』

 大手の出版企業、アニメーション制作会社、レコード会社の三社合同で企画されたユーザー参加型のアニメーションプロジェクトであり、赤月索がこの世で最も愛する作品だ。

 物語は出身地も個性もバラバラな7人の女子高生が共に『Polaris』というグループ名でトップアイドルを目指す青春群像劇だ。

 数多のアルバムやアニメPV付きのDVDを販売し、小説からオリジナルストーリーのコミックまでメディアミクスを展開させ、ゲームアプリも配信。

 ライブを重ねていくごとに規模は拡大し、ついには東京ドームを完全に埋め、紅白歌合戦にも出場。映画は海外まで大ヒットし、一時期社会現象まで起こした大人気コンテンツだ。

 索の推しのキャラクター、中津陽ノ(なかつひなの)。

 とても臆病で人見知り。だがアイドルへの憧れが人一倍強く、誰よりも真っ直ぐで芯のある心を持った少女。そんな彼女が、自分のコンプレックスを乗り越え、仲間とともに努力し憧れの舞台に立つ瞬間。ティッシュ箱が空になり軽く脱水症を起こすくらい号泣に号泣を重ね、完璧に堕ちたのだ。

 因みに秀樹はグループへの愛が強い縁の下の力持ちポジションのキャラ、小東菜乃葉(こひがしなのは)が好きらしい。

 そして中津陽ノの声優、世良梨沙子(せらりさこ)。

 とても整った目鼻立ちにおしとやかな雰囲気を纏っているが表情の変わり方に子供のような無邪気さと少々天然な性格、だがライブになると一変してクールで力強いパフォーマンスを見せるという、ファンには堪らないギャップをいくつも兼ね備えている。

 さて、長々と索が愛するアニメと結婚願望を抱える相手について紹介したが、索本人が今どうしているかというと、暗がりのリビングでテレビに流れるライブ映像を体育座りでなぜか泣きそうになりながら眺めていた。

 普段、家に親がいなければ、近所迷惑など知ったことかと言わんばかりに叫び、サイリウムを手に踊り狂いながらライブ映像を見る彼がどうしてこうなったのか。

 話は3日前に遡る。

 買い込んだライトノベル9冊は一週間で全て読み切り、索のモチベーションは上がりきっていた。

 アニメ化もされた人気シリーズはどれも作者の個性や世界観を爆発させながらも巧みな技術で暴走を完璧に抑制させ、アニメで描ききれなかった部分も惜しみない心理描写で描かれており、小説独自の面白さというのを初めて理解した。

 「小説なんてかったるい文字の羅列」、「アニメや漫画の下位互換」そんな考えは読んでいる間に完全に消えていた。

 まあ俺の心の一番はもう決まっているがな、と内心ボヤくが、心の底から文学というもの凄さを目の当たりにしていたのだ。

 そして3巻まで読みきる頃には、物語の構成、伏線の貼り方、情景や心理描写、会話の流れ、今自分は何を面白いと感じているのか、など面白いとは別に作品の作り方を分析するまでに至った。

 確かにこう書けばいいという決まった法則はない。だが面白さの要因は分析できる。

 その要因を分解し、組み合わせ統合、再構築すればオリジナルになる。

 索は楽観的に、だが決して間違いとは言い切れない結論にたどり着いた。

 その後、索が目指す新人賞を受賞した作品を3作、じっくり読み込んだ。

 そこから出た最初の感想は「これなら書ける」だった。

 確かに面白い。小説として十分な完成度もあり受賞していることも納得できる。

 だが、先ほどの人気作のような、読んでいる間に自分の価値観が変わるような衝撃も、今まで見てきたアニメや漫画のような特別な感動があったわけではない

 これなら俺もできるはずだ。

 索は根拠のない自信が湧いていた。

 そしてそれらが如何に愚かな考えか、ようやく気がつき今に至る。

 「生まれ変わるならリーサに抱きしめられる小道具のぬいぐるみになりたい」

 何か悪いものにでも取り憑かれたように蒼白な顔と無気力な声で欲望丸出しのセリフを吐いた。

 リーサというのは世良梨沙子の愛称だ。

 「いえーい、サイコー、リーサめっちゃ可愛い」

 乾ききった声で歓声を放つも、表情筋は全く動かないまま、生気のない目で液晶を眺めていた。

 アンコール曲も終わりテレビはメニュー画面を表示した。

 索はしばらく惚けながらも、重い腰を浮かせ部屋の電気をつけた。

 そしてそのままベッドに飛び込み、顔を枕に沈めた。

 本来ならライブ映像に感動し、興奮のあまり無意味なシャドーボクシングや唐突な筆立て伏せなど、暴れ散らかすがどうしてこうも無気力なのか。

 結論から言うと、全く筆が進まないのである。

 ライトノベルを読んでいる間は内心偉そうに色々と分析という名の見下した評価をしていたが、いざ本気で書こうとした瞬間何もできなくなったのである。

 好きなもの見て無理やりテンション上げようと思ってライブ映像を視聴し始めるが、「推しがこんな頑張っているのに俺何やってんだ」という自己嫌悪の沼に陥り、完全に逆効果となった。

 一番酷かったのはアニメの挿入歌が流れた時だ。

 一番盛り上がり一番感動する構成、演出になっているため一時的に感情は高ぶるも瞬時にその反動で果てしない虚無感に苛まれてしまう。

 おかしいこんなはずじゃなかった。

 もっと上手くやれるはず。

 この感動もあの日の決意も全てぶつけられるはずだ。

 なのになんなんだ、この胸糞悪い喪失感は……

 索はキャラクターの中津陽ノを心の底から愛している。

 そのキャストである世良梨沙子に恋をした。

 そして『Polaris』を、いや『ライマス』というコンテンツそのものを、もしかしたら愛よりも重い、ある種の信仰として掲げている。

 彼の信念を構成する、物語への強い憧れと信仰。

 この二つさえあれば、憧れに近づこうと、信仰に答えようと思えば何にだってできると信じていた。

 故にこの挫折は索にとって非常にショックだったのだろう。

 自身の信念と誇りを守れない無力感、書きたいものも意欲もあるはずのなのに全く筆が進まない絶望。

 まるで闇を纏った寄生虫が体の内側を蝕んでいくような不快感と倦怠感。

 いやそれでも、とアプリで配信された中津陽ノのイベント限定ボイスを聴きながらなんとか勉強机の下までたどり着いた。

 歯を食いしばりながらワードを立ち上げ白紙の原稿を目の当たりにする。

 依然と筆は全く進まない。

 書きたかったはずのものがどんどんわからなくなっていく。

 だから索は一度、書きたいものを捨てた。

 買い込んだライトノベルを何度も読み返し、参考になりそうな箇所を行ったり来たりして、それを自分の書く内容に組み合わせてパズルピースのように繋げていく作業。

 展開の仕方、キャラクターの関係性の構築の仕方、伏線の張り方、全て先人の知恵を参考に、だが絶対にパクリとは言われないように注意を払って構成していく。

 

 タイトルは『終戦のガーディアン』

 世界中で核を使った戦争が起こり、その影響で大多数の犠牲者が出た。

 どの国も疲弊しきり、だが誰も戦争を止めようとはしなかった。

 そこで新たに導入されたのが『ガーディアムウォー』

 予め両者が場所と制限時間、舞台の構成人数を決め、各国の代表者の宣言のもと行われる兵器を使用しない代理戦争。

 主人公は17歳の女の子。その戦争に人体実験で手にした能力を用いて生き延びる。


 参考資料とプロットに何度も目をやりながら少しずつ文章を埋めていく。

 授業中ずっと考えていた裏設定や文章の言葉の選び方、書いてもいないオムニバス設定など、素人には要らないこだわりをスパッと断ち切り、ひたすらに筆を進めようスピードは遅いが確実に筆を進める。

 3時間ほどかけても1ページしか進まない。

 体力的にも精神的にも消耗が激しい。

 それでもいい。兎に角抜け出すんだ。

  

———もう二度とあの時と同じ日々は繰り返さない

 

 いつかの自分を救ってくれた物語に報いるように、索は何度も同じ言葉を口にした。

 「信仰を掲げろ。大丈夫なんだってできる」

なんとか5日かけてなんとか導入部分を終わらせられた。

 そこからは筆が乗り始めたのか、思いの外スイスイと物語を展開させることができた。

 何度も見直しては消してを繰り返し、本を作り上げることへの実感に自分自身を酔わせながら無理やり腕を動かす。

 世界観や設定は違和感なく簡潔にセリフと組み合わせて説明し、展開は飽きないようにスピーディかつ丁寧に描かれている。

 おかげで索はパズルを組み合わせる作業にコツを見つけ、残すは最後の章だけになった。

 「おお、来たぞ。あと少しで俺の第一子が生まれる!」

 このままいけば間に合う、そう自分に言い聞かせて落ち着こうとするが締め切りによる焦りか納得のいく終わり方を迷走し始めた。

 「やばい、やばい。どうしよう。このまま決着つけさせて終わる?でもそれじゃあ規定のページ数行かないし、今から真相について語り始めたら確実に落とす。いや、今回は見逃してでも完成させるべき?いや……ダメだ、それじゃあ間に合わない」

 あーだこーだと口に出しながら思考を巡らせる索。

 視線をスマートフォンの液晶画面に向けなが迷走していると、一件秀樹からメッセージが来た。

 「お前、学校はどうした」

 ゴールデンウィーク以降ずっと家に引き篭もっていたため日付感覚が狂い、完全に学校が始まっていることを忘れていた。

 無断欠席を4日間、先生からリビングの固定電話に留守番電話が数件入っていることを確認する。

 本気で心配されているようで罪悪感が一層強まる。

 「……っベー、やらかした」

 索の表情は再び青白さを思い出した。


                *


 「はい、そんな感じで学校のこと忘れていました」

 「アホだ、アホがいる」

 秀樹からメッセージが来た次の日、二人は川崎駅で落ち合った。

 軽い挨拶を交わしながらラゾーナの映画館の方に歩きながら索は休んでいた理由を説明した。

 「まあはい、自覚はありますよ。反省もしているし。でもなんで昨日まで連絡してくれなかったんだよ。しかもよりによって土曜日だし」

 「理由はなんとなく察していたからな。面白そうだから放っておいた」

 「このゲスが」 

 「ていうか4日もあってなんで連絡よこしたの俺だけなんだよ」

 「未だに誰とも連絡先交換していない……」

 「おう、なんかごめんな」

 「やめろよ、可哀想な人を見る目で謝るなよ」

 入学してから索はどこにも部活に入らず、放課後も基本的にすぐ帰るか図書室に篭っているため、体育や英会話の授業を除いて、同級生とは誰ともコミュニケーションをとっていなかったのだ。

 「俺、中学の頃どうやって友達作っていたんだっけ」

 「友達作りの距離感わからないままグイグイ接しすぎてみんな引いてたぞ」

 「ああ、そういえばそうだね。お前と演劇部の後輩しか接してくれる人いなかったね」

 「コミュ障じゃなくコミュニケーションが下手すぎるっていうのが救いようないよな」

 「だああああもう、うるせーよバーカバーカ。そんなの俺が一番わかっているんだよバーカ」

 駄々をこねる子供のように泣きじゃくった声で反論した。

 「で、それより要件はなんだ。お前から連絡くるのは珍しいな」

 呼び出したのは秀樹の方からであり、索に対しては「明日14時、川崎のラゾーナに来い」とだけ送られ、要件も伏せたままだった。

 「要件ってほどのものでもねえよ。たまには映画でも見よーぜってだけだ」

 「え?もしかしてツンデレ?秀樹君一体どうしたの?もしかして人気欲しいがために属性増やそうとしているの?」

 「ちげーよ。ていうか誰目線の話だそれ」

 「……あれ?」

 いつもならキレのあるストレートと暴言が飛んでくるはずだが、それとは打って変わって適当なあしらい方をされ、索は困惑した。

 「なんだ」

 「いや、いつもと様子が違うから調子狂っただけ」

 「まあ、今日はそういうのじゃないからな」 

 「どういうこと?」

 「……いや、なんでもねえ」

 そう言った秀樹の表情はどこか優しげだった。

 「でも、俺そろそろ締め切りがあるんだけど。ぶっちゃけ映画とか見ている余裕もお金もないぞ」

 「まだ書き上がってないのか」

 「えーと、あと少しだけどな」

 「そうか、まあいいよ、俺が出す」

 「え、じゃあ折角だし見ようかな。あとポップコーンはキャラメルな」

 「来月には返せよ」

 「ですよねー。それで何観るの?場合によっては帰るぞ。ホラーとかグロいのとか小●旬や藤原●也が出ていない実写版とか」

 「劇場版『ライマス』の再上映」

 「おいおい、なーにモタモタしてんだ。さっさと行くぞ!」

 「チケット買うの俺なんだけどなー」

 索ははしゃぎながら館内へと駆け出した。

 「まあ、そのうち自分で気付くか」

 索の後ろ姿を眺めながら秀樹はため息を漏らした。


                *


 「うう、えっぐ、えっぐ、うぐああああん、うっううっう。びゃあーあーあああん」 

 「表記しづらい泣き方するなよ」

 「だっでぇ、ぇっぐ、あんなのはんそ……ひっぐ、くじゃん。特に最後の全国のアイドルみんなで……うぉっく、大規模な野外ライブするシーンどがあ、あどあの曲流しながら練習場所や思い入れあるステージ見せてのエンドロール……どがぁ、もうほんとうぐわぁあああああん」

 「はいはい、一回落ち着け。とりあえず顔洗って来い」

 「そうする」

 グズグズになった顔をハンカチで押さえながら、索は館内のトイレへ向かった。

 索がいなくなったことを確認すると秀樹は眼鏡を外し、眉間を指で押さえながら

 「あーやばかったー」

 ハンカチで潤んだ目元を拭き、呼吸を整えた。

 5分ほどして索はトイレから戻ってきた。

 さっきよりかは大分落ち着いているようだが目は思いっきり腫れ上がっていた。

 「あーほんとやばいな。この感動は何度見ても来るな。」

 「まあいい話ではあったな」

 「マジで良かった、絶対Blu-ray買うわ」

 「買う金あんのかよ」

 「……入賞したらそのうち入ってくる」

 「せめて応募してから言えよ」

 二人は言葉になり切らない感想を語りながら駅の方面へと向かっていった。

 「そういえばさ、結局何のようだったんだ?」

 「……お前から送られたやつ読んだぞ」

 「え、マジ。ていうかメッセージちゃんと見てるなら返信しろよ」

 「お前ちゃんと自分の書いた文章見直している?」

 「あ、そこ無視する方向なんだ。一応めっちゃ見返しているぞ。もう見直しては調節することが日常だぞ」

 「そういうことじゃねえんだよなあ……」

 「え?」

 「作者としてじゃなく、読者として一度読んでみろ」

 「あー……どういうこと?」

 「わかんねえなら別にいいわ。もう締め切り近いんだろ」

 「そうだけど、何その引っかかる言い方。もしかして面白くなかった?」

 「まあまあ悪くなかった。めちゃくちゃマシになった」

 「おお、なら良かった」

 安堵する索の様子を見て秀樹は何か言いたげな顔をするがすぐに出かけた言葉を飲み込んだ。

 電車は蒲田駅に着いた。

 「取り敢えずちゃんと読み返しながら頑張れよ。あと明日学校来いよ」

 そう言うと秀樹は電車を降りて改札へと向かっていった。

 索は秀樹の発言にはてなマークを浮かべたまま考え込んだ。

 しかし秀樹が何を伝えたかったのか、全くわからないまま索は帰宅した。

 部屋に戻るとすぐにスマホを開きワードを立ち上げた。そして映画の余韻とモヤモヤを抱えながら未完成の小説に目を通す。すると……

 「あ……」

 秀樹の言っていたことの意味がよくわかった。 

 確かに作者の目線と読者の目線は意識するだけで全然違う。構成はしっかりしているし、言葉の選び方もかなりいい。文章の出来は決して悪くない。

 だが索の口から出たのは


 「……なんだよ、このゴミは」


 まるでこの世で最も醜い人間を見るような目で、確かな殺意を感じられる冷たい声色で索は吐き捨てた。

 ワナワナと震えている手はスマホを壁に投げつけたくなる衝動を必死に抑えているためのものだった。

 そう、決して文章自体は悪くない。

 だが、作品としては表現したいことが全く伝わらない駄作でしかなかったのだ。

 昨日までの彼だったら気づかなかっただろう

 好きなものを見ても喪失感しか感じられなかった時から、原稿を進めることで感じられた達成感によって少しずつ感情の呪縛から解放された。

 残すところも最後の章だけ。気晴らしに大好きな映画を観て、運が良ければ新しいアイディアが浮かんでくるかもしれない、精神的に追い詰められた作家には基本的に必要なその考えが仇となった。

 大好きな作品を素直に感動し、涙を流せるようになったからこそ、彼の信念が自分の書いた作品の在り方を許せなかった。

 何一つ感動できるものがない。

 何一つ感情を揺さぶられるものがない。

 何一つこの作品を愛せる要素がない。

 誰がこれを読んで喜ぶんだ。

 こんな紛い物(ゴミ)で憧れの存在に、信仰する作品に近づこうなど穢らわしいにも程が有る。

 「どうするんだよこれ……」

 索にはゴミにしか見えないそれをどう扱っていいのかわからなかった。

 ここまで書き上げた42字×34行×92ページ、計8万2千4百字。積み上げた努力と惨めでも足掻き続けた結晶をそう簡単に消せるわけがない。

 だが締め切りまで書き直す猶予などない。

 こんな紛い物が新人賞など通るはずがない。

 誰かに見せることすら許されるわけがない。

 索は空白のページを見つめながら考えた。

 この程度でいいのかと楽観的な発想を恥じるように、憧れに少しでも近づきたいと願うように、今目の前にあるニセモノをどうすれば本物にできるのか。

 もう一度全て分析し直すのがいいのか、もしかしたらその浅はかな計算が全ての元凶ではないのだろうか、ならば今こうして打開策を編みだそうと思考を巡らせている時点で意味がないのではないだろうか。

 焦りと自分自身への落胆、そして呼吸の乱れが冷静な思考を鈍らせ、ついには何一つ結論は出なかった。

 結論が出ないまま、索は黙って椅子に座り、機械の如くキーボードに完結へ向かう文章を打ち込み始めた。

 どれだけ考えても出てこないなら、思考を放棄しよう。

 もしかしたら主観的に読んで悪く見えただけで本当は面白いのかもしれない。

 受け取り方を変えれば何か強いメッセージが生まれるかもしれない。

 自分以外の誰かにとっては二つと無い傑作になるかもしれない。

 そんな淡い期待を盲信しながら、プロットの流れを説明するような、表現とは程遠い機械的な文字列を写すだけだった。

 それから一週間が経った。

 索は無事、最後まで書き切ることができた。

 完成させるまで時間は特にかからず、誤字脱字や設定との矛盾、おかしな描写がないか何度も見返した。

 繰り返し確認する度にだんだんと作品への嫌悪感は薄まり、ついには作業としか思えなくなってきた。

 

 ———今なら提出することに抵抗はない

 

 本気でそう思っていた。

 受賞しようとしなかろうと、挑戦したことにいつか意味が生まれるかもしれない。

 何もしないより行動する方がずっといい

 そんなありきたりなセリフすら自分に向かって吐いてみせた。

 だが、それでも彼は応募できなかった。

 身体が、本能が、最後の最後で『投稿』をクリックすることを拒絶した。

 手は震え、気がついたら涙が頬を伝っていた。

 結局彼はそのままスマホの電源を落とし、眠りについた。

 これが赤月索の作家として初めての挫折だった。








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