メロスのいない朝
御伽アトリ
メロスのいない朝
登場人物
・セリヌンティウス
・王
場所 王城の監禁室
足音
セリヌンティウス なんだ?もう飯の時間か?
王、登場
セリヌンティウス おやおや此れは此れは王自ら何のご用で
王 なあに、今日が約束の日だからな。これから裏切られる者の面でをみてみようと思っ
てだな
セリヌンティウス なるほど。しかしお言葉を返すようですが、メロスは必ず来ます
王 強情なやつだな。自ら進んで死のうとする愚か者がどこにおる
セリヌンティウス メロスは死ぬために来るわけではございません。私との約束を守る、そ
れだけのことです
王 ふん、やつがどれほどの愚か者かは知らぬが所詮人間。皆自分が可愛いに決まってる
セリヌンティウス メロスは必ず来ます。もし何かの間違いで来れなかったとしても彼の
ために、友のために死ねるなら本望
王 正気の沙汰とは思えんな
セリヌンティウス ああ、可哀想なディオニス王よ。やはり貴方は孤独だ。巨万の富に屈強
な家来、国中の美女を手中に収めようとも権力に物言わせた絆は貴方
の孤独をより確かなものにするだろう
王 貴様、一体誰に口を聞いているのかわかっているのか
セリヌンティウス ああわかっているとも。人を疑い続けた挙句守るべき民を苦しませる
歴代最悪の愚王だ
王 これほどの屈辱は生まれて初めてだ。貴様即刻絞首刑にしてもいいのだぞ
セリヌンティウス 何を言っているのでしょうか。私はあの陽が天高く昇りそして沈む頃
には既に死ぬことになっているのではないのですか?それとも王自身
が自分で言った約束を破るのでしょうか
王 ……フハハハハ、ここまでコケにされると憤りを通り越して呆れるものだ。自分の死を
哀れむのではなく逆に利用してしまうとは。だがセリヌンティウスよ。もし仮にだ、仮
にメロスが約束通り城に辿り着きお前が解放された時、今侮辱したことを理由に首を
絞め上げることもできるのだぞ
セリヌンティウス その時は我が友メロスがこの国を呪い、疫病を蔓延させることでしょ
う。約束を違えばそれくらいのことはやってのける男です
王 それを私に信じろと?実に滑稽だ。しかし……どうしてお前たちはそうも互いのこと
を信じることができる。なぜお前は人質になることを承諾したのだ
セリヌンティウス 私とメロスはゆりかごに揺らされていた時の仲です。メロスは不器用
ではあるが人一倍正義感の強い人間です。彼の前で曲がった事をすれば
それが誰であろうと止めるのです。それが親でも親友でも。そんな彼と
友に私は過ごしてきた言わば魂の友。だからメロスの怒りは私の怒り。
彼の喜びは私の喜びなのです
王 口を開けばどいつもこいつも正義だ悪だのと。一体私の何が間違っているというのだ。
貴様らが私の何を知っているというのだ
セリヌンティウス この国の一民でしかない私には王の苦悩など計り知れぬ。だが、貴方が
民を苦しませそれにメロスが激怒した。それだけは確かです。自分の身
一つ、自分の怒りだけを信じて暗殺を試みた誇り高き愚者が自分の身
可愛さに、命より重い信念を捨てると思いますか
王 ……なるほど。確かにやつが来る可能性はある。だがお前はそれでいいのか。魂の友と
やらを今日失うことになるのだぞ
セリヌンティウス はい。もしメロスがこないとしても私は彼の人質になったことに悔い
はありません。ただ、彼がこの城へたどり着くこと、そして彼が私のた
めに首を吊られること。私にはそれが、それだけが怖くて仕方ないので
す
王 難儀なものよ
セリヌンティウス ええ。私は彼が必ず来ること、ここに来てしまうこと、私の命が助かる
ことを誰よりも知っている。知っているからこそ怖くて仕方ないので
す。だからこそ王よ、貴方と交渉がしたい
王 ほう、交渉とはなんだ
セリヌンティウス メロスは今は可愛い妹の結婚式に参加していることでしょう。彼が村
を出立するのは遅くとも昼下がりまで。それまでに彼がここに来れな
いように障害を用意して欲しいのです
王 障害だと?
セリヌンティウス ええ、そうです。例えば道中の橋を崩すといいでしょう。恐らく彼は体
一つで川を渡ってしまいますが時間稼ぎにはなります。それに足止め
のために山賊を用意しましょう
王 中々面白い提案ではないか。山賊相手に殺されてしまうかもしれないぞ
セリヌンティウス いえ、メロスは山賊ごときにやられてしまうようなヤワな男ではあり
ません。どんな屈強な男に囲まれても死に物狂いで倒してしまうこと
でしょう。他にもいくつもの障害を
王 はっはっは。いやまさかお前の口からそんな提案が出るとは思わなかった
セリヌンティウス 王はメロスが来ることを望んでいない。そして私自身も望んでいない。
互いに徳のある話だと思います
王 そうだな。しかし良いのか?それほどのことをすればいくらなでも日没までに間に合
うことはない。お前がいうからには私は容赦無くメロスが来れないようにする。そして
あの陽が沈んだ後お前の死体を前にゲラゲラと笑いそしてこう言うだろう。『やはり人
は信用できない』と。遅れてやってきたメロスの悔しそうな顔を眺めながら酒を飲み歌
でも歌ってやつの激情を煽るような態度も取るだろう。それでも良いと言うのか?
セリヌンティウス ええ構いません。もしそのようなことがあれば、思う存分彼の心を折っ
てやってください。そして二度とこの地に訪れたくないくらいのトラ
ウマを刻むのです。そうすれば彼は妹と共に幸せに生涯を全うできる
でしょう
王 ふむ。だがもしメロスが間に合った時はどうする
セリヌンティウス その時は彼の強い信念を讃え、誇りを持って彼の死を受け入れます。息
を切らし傷だらけの彼が生き絶える瞬間を瞬きすることなく見届け、一
瞬の後悔もない彼の人生の幕引きに立ち会えたことを私は幸せに思う
でしょう
王 なるほど。そこまでしてたどり着いたのであれば感動のあまり私も人間不信も治るか
もしれぬ。良いだろうその時はお前もメロスも解放してやろうではないか
王、笑いながら退場
幕
メロスのいない朝 御伽アトリ @Atoriotogi
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