第16話 魔法使いの森Part2

 召喚ボタンを押した僕は、いつもと何か勝手が違うなと感じていた。

 それはタップした時のアイコンの変わり方なのか、召喚の際の光の弾け方なのか……。よく分からないけれど、僕の中の何かが悟っていた。

 今回はヤバいのが来たと。

 その証拠に抽選が終わって召喚が開始された時に、体に感じた負荷は今までの比ではなく、体が地面に縫い付けられたのではないかと思うくらい、僕の体は動かなかった。


「……何だ……これ……?!」


 前をすたすたと歩いて行くセリアは苦しそうに呻く僕に全く気付かない。彼女にそういった甲斐性を期待するのは間違っているのだろうけれど、少し心が傷付いた。召喚の演出が終了し、僕の目の前に一体の人影が落ちてきた。いや、降りて来たというのが正しいか。地面にクレータを作るくらいの勢いがありながら、それは軽々と着地しているのだから。


「私はウィリアム。見ての通りただの騎士だ」


 声は柔らかく覇気を感じさせないが、しかし全てを包み込むような感じがした。

 僕の目の前に立ったそいつは僕よりも背の高い全身を鎧で包んだ男だった。手に持つのは僕の身長くらいの大剣。鎧はあちこちひびが入っていたり、傷があるけれど、その傷が彼の戦闘歴の長さを感じさせた。


「僕は、雲季義弥。女神の加護を受けた勇者って事になってる。よろしく」


 タケノコ星人とかテラーラビットだとかと違い、かなり分かりやすい恰好をしているのもあってか、僕の対応も自然なものになっていたように思う。

 手を差し出して、文化が違うかもしれないと危惧したが、ウィリアムは何てことなく僕の手を取った。当然だが、鎧なので硬く冷たい。


「ああ。女神リースティアから話は聞いている。私たちユニットは君の武器だと思ってほしい。先に召喚された彼女らもそう思っているはずだ」


 何だろう。何だろうこの人は。

 異世界に来てから、いや女神リースティアと話して以来、初めてのまともな人格者かもしれない。

 そして初めて知った。召喚されたユニットには僕の召喚の履歴のようなものが開示されているらしい。つまり爆死しまくればテラーラビットなどに嘲笑される可能性もあるワケだ。


「そうだったのか。それにしてはテラーラビットはやる気無さげだったけどな……」

「彼女は難しい立場なんだ」

「……?」


 ウィリアムの言葉がイマイチよく分からなかったが、彼はそれについてこれ以上は言及する気は無いらしい。


「それより、一度私を戻した方がいい。私を召喚することで消費する魔力は増大だ」

「だよな……。さっきから感じてた」


 テラーラビットなんかは全然疲れなかった。だから彼女にかなり自由にさせても問題は無かったけど、ウィリアムは出しているだけで疲れが半端ではない。戦ってもらうのは数秒程度が限界かもしれない。

 スマホを操作してウィリアムを戻した。これで彼は【確定召喚】で喚べるようになった。ガチャ召喚よりも魔力消費が多いので、本当に彼はいざという時のボム扱いだ。

 かなり先を進んでいたセリアが戻ってきた。ウィリアム召喚による疲労に膝をついていたのを見かねてかその表情から心配してくれている事が分かった。


「ちょっとヨシヤ。そんなところで道草食ってどうしたのよ。まさかお腹を壊したんじゃないでしょうね」

「待て。その言い方だと僕が本当に草食ったみたいになるだろ」

「アタシのお父さんは飢えをしのぐために野草を食べて生き延びたっていう伝説があるわ」

「お前のお父さんと、整備された現代都市で生きる僕を一緒にするな」

「草を食べたお父さんはしばらく幻覚を見たそうよ」

「薬物じゃねえかそれ」


 ウィリアムを召喚したことを軽くセリアに説明すると、彼女は「団員に加えたい」とか言い出した。魅力的なのは分かるけれど騎士ってある意味盗賊と対角線にいる存在だ。

 

「これからどうするのよ。最終的に盗賊団の復興するといっても、団員がいなくちゃ話にならないわよ」

「最終目標は魔王の打倒だ。そうだな……とりあえず魔法使いの森に行きたい。魔王に関する知識が俺達には無い。魔法使いなら知っていてもおかしくないだろ?」


 ホントに……。

 盗賊と、女神の加護を受けた一般人が何で魔王のことも知らないのか。

 そういえば、そこら辺をまともに聞いた覚えはない気がする。


「女神様に聞いてみるか?」


 スマホを取り出した。

 スマートフォンのフォンの部分は女神相手にしか使えない欠陥品だが、いつでも女神の助言を受けられるという事でもあるのだ。使い物になるかは別として。

 メールを打つと、すぐに返信が来た。


『魔王の居場所は私も分からないんですー。魔王の加護が世界を覆っていて、私ではそちらの状況はスマホを介さないと分からないんです(笑)』


 つまり女神はあてにならないと。何が(笑)なんだろうか。


「まあ、分かってたけどさ。そんな都合のいい事は起こらないってさ」


 スマホにメール着信通知の振動があったが、きっとロクでもない事だろうと思い、スマホは開かなかった。


「女神様もダメね。となるとマジで魔法使いに話を聞きたいんだけど……セリアは嫌か?」


 魔法使いに追っかけ回されたのがトラウマなのか、彼女は嫌そうだった。

 絞り出すような声で彼女は言う。


「嫌だって言ったらやめてくれるの?」

「それだったら僕一人で行くよ」


 そんなに嫌なら無理をしてもらうのも悪い。魔王打倒はセリアからしたら第二目標どころか、目的リストにすら入って無さそうだし、話を聞きに行くだけなら一人でもいいだろう。

 それに魔法使いと一悶着あったらしいセリアを連れて行くと面倒がありそうな気がしたのも事実。

 セリアはうーんうーんと唸った後、


「……行くわ」


 と言った。


「いいのか?」


 それは行かなくてもいいんだぞの意味を多分に含んだ言葉だったが、セリアには挑発に聞こえてしまったらしい。


「副団長一人に全てお任せなんて、アタシは認められないわ。団が一体になって動いてこそアーレンス盗賊団なんだから」


 そこまで言い切るセリアに、来ると面倒だから来ないでくれなんて言う訳にもいかない。それになんやかんやで危険な目に遭う可能性はあるのだ。盾は多ければ多い程良いとも言う。

 森を深い方へと進んでいく事に周囲の空気もまた冷えているのを感じた。この感覚は前にルインズゲート遺跡で感じたものにも似ていた。あれは遺跡特有の寒気ではなくて、魔王の加護が働いているという事だったのかもしれない。

 その証拠に、魔物とよく出くわすようになった。

 基本的に魔物はテラーラビットに処理してもらいながら森を進んでいく。

 気が遠くなるくらい歩いていると、やがて自然のものではない物音が聞こえてきた。

 何かを引きずるような音や、何かを打ち付けるような音、それから罵声。森の開けた広場らしき場所に複数の魔物がいるのを確認すると、


「ヨシヤ。隠れて」


 セリアに体を押し込められた。

 広場から見て少し小高い丘の背の高い草の後ろに僕達はいた。


「何やってるのかしら。アイツら」


 セリアと全く同じ感想を僕は抱いた。広場の奥の方にはいくつかの三角形の形のテントがあった。テントの近くに積み上げられた箱の中には果実などが入っている。

 そして広場の中心辺り。

 ここには綺麗な直方体の木材が並べられていた。それを魔法使いのローブを纏った人間が運んでいる。それを二足歩行で全身がグリーンの配色の魔物が監督している。

 見るからにここを住処にしている魔法使いが、魔物の奴隷になっている絵だった。

 ただ何かを建築しているように見えるのは気のせいだろうか。見ればレンガのように積まれた石もある。


「魔王軍の侵略基地の建築……とかか?」

「実は同じコトを考えてたわ」

「本当か?」

「ほ、本当に決まってるじゃない」


 セリアは目を逸らしながら言った。


「実は何も考えてなかっただろ」

「ちゃんと考えてたわよ!」


 セリアが口を開いた瞬間、彼女のむき出しのお腹からくうーという可愛らしい音が鳴った。セリアは顔を真っ赤にして硬直している。


「今晩の夕食のことか?」

「……」


 それから彼女は黙り込んでしまった。

 敵影を前にふざけている僕もどうかしているので、この件はここでお終いだ。

 奴らが本当に侵略基地を作ろうというのなら、勇者としてそれを止めるべきだが。


「あの数の魔物をどうにかしろってか」


 見たところ魔物の数は十を超えている。さっきのウィリアムを越える巨体も一体いるし、敵の規模としては過去最高だ。ルインズゲート遺跡内で戦った敵の方が総数としては多いけど、あっちはまとめて相手した訳ではない。


「分が悪いな」


 ここは一旦、引き返して策を練るのがいいだろうと思い、その場を離れようとした時、広場内にいる巨体の魔物が言った。


「ガハハハ!! おらおら働け魔術師共! ここをオレサマのショッピングモールにするのだ!」

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