第13話 勇者伝説の始まり

「エボルボア討伐ごくろうさまでーす」


 ギルドに帰ると、受付のお姉さんが気持ちよく迎えてくれた。僕も忘れかけてたが、ついさっきまでは命の奪い合いを行っていたのだと再認識する。


「ふ、さすがはウチの副団長ね」


 そして我が物顔で僕を副団長と言いふらしている痴女もいた。彼女はギルドに併設されている酒場のカウンターで、手慣れた感を出して座りながら、こっちに来いと手招きしていた。

 どうやら防具は新調したらしい。それでもお腹とか足とかの露出度は相変わらずだが。

 受付でささやかな報酬をもらった後、セリアの隣に座った。


「僕は盗賊になるつもりは無いぞ」

「アンタがそうでも、アタシはもう決めたのよ」

「横暴すぎねぇ?」

「何よ。アタシの盗賊団に入りたくないとでもいうつもり? そうよ! 確かに今はアタシ一人のなんちゃって盗賊団よ。でもね、いずれ大陸中に名を轟かせてやるんだから。見てなさい。って誰がなんちゃって盗賊よ!」

「お前が言ったんだろ」


 一回のセリフの中で、浮き沈みの激しい彼女は、店員が運んできたコップをひったくる様に取ると、一息で飲み干した。

 僕にも同じものが渡されたので、一口すすってみる。中身は透明の液体だが、飲んでみた感じ、ライチのような味がした。疲れている時に嬉しい味だ。


「エボルボアを倒してきたらしいわね。どうだった?」

「どうって……まあ、楽勝だったぜ」


 僕は何もしていないし。

 テラーラビットが暴れるたびに疲労があるくらいだけど、自分で動いて戦っていたらこんなものじゃすまないだろう。


「副団長なんだからそれくらいの相手は余裕でやってくれなきゃ困るわよ」

「何度言ったら分かるんだよ。僕は盗賊じゃねえ」

「だったら何なのよ」


 ようやく聞いてくれた。

 そう。実のところ、僕はずっと名乗りたかったのだ。一度名乗ってはいるが、彼女は信じていないみたいだし、ここら辺で誤解は解いた方がいいだろう。


「僕は勇者だよ。魔王を倒して世界を救う為に異世界からやって来たんだ」


 セリアはポカーンとしていた。それもそうだろう。数時間前の僕だってポカーンとしてばかりだったのだし。


「驚くのも無理はないよな。でも本当なんだよ。流石にそろそろ信じてくれ」

「……本当なの?」

「良かった。今回は戯言と受け取られなかったみたいだな」

「まあそうね……。アンタちょっとおかしいものね」

「……何か気になる言い方だな」


 彼女はうーんとしばらく唸った後に言った。


「分かったわ。とりあえず勇者だと認めてあげる。だからその代わりに、盗賊団に入りなさい」

「え?! 何その交換条件。ていうか勇者で盗賊って何だよ」

「勇者を仲間に引き入れたとあれば盗賊団の名声も上がるからね。もちろん魔王退治にも手を貸してあげるわ。副団長の敵は団長であるアタシの敵でもあるのよ」


 そういう条件ならば、もう盗賊団に入ってもいいのではなかろうか。いくら召喚で仲間を増やせると言ったって、現地の情報を知っている人間の助けは欲しい。ユニットだってずっと出し続けていられる訳ではないのだ。

 ただもう少しまともな奴がよかった。

 だがここで出会ったのも何かの縁。一期一会という言葉もあるのだ。運命とは時に残酷なものであると納得しなくては前に進まない時もある。


「そういう事なら頼むよ。この世界について詳しい奴がいるだけで心強い」


 差し出されたセリアの手を握り返す。

 するとセリアはニヤリと笑って、


「じゃあここのお会計は副団長持ちね」


 とか言い出して、


「アタシたち、もう帰るわー。お金はこの人が払うから」


 と言い残しすや否や風の様にギルドから出て行った。

 すかさず店員がやって来て、金額を提示してきた。

 現在の僕の所持金は2000リンだ。元の世界でいう所の2千円くらいの認識で間違いない。

 そしてまるで示し合わせたかのように提示された金額は2000リンだった。


「……マジかよ……」


 僕の少ない財産は綺麗さっぱり無くなった。

 何が悲しいって、僕はまだ無料サービスらしいドリンクしか飲んでいないのだ。しっかりと飲み食いしたのなら、全額支払いもまだ納得できたのに。

 ギルドを出ると、セリアが待っていた。

 小さな柵のようなものに体を預けて、足をぷらぷらと揺らしている。こういう姿を見ると、美少女なのだなと思うのだけれど、ついさっき働いた狼藉やらが全て帳消しにしてしまう残念な女だ。

 彼女はこちらに気付くとぱたぱたと寄って来た。


「払えたのね。良かったわ。アタシ、持ち合わせが無かったから」

「じゃあ金が無いのに店に入ったのかよ。僕が来なかったらどうするつもりだったんだよ」

「ふっ、アンタが来るのなんて分かってたに決まっているでしょ」


 ということはコイツは依頼のことまで聞いていてあそこにいたと言う訳か。僕が他人のフリをしていれば、こうはならずにこの盗賊は牢屋入りだったのかと思うと自分の行動の迂闊さを呪いたくなるものだ。

 セリアは胸を張って言った。


「アタシは盗賊団の団長だからね! 決してあの時、ホッとなんてしてないのよ」


 違う。絶対まぐれだ。というか僕の運が悪くてコイツの運がたまたま良かっただけだ。


「分かったよ。でも金が無いのによくもまああそこまで堂々してたな」

「盗賊よ。犯罪の一つや二つビビっていられないわ」

「お前はいっぺん絞られた方がいいんじゃねえかと僕は思うんだが」


 魔王を倒しに行くメンバーとしては不安になる倫理観だった。

 勇者一行にセリアが加わり、盗賊団に僕が副団長として加わる事になりました。


 


 



 

 

 

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