第11話 冒険者の街イルジオン
僕らが辿り着いた街の名は【イルジオン】。
それはルインズサーガに登場していない街だった。あのゲームでは主人公がいる事になっている拠点はただ王都としか称されていなかった。荘厳な上地区と貧困層が集う下地区に分かれているあの街とイルジオンは似ても似つかない。
ルインズゲート遺跡の存在などから何となくこの世界はあのゲームと同じ世界だと高を括っていたが、その認識は改めた方がいいだろう。さっきのスライムみたいなのはイレギュラーでもなんでもなく、この世界ではそうなっているのだ。
城壁をくり抜くように出来た門には軽装の鎧を着用した男が検問していた。きっと僕みたいな所在不明の不審者が入らないようにする為だろう。どうしようかと思ったがセリアが僕も含めて盗賊団の一味として説明した事で普通に入れた。
盗賊が盗賊を名乗って街に入るのは何かおかしい気がするが、それもこの世界ではそうなのだろう。考えるな感じろだ。
「ていうか……セリア」
「何よ」
「普通に検問を通れたのはいいが、お前のその格好は世界的に見ても普通に入るのか?」
「……何が言いたいのよ」
「いやな、僕が住んでいた場所では今のお前みたいな恰好をしていると間違いなく捕まるんだよ。だからいざとなれば僕の上着を貸そうと思うんだけど」
実に聞きにくい事なのでくどくどと回りくどくなってしまったが、セリアは下着姿なのだ。前話ではこっ恥ずかしくて肌着と称したが、もう遠慮はしない。
彼女の鎧はスライムによって溶かされ、今は黒くて肌に張り付くデザインの下着しか着ていない。まあブラやショーツではなく、スポブラとレギンスのようなものなので、肌着というのも間違いではないだろうけれど。
僕ですらパンツだけで草原に居た時は誰の目も無いのに恥ずかしかったのだ。人目の多い街並みで下着姿を晒す羽目になっているセリアの心労は相当なはずだ。だがセリアはここまで普通に歩いて来ているのだ。つまり異世界人にとってはセリアのような格好も普通なのだろう。郷に入っては郷に従えといういい言葉もある。
痴女と一緒に行動していては勇者の面子が立たないし、僕が性犯罪者扱いされる危険もある。何より日本人の心を失っては帰った後が悲惨だ。
……だが僕の目に映ったのは顔を耳まで真っ赤にしたセリアだった。
「アンタって……」
押し殺した声でセリアが言う。
「アンタってデリカシーとか無い訳?!」
露出狂に言われるとは心外な……という言葉を僕は呑み込んだ。
この異世界においてデリカシーという概念が何をどこまで表しているのか知らないけれど、何となく彼女の言わんとしている事は伝わる。
「恥ずかしいなら言えよ。僕はこれを脱いでも下にもう1枚あるから貸してやるってのに」
「盗賊が誰かに施しを受けたらダメなのよ!」
ああ、そうか。
そうだったのか。
彼女は生粋の盗賊だったという事だ。
思えば彼女はエキゾチックかつコケティッシュな装備を盗賊の嗜みと称していた。
彼女は盗賊というものに対して並々ならぬ想いを秘めているのだ。
決してただの露出狂ではない。羞恥心は常識的な範囲内のものを持っているのだ。
「分かったよ」
顔を赤くしながらも矜持を守ろうとする彼女の姿に僕は感服しこれ以上は何も言えなくなった。
だが……待ってほしい。
僕の隣にはテラーラビットがいる。
バニースーツの女性と、半裸の少女を侍らす男というこの構図は……間違いなくアウトではなかろうか。
「ヤダ……あの男、女の子をあんな姿にして……」
「マジ変態」
周りからそんな声が聞こえてきた。
きっとあえて聞こえるように言ったのだろうが、効果はてきめんだ。僕は肩が上がらないほどに重くなったし、セリアは更に顔を赤く染めた。
そしてテラーラビットは欠伸をしていた。
街の入口からしばらく歩くと開けた通りに出た。
出店がいくつか出ており、人通りも多い。商店街と言うに相応しい場所だ。ちなみに文字も普通に読めた。女神様の力だろう。
「この街はね、王都とかとは違って冒険者が開いた街なのよ。だからアタシでも盗賊を名乗って街に入れてるワケ。他じゃあこうはならないから。ここで冒険者の身分を得た方がいいわよ」
「冒険者の身分? ギルドに登録して、冒険者カードを貰うって感じのやつか?」
「ちゃんと覚えてるんじゃない。何で記憶が無いなんて嘘ついたのよ」
「それはいいだろ。で、そのギルドはどこにあんだよ」
「自分で探しなさいよ」
「えぇー」
セリアはジャンプすると目の前の建物の壁を駆け上って屋根の上まで登った。盗賊の技術なのか、スキルなのか、それともこの世界の人間の身体能力はやろうとすればここまでいけるのか。
しかし別れも言わずに去って行くとか、非情にもほどがある。泣きだしてしまいそうだ。
「まあ、とりあえずギルドだな。その辺の人に話聞けば分かるだろ」
「うーん……めんどい」
ふわあとテラーラビットが大きな欠伸をした。
意外にもギルドには簡単にたどり着けた。というのもテラーラビットが隣にいるおかげか男性から話を聞くのが簡単に済んだのだ。当の彼女は相当に嫌そうな顔をしていたが。
ギルドは街の中央にあり、東西南北にある街の門からほぼ一直線に歩いたところにある。冒険者の街というだけあってギルドへはアクセスしやすくなっているのだろう。
テラーラビットは時間切れらしく帰って行った。
一度召喚しているので、次はローコスト-といっても僕の魔力のほとんどを使うが-で再召喚が可能らしい。
観音開きの扉を開け中へと入る。
中に入り真っ直ぐに進むと役所や郵便局又は遊園地の入口を想起させるようなカウンターがある。左側には酒場が併設されており、賑わう声と美味しそうな匂いがギルド内に充満していた。
「おお……食い物は僕が知っているようなものもあるんだな。安心した」
虫とか食わされたらどうしようかと思ったのだ。
こっち来てからまだ一度も食事をとっていないのもあって、僕はお腹の鳴る音を抑えられなかった。
「飯を食うにも金がいるんだよな」
異世界といったって人が住んでいる以上は秩序が存在するものだ。
そんな当たり前のことに今更ながら思い知る。
カウンターに着くと、バーテンダーの制服のようなものを着た女性が出て来た。彼女から「クエストの受注ですか?」と効かれたので、僕は「登録にきました」と言った。
「登録ですねー。でしたらギルド証を発行しますので、まずはこちらに手を触れてください」
そう言って差し出されたのは石板だった。乳白色の色をしていて、大きさはクレジットカードとかと同じくらいで厚さは1センチほどとやや厚い。
言われた通りに触れると、石板は眩い光を放つ。
そして大量に出現した光の点が線を描き、僕の情報を石板に刻み込む。
刻まれた僕の名前は「ヨシヤ」となっていた。
僕はてっきりここから何かしらの試験を受けるのかと思ったが、目の前のバーテン服の女性は恭しく頭を下げて来た。
「ヨシヤさん。ようこそ冒険者ギルドへ」
かくして僕の冒険者への就活はすぐに終わることになる。
てっきり試験と称した新人狩りやら、勝手に僕のライバルを名乗る奴が現れるみたいなイベントがあるものだと思っていたが、まあ現実なんてこんなものである。
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