第10話 そして紆余曲折を経て……
スライムが出たことで、打つ手の無い僕らは猛ダッシュでルインズゲート遺跡から脱出しようとしていた。道中の魔物はアルセイン盗賊団の連中が軒並み倒していたのもあって、比較的安全だった。スライムもあのドームの空間から出てこようとはしない。
「はぁ……はぁ……何だったんだ一体」
「あれが遺跡のボスモンスターだったのよ」
「ボス……って。ゲームじゃあるまいし、まさかあれも倒してもしばらくすると復活するのか?」
「そうよ」
「なるほど。流石は魔王の加護だ」
殿はテラーラビットが務めてくれた。やる気のない彼女も流石に命の危機となると真面目になるようだ。だがSSRの彼女が何かしらの攻撃を行おうとする度に僕の魔力はひっくり返したコップの水の如く失われていく。
召喚は便利ではあるが、不便さも多分に兼ね備えている。テラーラビットなどの今後も現れてくれるかもしれないSSRユニットが真価を発揮するには、この世界での僕の強さも必要なのだ。
「元の世界は時間が止まってるって話だしな。どうせならレベル100にまで鍛えてからラスボスには挑みたいな」
「マスターが強くなれば私もラクになる」
「お前に楽させるために鍛えるんじゃねえからな?」
「ちょっと何してるのよ。さっさと先へ進みましょ」
ルインズゲート遺跡から出ると、澄んだ空気が体に通っていくのが分かった。
生きているという実感を感じる。実際はまだ危機的状況は終わっていないけれど。
「こっから街探しか……ただの取り越し苦労だったな」
「そうでもないよ」
テラーラビットは何か袋を持っていた。それはあの二人組が持っていたものに似ていた。
「アタシの荷物!」
セリアはテラーラビットからひったくろうとするが、テラーラビットは袋を上に掲げた。セリアはどこかで見たようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
スライムの粘液で防具を溶かされたセリアは黒い肌着のみを纏っていた。元よりお腹や脚などの露出があったので、より一層目のやり場に困る格好になっている。
「あの二人に盗まれた袋を取り返したのは私だよ? 返してほしければマスターに頼んで」
「お前……意外にドSなんだな。まあ……そういうのが正解なのか? 異世界だもんな」
盗まれた奴が悪いというのだろうか。現代日本人の僕はそこまでシビアになれないので、セリアに対して罪悪感の様なものが湧いてしまう。
「何でもいいから返しなさいよ!」
「返してやれよ」
テラーラビットが「いいの?」と目で訴えてくる。どうやら彼女にとってセリアはまだ信用に値しないらしい。
僕の意志が固いと分かるとテラーラビットは袋をセリアに返した。彼女はすぐに袋の中身を確認してため息を吐いた。
「ほとんど売られてるわね……あの二人組……覚えてなさいよ」
セリアは恨み言を吐くと僕へ向けて硬貨を投げつけてきた。それは見おぼえがあるもので、ルインズサーガの知識通りならばこの世界のお金だろう。
「あまり借りは作りたくないのよ」
そういうセリアの姿は今までで見た中で最も盗賊らしさを感じるものだった。
遺跡を通り過ぎ、平原を進む。どこに向かっていいかも分からないが、二人の盗賊との出会いから考えてもそこまで辺境ではないのだろうと考えたい。
それに女神様が素っ頓狂なところに僕を転移させるだろうか……するだろうなぁ。
何かあの女神抜けていたし。とか考えていると予想通りメールの着信があった。内容は見るまでも無いのでスルーした。
大自然の中を歩くなんていう状況には現代日本で生きていると滅多に遭遇しない。自発的に公園なり旅行するなりしなくてはならないだろう。そして僕にそれだけのアクティブさはない。
考えてみればここは異世界なのだ。
今までの常識は全く通用しない場所。異世界に来る事自体をもう少し慎重に考えた方が良かったのかもしれない。告白の確約という条件で来たはいいが、そもそもの話としてそういうカタチで付き合えても長続きしないのではという気もする。
……。
…………。
……………………。
余り考えないようにしよう。
異世界でやっていく最大のモチベーションが失われたら、多分僕はここに骨を埋める事になるだろうからだ。そんなことになれば僕が恋焦がれる初春夢花は唯一の幼馴染を失ってしまう。彼女にそんな無用な悲しみは与えたくはない。
僕が死んで悔やまれるような人間であるというのが前提で、ほとんど願望交じりの理屈だ。
「あ、街が見えてきたわ」
セリアが指差した方向には確かに街らしきものが見える。城塞都市とでもいうのだろうか。城壁の様な壁で囲われている。遠目から見える門の奥の街並みは――僕の限りなく絶望的な語彙力を本気で振るわせてもらうならば――海外の様だった。
「ほー」
随分と間の抜けた声が出た。
急な異世界転移に盗賊との出会い、初めてのダンジョンでは盗賊の二人に襲われ、バニーお姉さんの召喚とスライムとの遭遇。
思えばそれなりに時間がかかったものだ。
ここからが僕の異世界の物語の始まりだ。
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