第9話 テラーラビットの恐怖

 僕が召喚したユニットには覚えがある。ルインズサーガにおけるチュートリアルダンジョン、ルインズゲート遺跡の攻略時にボス戦で必ず召喚するユニットだ。

 今僕らがいるのはルインズゲート遺跡。

 つまりは今の僕の状況は彼女を召喚するに相応しい状況ということだ。


「帰りたい」


 それだけ言うと、僕の目の前のバニーお姉さんは去って行こうとした。タケノコ星人がロストした時と同じ光が体から放出されている。

 僕は慌てて引き止めた。


「ちょっと待て!」


 律儀にも彼女は立ち止まる。


「テラーラビット……でいいんだよな」

「うん」


 テラーラビット。それが彼女の名前だ。

 黒い長髪に白いウサミミ。バニースーツを着用した美女。やややる気のない顔からは可愛げすら感じる配布故に性能はそれなりだが見た目アドで人気を誇るユニットだ。

 

「ねえ、帰っていい?」

「帰らないで?! お願いだから!」


 ていうかコイツ。さっきから何回帰ると言えば気が済むのだ。ゲーム買ったばかりの子供でももう少し聞き分けがあるというものだ。知らないけど。


「何だ? バニーのお姉さんが現れたぞ?!」

「魔法? しかしこれは……」


 戦闘員二人も完全に立ち止まってテラーラビットに見入っている。

 肩やら胸元やらが大胆に露出している彼女の恰好がやはり異様なのかもしれない。

 ぴっちりとしたスーツは、彼女の恵まれた体型をありありと見せびらかしており、網タイツに覆われた美脚はまさに至高の芸術と言えるだろう。

 一言で言えば、魔性だ。

 

「う……うむ……しかし、これは……なんとも」


 戦闘員が気まずそうにあちこちを見ているが、どう見てもテラーラビットの胸元を見ていた。

 それを感じたのか、彼女は嫌そうな顔をしながら腕で胸元を隠した。

 

「マスター。本気で帰りたくなってきた」

「あいつらぶっ潰してからにしてくれ」


 流石にテラーラビットが不憫だ。雑魚敵にはさっさと退場願おう。

 彼女も僕と同じ気持ちなのか、表情はあまり変わらないまま、戦闘員へと近付いていく。

 ゲームにおいて彼女の得意技は蹴りだった。こうして生身で見ると確かに足が長く、あれから繰り出される技の鋭さも分かるものだ。それに美人のバニーのお姉さんに蹴られるのは男としては色々とクるものがある。僕もついつい戦闘員の側に回ってしまいそうだった。

 

「何だ? やるのか? 俺らはアルセイン盗賊団の……」


 戦闘員の一人が口上を述べながらテラーラビットに近付く、無警戒に歩いているように見える彼女とは違い戦闘員は武器を構えていた。短剣だ。

 だが彼のセリフは最後まで続かなかった。

 

「ふぎゃあ!」


 テラーラビットの平手打ちが彼の頬を打ったからだ。ガスマスクのような装備が完全に破壊され、無様な表情を浮かべながら、何メートルも吹き飛び、壁に埋め込まれた。

 残った戦闘員の掠れた悲鳴が聞こえてくるが、彼女は全く意に介さず平手打ちを食らわす。

 敵と見るや一切の容赦がないその姿はまさにテラーの名に相応しかった。

 敵の姿が無くなっても彼女は中々帰ろうとはしなかった。あれだけ帰りたがっていたのに。


「サンキューな。流石SSRだよ」

「別に。私はマスターを助けたくてやったんじゃない」


 ツンデレ的セリフなんかではなく本気で言ってそうだった。なんか少し切ない。が、そのそっけなさがまた良い。


「僕は雲季義弥だ。よろしく」


 ユニット相手とはいえ助けを求めてやって来てくれたのだ。しっかりと礼は尽くすのは当然だ。

 テラーラビットは意外そうな顔をして僕を見た。


「よろしく。ヨッシャー」

「何だ? 何か喜ぶことでもあったのか?」


 テラーラビットはまたも首を傾げる。さっきから意思疎通が上手くいっていない。

 ……。

 もしかしてヨッシャーって僕のことを言っているのではないだろうな。

 ヨシヤをヨッシャーと呼ぶだろうか。


「……終わったみたいね。イタタ……」


 セリアが起き上がる。彼女に手を差し出し、一気に引っ張り上げた。


「それでソイツは誰なのよ?」

「テラーラビット。僕が召喚したんだ」

「……」


 セリアが半目で僕を睨んだ。


「変態」

「僕は変態じゃない!」

「マスター。ちょっと」


 テラーラビットが僕の制服の裾をぐいと引っ張る。彼女が遠くの一点を指差していた。それは僕らがやって来た通路とは逆側だ。

 セリアも何かを感じたのか、腰を低く構えた。


「まだ終わりじゃない」

「は? これ以上、敵がいるってのか?」

「そりゃアンタ。今のはアタシ達と同じ冒険者よ。これからのが本番。ダンジョンの主よ」


 遠くに見える通路から何かドロリとしたものがこちらに向かって来ていた。それは通路を出て僕らの目の前にまでやって来ると一つに混ざり合った。巨大な緑色のプリンとしか言い表せない見た目のそいつをセリアは「スライム」と言った。


「スライムだって? これ5メートルくらいあるぞ……? キングの方じゃないのか」

「マスター。スライムは決して雑魚じゃないから、油断しないで」


 ルインズサーガにスライムはいなかったと思う。

 だから何が有効なのかゲームの知識は当てにならない。恐らくは物理攻撃は効かないだろう。何らかの魔法で攻めたいが、残念ながらこちらには物理攻撃使いしかいない。


「アイツの体に触ると溶かされるわよ!」

 

 一歩踏み出そうとした僕をセリアが制した。

 僕が慌ててバックステップをすると僕がいた場所にスライムの粘液が零れた。瓦礫が肉の焼ける音を立てながら溶かされていく。見た目にはスライムに喰われているように見えた。

 あれに捕まればこうなるぞと言うことか。教えてくれたセリアには感謝しなければ。

 僕が彼女の方を見ると、 


「うわっ……ちょ、待っ……ぎゃああああああ!」


 粘液を頭からモロに被っているセリアの姿があった。


「セ、セリアさぁぁぁぁん?!」


 近付こうとする僕をテラーラビットが止めた。

 瓦礫を一瞬で溶かすような粘液だ。人の体が触れて無事な筈がない。

 粘液に塗れたセリアのからは肉の焼けるような音がしていた。きっと数秒後には皮膚や肉が溶けてしまうだろう。僕は彼女から目を逸らした。


「すまないセリア。僕はお前の屍を乗り越えて先へ進ませてもらうぜ……!」

「誰も死んで無いわ! 勝手に諦めないでくれる?!」


 一目散に逃げようとした僕を引き留めたのは他の誰でもなくセリアだった。

 溶解が始まってから十秒近くは経っているが、まだ彼女の体は溶けてはいなかった。というより段々と粘液が消えているようにも見えた。


「……」


 それよりも信じられないのは、あの粘液の力だ。まさか本当に実在するとは思うまい。装備の身を的確に溶かす粘液なんて夢の存在が。

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