第7話 ルインズゲート遺跡

 前方からセリアの足音が聞こえてくる。

 彼女はライトの射程外にいるので、まるで僕が暗い箱の中に閉じ込められていて、外で誰かが歩いている様な錯覚に陥る。


「ヨシヤ。少し止まりなさい」


 壁にぶつかり反響する声に僕とタケノコ星人は立ち止まった。


「何かいるのか?」

「魔物がいるわ……。ライト消して」


 有無を言わさぬ様子だった。僕は言われた通りにライトを切る。底知れぬ闇が僕を包んだ。


「暗っ」

「黙って」


 何者かに腕をぐいと引っ張られる。物陰のような場所に引きづり込まれ、驚き声を上げようとした僕の口を柔らかい何かが塞ぐ


「むぐ……むぐっ」

「いいから静かにしなさい。気付かれたらどうするのよ」


 どうやら僕の口を塞いでいるのはセリアの手らしい。彼女にはこの暗闇の中でモノが見えているらしい。


「スケルトンね。遺跡にはよくいる奴だけど、あれは斥候な。一撃で仕留めないと仲間がやって来るわ。タケノコ星人は何処にいるの?」

「僕の後ろだ」

「アタシが合図したら突撃させて」

「らしいぜ。頼んだ」

「了解した……!」


 段々と暗闇に目が慣れて来ると、セリアの姿がうっすらと見えて来た。

 彼女は何か石ころを片手に持っていた。それを、数度手の上でバウンドさせると、スケルトンがいる方角へ向けて投げた。


「今!」

「いけ、タケノコ星人!」


 僕の初となる戦闘の、最初のセリフがこれだ。

 ああ、本当に少しでもいいから格好いい奴を召喚したかった。

 タケノコ星人は目にも留まらぬ早さで物陰から出ると、手に持ったタケノコの形をしたドリルでスケルトンを破壊する。

 ユニットの戦闘能力は僕の強さに比例するらしいが、SRだけあってそれなりに強いらしい。


「任務完了した」


 スマートに仕事をこなす見た目だけ損しているタケノコ星人に何か労いの言葉の一つでもかけられたらいいのだが、何も思い浮かばないのでやめた。


「よし、じゃあ先へ……」


 気になったので、スマホの召喚アプリを開いてみた。4回は召喚が出来る程度にはエネルギーが溜まっていた。

 タケノコ星人の召喚の際に僕の体力もかなり削られた。セリアの言葉が確かなら魔力を削られたらしい。

 4回も召喚を行えば、確実に死にそうな予感がした。数回に分けてやっておくのがいいだろうか。

 召喚ボタンを押す。すると何回召喚をするか聞かれたので、2回にしておいた。

 スマホから光が出る。出て来たのはスキルとアイテムだった。そんなにイイものでは無い。どちらもレア度はR。大したモノでは無いからか魔力がごっそりと無くなった感じはなかった。

 つまりは出てきたものによって僕から失われる魔力も変動するという事。SSRユニットを召喚するのが一番魔力を失うだろう。


『スキルはスキルカードというアイテムとして出現します。使用すると無くなります。ヨシヤさん自身に使われると一定の回数だけスキルの発動が出来ます。ユニットに使えば強制的に習得させる事が出来ます』


 女神様のメールが届いた。なんだか、僕が何かする度に自動送信のように送られて来ている。女神様botとでも名付けてやろうか。


『botは困りますー。これがこの世界に私の力を届かせる唯一の方法なんですからー! という訳で今後ともよろしくお願いいたします(泣)』


 僕の思考に対してメールの返信が来た。botでは無さそうだが、それにしてもだ。


「考えていることが分かるのか……?! 怖っ」


 スマホの画面に話しかけているみたいになっている僕を見てセリアが言う。


「さっきから何、百面相してるのよ。早く行くんでしょ」

「スマホの画面を見てニヤニヤするなんて初恋の学生みたいですなー」


 タケノコ星人が愉快そうに笑う。僕にとっては不愉快だ。


「悪いか。これでも初恋中の学生だよ。僕は。ていうかお前スマホ知ってるんだな?! そんな変な成りなのに」

「召喚されたユニットはマスターの世界の事も知っているのだ」


 なるほど。

 なら元の世界の事を思い出して枕を濡らすようなことも無くて済みそうだ。

 そもそも全てが終わったら帰るつもりなので、枕を濡らすも何も無いが。

 セリアが先行して進んでいるせいか、特に何事も無い。もっと魔物と戦ったり財宝と出会ったりしそうなものだが、そういった事も何も無く淡々とダンジョン攻略は進んでいた。


「多分、先に誰かいるわ」

「そういうもんなのか?」

「ええ。ダンジョン内の魔物ってのはしばらくすると勝手に復活するのよ」

「……そういうもんなのか」

「魔王の加護ってやつでね」

「出た魔王」

「アタシたちが今まで出会ったのはスケルトン一体だけ。これっておかしいのよ。普通はもっといるはずなのに」


 ダンジョン内で出会うとすれば他の旅人だろうか。敵なのかどうかは分からないが、出来れば出会いたくはない。僕はこの世界からしたら謎の異法人で、セリアは盗賊だ。彼女がどれだけの知名度を持つかは知らないけれど、盗賊を自称する人間というだけでも不信感は与えてしまうだろう。


「周りに用心だな。タケノコ星人。誰か居たら知らせてくれ」

「了解だマスター」


 頼もしいタケノコ星人の気配を背中に感じながら、僕らは進む。

 やがてスマホの照明もいらないほどに周囲が明るくなってくる。この遺跡がどういう遺跡かは全く分からない。

 しばらく通路を進んでいく。一直線に並んだ燭台が道を作っていて、まるで導かれるようだ。天井はアーチ状だった。ここまで来てようやくここが人の手で作られたのだと分かった。

 そして燭台の道を通り過ぎると、ドーム状の部屋へとやって来た。周囲の壁は棚のようになっていた。


「まるで書斎……いや図書館か?」


 よく見るとかなり汚れているが本があった。この世界にも製本技術はあるのだ。

 それが僕の旅にどういう影響を及ぼすかは置いておいて。


「ヨシヤ」


 セリアが緊張した声を出す。彼女の目は一点に向けられていた。本が大量に積み上げられた一角。そこから物音がしていた。


「ふぅ……遺物探しは一苦労だぜ」

「文句を言うなよ。マージョラム様にケツ蹴られたいのか?」

「お前、それ言ったらよぉ、もう仕事になんないだろうが。俺は蹴られてぇよ? お前はどうだ?」

「スパイクの付いた靴で蹴られるんだぞ……」

「ご褒美だ」

「俺は御免だぜ」


 声色からして二人組の男だ。

 マージョラム様のスパイクの蹴り。少し気にはなったけど、それは後々の楽しみに取っておこう。

 会話から察するに奴らはダンジョンを荒らしている様だ。まあ僕らも似たようなものなのかもしれないが、まだ未遂なのでここはあえて正義の側に回ってみよう。

 僕が声を出そうと息を吸い込む。そして声を出そうとした瞬間、真横から威勢のいい言葉が飛び出した。


「ちょっとアンタ達! ここのお宝はアタシ達のものよ!」


 これで僕らもダンジョン荒らし確定だ。

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