第1話 ガチャで現れた女神様
「雲季さん。雲季義弥さん。聞こえていますか? いまあなたに語り掛けています」
誰かが僕に声をかけている。
僕は目を閉じていて、今はとても安らかな気分だ。最高にいい気分と言える。最高にいい気分の時に邪魔をされるというのは究極の負荷だ。
「あのー、聞こえてますかー。もしかして……無視……ですかぁ……」
だが目の前で泣きそうな声で呼びかけられているのに無視をするのはどうだろうか。それも声からして女の子だ。
というかこれは何なのだろうか。夢か現か幻か、全く分からない。
閉じた瞼を開くと、目の前には女の子がいた。
腰まで伸びた銀髪に、古代ギリシャを思わせるシルクの衣装を着用している。
「女神リースティア」
それは先程、ルインズサーガで引き当てたユニットだ。だがあくまでモニターの中でいた彼女と違い目の前の彼女は、そこに存在している。
「ええ。私が、私こそが女神です」
「……何なんだ? この状況は。僕は死んだのか?」
「それは大丈夫です。今のあなたは公園で、私を引き当ててくれた状態のまま止まってます」
「止まってる……か」
リースティアが手をくるくると回すと、そこに鏡が現れる。鏡には確かに公園に居る僕が映っていた。
「まあまあな変顔ですよね」
リースティアが顎に手を当てて微笑みながら言った。女神に相応しい微笑みだが言っている事は酷い。
「帰ってもいいか?」
「ああ! 気を落とされのなら申し訳ありません! まだ帰らないでください。あなたが必要なんです!」
「……」
帰らないでくれと言われても、帰り方なんて全く分からない。僕をここに呼んだのはリースティアなので、今の僕は彼女の手の平の上にあるという事になる。
「何で僕に……?」
「あなたが私を引き当てたからです。ご存じの通り、ルインズサーガにまだ私は未実装です」
「でも僕は当てたぜ。あれは何なんだよ」
「私が管理するもう一つの世界で前代未聞の危機が起きようとしています。ルインズサーガのガチャに勇者の力を持つに相応しい者を選定する機能を与え、そしてあなたが選ばれたのです」
「……つまりなんだ僕は世界を救う勇者になるって事か」
「はい! 理解が早くて助かります」
勇者。勇者ねえ。
異世界に行って、世界を救う勇者になる。
今更、そういう正義の味方に憧れる歳でもない。
それに僕にそんな大役を務めるだけの能力は無い。
「嫌なんだけど」
「はい?」
「だからぁ、世界を救うなんて僕には無理だぜ?」
「んー」
リースティアは頭に指をあてて唸った。どうにかして僕を勇者にしたいらしい。
強制的に送り込むという手段をとらない辺り、僕の同意が必要なのかもしれない。
だが現状の僕はまな板の上の鯉。下手に彼女を刺激したら最悪ここから帰してもらえなくなるという事もあり得る。
「……」
「どうしましょうどうしましょう。彼が勇者になってくれなかったら、あの世界が滅んでしまいますー。そんなことになれば、女神としての私の存在も危うい事に……」
「苦労してんだな。女神様」
彼女は彼女で、最後の手段として僕を選んだのだろう。
それを僕の独断で断るというのは、僕の選択で異世界とやらの存続が決まるというのは、正直言って重すぎる。
重すぎるが……求められて引き下がるのも男が落ちる。
「女神リースティア……いや女神様」
「は、はい! な、な、何でしょう?!」
「世界を救うって具体的に何をするんですか?」
「え……? 勇者になってくれるんですか?」
涙目な上に濁声で言われると、少し返答に戸惑ってしまう。意気揚々と「はい!」と答えそうになった自分を本気で抑える。
「違……わないけど、何をするかによって。敵を倒せとかそういう話だと、僕には荷が重すぎます」
「分かりました! 私が分かりやすく教えて差し上げましょう! あと、敬語は結構ですよ!」
調子を取り戻したのか女神様が立ち上がる、お腹の前で何かを持つかのように手の形を作ると、そこにフリップが現れた。
「私が管理する世界で、魔王の復活が起ころうとしています。それに伴い各地に魔物の勢力が拡大。対して人間側は優秀な戦士……勇者候補生の育成を初めています。勇者候補生は勇者になるべく集まった人たちですが、現在のあの世界は魔王の力で私の干渉を防がれているので勇者の選定が出来ない状態にありました」
勇者候補生と聞くとルインズサーガを思い出す。世界観の説明も何となく似ている気がした。という事はファンタジー世界だ。魔王なんてものが復活するのだからそうだろうけど。
本来ならば勇者候補生から勇者を選定するのだろう。それを魔王に防がれたからこちらの世界から寄越そうという訳だ。
「聞けば聞くほど無理ゲーな気がして来たぜ」
「大丈夫です。勇者になっていただければ私の加護、つまり【女神の加護】を与える事が出来ます。それがあればあなたでも一流の戦士になれます」
「チート能力って感じのやつって訳か」
「一応、我々からもたらされる力は天恵とも言われるものなので、その表現はやめてほしいですが……概ねその認識で結構です。命の危険は極めて低いはずです」
「……」
「それとささやかですが、贈り物もさせていただきます。一つだけ何か希望を叶えてあげます」
「……!」
僕は初めて彼女の話をまともに考えた気がする。
何か希望を叶えてくれるというところ。
「それはつまり、告白が成立するってのも可能なのか?」
女神様は不思議そうな表情をした。
「可能です。ですが……それなら……」
「マジか! なら行くよ、行く行く!」
「え、え~! こんな事で了承してもらえるのですか……?!」
「まあ世界を救うくらいしなきゃ、僕程度があの夢花と釣り合う訳ねえもんな」
「なんとまあ愛は人を狂わせる……ですね」
何を言っているのだこの女神は。彼女は指揮者のように指先を動かす。
「まあ決めてくれたのなら話は以上です。ちゃっちゃと飛ばしましょう。細かい話は後程」
「何か不安になるくらい駆け足だな……」
女神様が手をかざすと僕の周囲に光が走った。光は僕を囲っていて、出ようとして出られるものではない。
これは……嵌められたか? とすら思えた。
「あなたに授けるスキルは【召喚】。遥か異界より物資や人員、スキルを呼びだすものです」
光が強くなる。
再び僕の意識が混濁としてくる。
強烈な眠気が僕を襲う。
「では雲季さん。私の世界をお願いします。それから最後に、向こうに着いたらポケットの中を気にしてくださいね」
そして僕はまた眠りについた。
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