第3話 盗賊との出会いと素っ裸青空放置

 僕の身包みを剥ぎに来た金髪の少女は、腰に手を伸ばして短剣を取り出した。

 それを僕に向けてきた。ギラリと光る刃に僕はたじろいでしまう。

 

「……っ」


 先端恐怖症ではないが、僕に害を与えるつもりで向けられる凶器から放たれる圧のようなものは凄まじく、出会う全てが敵であるかのような彼女の態度に、僕は初めてここが見知った世界ではない事を自覚した。少女に剥かれるのには少し興味があるが、この場合命すら取られてしまいそうなので御免だ。

 

「ねえ」


 少女の体躯は同年代の女子のおよそ平均くらいはあるだろうが、それでも僕より小さい。だが飛び掛かった所で勝てる相手ではない事だけは分かる。

 僕に出来るのは召喚だけだ。それはつまり自分の手で困難を切り開くことが不可能という事。そして召喚をする為のエネルギーが無い。

 詰んでないかこれ。

 いつまでも返答の無い僕に、女の子が地団駄を踏んだ。

 

「こっちが話しかけてるのに無視するわけ?!」

「無視はしてない。ただ何を言っても角が立ちそうなんで黙ってただけだ」

「黙ってても角は立つわよ。ったく」

 

 異世界人が相手でも日本語が通用している。女神様マジックだろうか。

 そして目の前の少女も話せば分かってくれそうなタイプに思えた。やや希望的観測が混じってはいるが……性格の悪い美少女は居ないはずだ。

 

「なああんたさっき道を尋ねてきたよな。実は僕もどこに行けばいいのか困ってるんだよ」

「そうなの?」


 少女が訝し気に僕を見る。まあ普通信用しないよな。

 異世界転生云々は説明がややこしいし、何かペナルティがあるかもしれない。女神様は何も説明してくれなかったけど、おっちょこちょいな女神様は大変萌えるので、説明し忘れた説を押したい。

 とにかくここは上手く誤魔化すしかないところだ。

 

「実は記憶喪失でさ」

「記憶を失ってる人が、こんな場所で一人何してたのよ。作り話をするにしてももう少しセンスってものがあるわよ」

「頭を打っちまって」

「記憶失ってるのに、その理由を覚えてるのは変よね」


 うぎぎ……。

 ダメだ。僕の貧相なポキャブラリではこれ以上、戦えない。

 僕の諦めの速さは100mを9秒58で走れるほどだ。

 決して速くはない。

 正直に話そう。話した上で軌道修正しよう。ペナルティなど知った事か。こちとら命の危機かもしれないんだ。


「実は別の世界から来たんだよ。そのショックで頭がおかしくなった? みたいな?」

「その作り話まだ続ける気なの?! 頭がおかしいのはわざわざ言われなくても分かるわよ」


 失礼な奴だ。

 少女は腕を組んで、僕をじろりと見る。品定めされているような感じで大変気分が良い。

 

「まあ要注意人物ってところかしらね」

「信用はされてないんだな」

「当然でしょ」


 僕も目の前の少女に対して警戒は解いていないのだから、信用されないのは当然か。会話が通じる程度で警戒度合いを下げてしまった僕が全面的に悪い。

 その証拠に彼女はまた短剣を僕に向けた。

 

「アタシはセリア。盗賊団の首領をやってるわ。とりあえずその手に持っている板を置いていきなさい。あまり見た事が無い物だし、きっと高く売れるわ」


 盗賊団の首領に要注意人物と言われたのか僕は。そちらの方がよっぽど要注意じゃないか。


「それは困る」


 流石にスマホを持って行かれると今後の旅に大きな支障が出る。かといって他に渡せる物も無い。

 

「じゃあ、命を貰っていくしかないようね」


 セリアがごく自然な動きで短剣を投擲してきた。

 流石異世界人。容赦なく殺しに来る。僕が来たのはこういう厳しい世界で、いざとなれば警察やらが助けてくれる現代ではないのだ。

 眼前に迫って来る刃に後ずさりした僕は、小石に足を引っかけて尻を打ち付けて転んだ。短剣が頭の上を通り過ぎていく。

 

「……うっそ」


 セリアが絶句している。その隙に僕は短剣を回収した。武器を持ったところで勝てる見込みは無いが、丸腰よりはマシだろう。

 

「あ! アタシの大事な、家宝のナイフを!」

「そんな大事な物を投げるなよ」

「うっさい! 投げられるものがそれしかなかったのよ!」

「なら投げるなよ!」


 唯一の武器を真っ先にロストする盗賊とは。

 相手が僕でなけりゃ、彼女は今頃死んでいる。

 

「アタシの鍛えに鍛えぬいたナイフ投げをあんなあっさり……。よほど運が良いのね」

「まあ……運だけで生きてるようなもんだからな……」


 とか余裕をかましつつも僕の心臓はバクバクと鳴っていた。

 

「いいわ。そういうつもりならこっちも本気で盗らせてもらうわよ」


 セリアが右手を僕に向ける。彼女の手が白い光を帯びる。

 

願盗返しワンダースナッチ!」


 唱えると白い光が世界を覆いつくし、余りの眩しさに目を細める。これがスキルか。彼女のこれまでのセリフを振り返るに恐らく盗む系のスキル。抵抗なんて出来るのか分からないが、スマホを握る手に力を込めた。


「ふふーん。どう? これがアタシのスキルよ。さて何を盗れたか」


 やがて光がやんでいく。何か寒気を感じながら目を開くと、セリアの手に制服が握られていた。

 まさかと思い、下を見るとマジで身包み剝がされていた。


「ぎゃあああああああああ!!!」


 雲一つない草原で、パンツ一丁という事に危険な魅力を感じてしまいそうなのを抑える。

 セリアは僕の制服に鼻を近付けるとくしゃっと顔を歪めた。

 おい。

 

「すんすん。臭っ……。でもいいかぁ。これが戦利品って事で。売れば2000リンはいくでしょう」


 足取り軽やかに少女は去っていこうとする。


「ちょっと待てい! 僕を素っ裸で放っていくな!」

「いや別にもう命まではとらないわよ。アタシだってそこまで鬼畜じゃないわ」


 素っ裸で青空放置は十分に鬼畜だと思うのですが……。彼女の中で鬼畜の定義はかなり違う所にあるらしい。


「物理的には死ななくとも、社会的には瀕死だわ!」

「大丈夫大丈夫。案外優しい人は多いから。きっとお金を恵んでくれるわ」


 それ気を使われているだけですよね。

 勇者として転生したのに開幕早々物乞いとか嫌だ!

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