第55話 一緒にいる約束
[まず、お前は魔王と呼ばれる存在らしい]
とりあえず、情報共有からである。情報が俺に偏っているのはフェアじゃない。
俺は少女と話したことをアジャにも話して聞かせた。
[魔王……。……それ、オババから、聞いたことあるよ。人間が、世界を滅ぼすって大騒ぎしているやつだね]
[ああ。俺も全く詳しくはないんだが、多分人間にとっては良くないやつだな。よく勇者とかにお願いして退治してもらってるって話を聞く。まあ、この世界ではどうだか知らんけど]
[勇者は、知ってるよ。オババも、会ったことあるって]
[へえ]
魔王がいるなら、やはり勇者もいるものなのか。
王道ファンタジーなら勇者のテンプレは特別な子供または異世界から召喚された子供だが、この世界の勇者の定義はどうなっているのだろう。気になるが、流石にアジャはそこまで知らないだろう。逆に人間に聞けばすぐにでも判明する情報だと思われるので、今はスルーだ。
[うん。覚醒者が魔王なら、分かるよ。オババも言ってた。魔王は、生まれるべきじゃないものだって]
[でも竜の群れでは求められてたんだろ?]
[……知らない]
アジャが苦虫を噛んだような顔で、もう一度[あいつらの教えたことなんて、知らない]と強く言ってからそっぽを向いた。
どうやら、覚醒者と魔王が繋がった時点で、アジャの中で竜の群れの大人に対する不信感が一層強くなったようだ。
[魔王は、まあ人間がことさら強く騒いでいるけど、多くの種族が危険視してるって]
[そうなのか]
[危険なんだ。魔物を生み出すモトになるって]
[魔物? っていうと砂トカゲとか砂ネズミとか?]
[ワイバーン、赤顔の巨鳥、あと成竜も、みんなそう。……別にみんな雑魚だけど、多くの種族にとっては結構脅威だって]
ふぅん?
まあ魔物が脅威なのは分かるのだが。
[魔王が魔物を生み出すっていうのは、どういうメカニズムなんだ? 確かに今回のスタンピードはお前が原因だけど、魔物が人間の町に押し寄せただけで生み出されたってわけじゃないだろ?]
[多分……]
聞くに、アジャにそういう魔物を生み出すような能力が目覚めたとかそう言うわけでもないらしい。だとすると、考えられるのは存在しているだけで何かしらに影響を及ぼしているとか、そういうことなのだろうか?
そもそもこれらの情報も全て正確なのかは怪しいところだ。
結局、いまだに色々と不明なのである。
[……覚醒したら討伐される理由は、分かった]
[そうなのか?]
[うん、分かるよ。俺も、もしも客観的に見たら、深く考えずに殺そうとしたかも。積極的にはいかないけど、もし出会ったら疑問を持たずに殺しとこうってなると思う。討伐されたって聞いたら、それは良かったって言うと思う。俺がそうだから、多分、みんなそうなんだ]
[……]
それは、俺が今アジャを通して魔王側に感情移入している故なのだろうが、酷く悲しいことのように感じた。
[──ハチは、]
[うん]
[……、ハチにとっても、魔王は、良くない?]
思わずヒュッと喉が鳴る。魔王というラベルをつけられたら、それはおそらく俺にとっても良くないものだ。俺のようなただの人間が魔王と対峙して、生きて帰ってこれるとは思えないしな。しかし、今の文脈で魔王を示すものは、ほぼアジャになる。
俺にとってアジャが良くないものであるとは、口が裂けても言いたくない。
[そんなこと、]
[ごめんなさい。自分で聞いたのに、もしもハチに言われたら、俺、何するか分からない、かも、しれない。……でも、こんなこと言うのも、ハチの返事を制限してるのかな。俺、ハチについてくって決めたのに、ハチのこと信じられない、のかも。最低だ。こんなの、どうしよう……]
アジャの呟きに、俺は返す言葉を持たなかった。
アジャは疑心暗鬼に陥ってしまっている。この状態の人に声をかけるときには、いつもより慎重に言葉を選ばなければならない。言葉を解釈するときに、意味を悪い方に歪めてしまいやすいのだ。
どんな言葉も悪く解釈されるような気がして、まごつきながら言葉を探すも見つからない。そんな俺に、アジャは弱々しく、けれど存外冷えた声を出した。
[ねえ、ハチ、俺、もしかして、死んだ方がいい……?]
[はあぁ……?]
俺の喉から、思わず、ただ低い声が出た。
俺の気に入らないことに対して、ただ威圧するための声だ。
アジャが、死ぬ? なんだそれ。というか、死んだ方がいいってなんだよ。誰に何の権利があってそんなことが言えるのだ。
瞬時に、ひどく不愉快な気持ちが湧き上がる。俺はおそらく、怒っていた。
俺は慎重に言葉を選んでいる暇もなくて、頭に浮かぶことをそのまま口からこぼし始めた。
[アジャ公。死ぬとか言うな]
ピシャリと、いつになく強い口調で、それは俺の口から出てアジャの言葉を止めさせた。
アジャの口から、そんな言葉は聞きたくなかった。
でも、その言葉を口に出して、俺は同時に猛烈な違和感に苦しんだ。
当然である。死にたいとかそういう言葉は、俺の口によく馴染んだ言葉だったからだ。
自分がやることを他人にやるなとは言えない。もとより俺は人に何かを教えられるほど立派な人間ではない。
でも、そんなこと言ってたら、俺は一生他人に注意なんてできないのだ。
アジャには幸せになってほしい。そのためには多分、色々言った方が良い。
俺は立派ではないけれど、しかし一応曲がりなりにも物事の良し悪しは分かるし、幸せな状況と不幸せな状況の判断もまあまあつく。そしてアジャは優秀だから、大体のことは言えば学ぶ。逆に、アジャに限らず、言われないことは分からないことが多い。
だから、俺ができないからっていろいろなことを言わないのは、アジャにとって大変な損失だ。
俺は自分ができてないこともアジャのために言った方がいいし、そしてアジャに言うからにはできなくちゃいけない。
俺はそっと胸元を握りしめて、息を吸った。
[アジャ公、俺はな、魔王とか知らない]
[へ、]
[一応単語は知ってるんだが、魔王が何者なのかも、なんで人間が魔王を討伐するのかも、実は知らない]
[え、]
[俺はそれをこれから調べるよ]
[!]
[でも、約束しよう]
[……なにを]
[俺はお前に責任を持つ。お前に庇護が要らなくなるまで一緒にいるし、お前を庇護できるように頑張る]
[……]
[頼りないかもしれないけど、明日からも一緒にいるって約束しよう]
こんなものがアジャの安心になるかは分からないけれど、これが今の俺に差し出せる全てであることは確かだった。
[だから、死んだ方がいいとか言うな。他にとってはどうだか知らないけど、俺にとってはアジャが生きていないと嫌だ]
[いや、なんだ]
[嫌だ。当然だろ]
[とうぜん]
アジャがピクリと尻尾を跳ねさせる。どう受け取られたかは分からない。ただアジャは目元を和らげたような気がした。本当のところは分からないけれど。
俺は必死だった。
説教を垂れながら、多分初めてアジャの行動を明確に矯正しようとしながら、俺は自分の死にたいを矯正することを決めた。
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