第52話 情報収集イベント
部屋には朝日が降り注いでいた。
部屋に一つある窓から、透明度の高い光がヴェールのように差し込んでいる。
けれど窓枠に腰掛ける少女が、その光を綺麗なシルエットの形に切り取っていた。朝日を背にした少女の顔は翳っていて、いまだその表情はようとして知れない。
ただ深いウルトラマリンブルーと対比のような赤い唇が白い顔に浮いていた。
『──待、ってくれ。それって、君も魔王ってことじゃないのか?』
さて、まず初めに俺が思ったのは、魔王っていうのは覚醒者のことなのではないかということだ。
覚醒者が魔王なのであれば、色々と辻褄も合う気がする。
覚醒したら何故か人間に殺されること、それなのに最南の砦でそれとなく覚醒者について聞いてみても誰も知らないこと、覚醒すると強くなるらしいこと。
他にも色々とあるが、その時俺の頭で照合できたのはそれくらいか。
魔王ならば、人間が躍起になって殺そうとするのも分かる気がする。
魔王ならば、『覚醒者』という言葉では通じなかったのもまあ頷ける。
魔王ならば、強くなるというのもそれっぽい。
魔王ならば……。
まあほとんど思い込みと推測だけど。
結果、俺はやや混乱しつつ、絞り出すような声を上げた。
アジャは俺が少女に先に声をかけたことに、ひどく不安そうでひどく攻撃的な目をした。少女に向けた言葉は当然大陸言語だ。アジャは俺の言葉が分からなくて不安なのだろう。
しかし、ここを逃してはいけない気がする。これはかなり今後を左右する情報収集イベントであると俺には思われた。
少女は俺の投げかけた疑問にうっそりと目を細めた。
『私が魔王? 失礼ね、私は天使の子』
『天使の子?』
『世界に救済をもたらすんだって。まあ興味ないけどね』
少女が耳の横の細く垂らした髪をくるくると指先で弄ぶ。
返答は以上のようだった。
『わ、わりと何にも分からん……』
『あら、女の子は少し謎めいていた方が魅力的じゃない?』
『それ以前の分からなさだ。俺にとって君は今不審人物のカテゴリにいる』
『あら』
ちょっと不服そうに口を尖らせる少女。
しかし事実である。というかぶっちゃけほとんど敵に近いポジションだろうと踏んでいるのだが、わざわざ言って刺激してもアレなので、やんわりと言ったのだ。
それでも返答の続きはなさそうなので、俺は次の質問をした。
『結局、俺には何をしたんだ』
『私が犯人だと決めつけるなんて、酷い人ね』
『あの状況で君以外にいないだろうが』
『うふ、そうね。大丈夫、ちょっと頭を弄らせてもらっただけよ』
『どこにも大丈夫そうな要素がない』
『うーん、そうね、普通はお兄さんの言う通り大丈夫じゃないものなのだけれど、でもお兄さんは大丈夫みたいなのよね。命令も全然受け付けないから、すごーく大雑把なことしかさせられなかったし。変なの』
『変なのじゃない! 危うく一生もののトラウマを抱えるところだったんだが』
『普通なら廃人行きよ。無事でよかったじゃない』
天使の子とは思えない凶悪さである。
少女は無邪気に可愛らしく欠伸なんぞをしているが、言っている内容がエグくて、それらが妙にチグハグだ。
それが、なんだかアジャと似たチグハグさだと俺は思った。
『……じゃあ、魔王と天使の子の違いは?』
『そんなことも知らないの?』
ここで初めて、少女がキョトンとした表情をして俺を見る。
朝日を背にした翳りが取れて、少女のまんまるく開いた目が見えた。
少女はそして、こくりと首を傾けて考え込む。
『ふぅん? なんで魔王と人間が一緒にいるのかよく分からなかったけど……なぁに、もしかして魔王の恐ろしさを知らないで一緖にいた、ってオチ?』
『いや、まあ……近いかもしれないけど』
『ふぅん。呆れた平和ボケね。っていうか、変だとは思ったのよ。魔王は竜の峡谷から移動なんてしないと思ったのに、のこのこ人里に降りてきて人間に紛れてるなんて。本当に驚いたんだから。あんたが本当に何も知らずに引っ掻き回してたのね』
少女が訳知り顔で頷いた。
なにやら一人で納得したらしい。
『じゃあ平和ボケしたお兄さんに教えてあげるけど、魔王は世界を滅ぼすのよ』
『はあ』
俺は思わず生返事をした。
確かに、アジャであればできなくはなさそうな感じはする。
アジャ自身にそれをやる気はないだろうけど。
『スケールが分からないのかしら? うーん、少なくとも、国は単独で皆殺しにできるわ』
『それは、まあ』
だろうな。アジャの場合、あの神鳴りをぶっ放せば大抵の国は跡形も残らないことは容易に想像がつく。
アジャ自身にそれをやる気はないだろうけど。
『なんで今は隣に置いているのか知らないけど、あなたもいつか殺されるわよ』
『ははは』
俺は思わず乾いた笑いを漏らした。
あまり想像できなかったからだ。
もちろん未来のことは分からない。もしかしたらそういう未来もあるのかもしれない。
でも、そうなった場合は、多分多くの場合で俺が悪いか運が悪いかだと思う。少なくとも、今のアジャにそんな思惑はないし、アジャは優しい子だ。俺はそれを知っている。
言葉にこそしなかったものの、今の笑いで少女は俺の胸の内を察したのだろう。
ひどくつまらなそうな目で俺を見下した。
今まで、俺は少女に辛うじて人扱いされていたような気がするが、それすらもたった今無くなったような、そんな目だった。
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