二つの村の経由道
第48話 旅程
諸君、旅は好きだろうか。
俺は結構好きだ。
見知らぬ土地に行くのはワクワクするし、あー周りの人たちみんな俺のこと知らないんだなーって思うと気が楽だ。なんでもやってみるかーって気持ちになる。旅の恥は掻き捨てってやつだな。
……とかなんとか言ったが、実は俺にまともな旅行経験はない。
小学校の遠足がせいぜいで、修学旅行すらも行ったことがない。家族旅行も全然しない家庭だったし、友人と旅行とかはそもそも友人がいないからしなかったし、一人旅行は発想自体がなかった。
そういう意味では、異世界に飛んでからの一連のあれそれは全て、俺にとってはじめての旅行経験になると言えるかもしれない。はじめてなのにとんでもない旅路だ。とはいえ、悪くはない。
最南の砦を出て、俺は少しわくわくしていた。
[目的地はボネモハの町だな]
[お祭りがあるんでしょ?]
[らしいな。どんな祭りかは着いてからのお楽しみだとかで教えてもらえなかったけど……]
アジャと歩きながら話す。
この世界では、地図が貴重だ。
というか、重要情報だから基本的に一般人は手に入れられないらしい。
では、一般人はどうやって旅をするのかというと、「この国はここから東にある」とかそういう国や町の位置関係の情報を頼りに、方位磁針と照らし合わせて頑張って移動する。
または、目的地に向かう乗合馬車などに乗る。
俺たちの場合は前者だな。
そもそも、この辺はまだ見渡す限り荒野だ。どっちを向いても同じ景色で、方位磁針がないとあっという間に方向が分からなくなってしまうだろう。
[方向くらい太陽を見れば分かるでしょ]
[そんなもん? というか、こっちの世界も太陽は東から西へ移動するのか?]
[……? 東って、日が出る方角のことじゃないの?]
[ああ]
アジャの言葉に、俺は頷いた。
そういえば東の言葉の定義が「日が出る方角」なのか。この世界の東が本当に地球の東と同じ方角なのかは分からないが、どちらも「日が出る方角が東」であることは共通しているのだ。
つまり、大体同じという認識で大丈夫そうだ。
[そういえば、アジャは地図なしでも竜の峡谷から最南の砦まで迷わなかったよな]
[とにかく北に行けば人間が住んでることは知ってたから。それに、最南の砦を目指してたわけじゃないよ。たまたま一番に見つけたのがあそこだっただけ]
つんと澄ましてアジャが言う。
駅前で昼飯を食おうとして、たまたま最初に見つけたラーメン屋に入った、みたいな感覚なのだろうか。
俺はそうかと頷いた。
さて、旅に出るにあたって、俺たちはカーニャの助言に従い旅支度を行った。
旅支度って大変らしい。荷物は多すぎると体力を消耗するし、かと言って足りないととんでもない不自由を強いられることもあるのだとか。
俺とアジャは竜の峡谷からここまでほぼ手ぶらで来たからまあなんとかなるだろとも思うのだが、あった方が良いのは確かだ。
おかげで現在俺とアジャの装備は、初期とは比べられないくらい充実している。
寒さ・砂・かすり傷・虫などから身を守るためのマント、体に固定できる丈夫なリュックに、水や保存食、最低限の衛生用品、その他細々した便利道具。あと、最南の砦を出るときにもらった様々な餞別。
なお、砦を出た当初は二人分の荷物を用意して俺とアジャでそれぞれ背負っていたが、砦を出てしばらく歩き、砦が見えなくなった頃を見計らって、アジャは俺の分の荷物も持ってくれた。
アジャは本当に気遣いも人を立てるのも上手にできるようになってきたな。俺の立つ瀬がないぜ。
[だって、ハチ、体力ないから]
[言い返せない]
確かに俺はアジャに比べたら体力はない。砦で働いているときも、俺は解体中よくバテていたが、アジャは朝から晩まで元気に走り回ってそこらじゅうでウォーターの魔法を使いまくっていた。その上で、夜中に[こんな生活続いたら鈍る……]と眉根を下げて呟いていた記憶がある。
もちろん作業が違うので使う体力は違うのだろうが、たとえ同じ作業だとしても、俺が数時間でバテることをアジャは一週間以上続けられるくらいの桁違いさで、アジャは体力があると思う。
というか、アジャがタフネスすぎるだけで、俺は成人男性として普通だと思うのだ。
そう主張する俺を、ライムグリーンがジトリと見上げた。
[でも、何日も歩くんでしょ]
[まあ、そうだな。大事なのは普通かどうかじゃなくて、必要なことに対して足るか足らないかだな]
そして多分、俺の体力は足りないのだろう。
ここからボネモハの町まで、馬車だと二日、歩くと三日と半日くらいかかるらしい。
そして、そこまでの間に村が二つあって、俺たちはそれらの村を経由してボネモハの町を目指す。
一つ目の村まで歩いて二日とちょっと、二つ目はすぐ隣にあって、ボネモハの町はそこからさらに歩いて一日。合わせて、三日と半日歩き通しになる。
確実に俺は途中でバテる。
[飛べば一時間もかからないのに……]
[でも、もうここから先は人間の領域だ。誰に見られるか分からないからな]
[うん、分かるよ]
アジャが神妙に頷いた。
とはいえ、アジャは何事もなく最南の砦で過ごしたのだ。その間に、見違えるほど人間の常識も覚えたし、よほどのことがない限り大丈夫な気もする。
俺はアジャに向かってのんびりと微笑んだ。何はともあれ、俺もアジャもワクワクしていたのだ。
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