第49話 一つ目の村
道中のことは割愛する。
俺たちは二日間、ひたすら荒野を歩いた。
アジャのおかげで水や寝床には困らず快適な旅であったこと、にも関わらず俺はバテまくって、予定よりもゆっくりしたペースで進んだことだけ、報告しておくとしよう。
そして、砦を出て三日目の夕方、俺たちは一つ目の村に到着した。
この頃には、見渡す限りの荒野だけではなく、やっと遠くにチラホラと山が見え始めていた。
村には、最南の砦ほどではないにしろ周囲の侵入を阻む壁があり、普段は魔物の脅威があることが窺える。
……そういえば、今はスタンピード明けだから魔物がいないけど、普段は冒険者などの護衛を雇わないと荒野の移動は危ないって言われてたな。
ちょうど俺たちが村に入るタイミングで村から出ていく団体がいるみたいで、村の門が開いていた。
そこから、一つの馬車が出てくる。
幌馬車というのだろうか、荷台に覆いがつけられていて、そこに何人かの人が座っていた。そして、馬車を引いているのは普通の馬じゃなかった。
ばんえい競馬にいるみたいな、大きな馬だ。足がすごく太い。立髪がインディアンの人みたいな羽飾りになっていて、全体的にものすごくゴツい。下手すると胴の部分までの高さで俺の身長以上あるんじゃないか。
それがゆっくりと村の門から出て、俺たちの来た方角、最南の砦の方へ向かっていく。
俺はそれを感心しながら見送った。
[はあー、すごい馬だったなぁ。……アジャ公?]
[……]
ふと視線を下ろせば、アジャもそれを見ている。
ライムグリーンがじっと据わっていて、瞳孔がパキリと縦に伸びていた。集中している時の顔だ。
あの馬車になにかあるのだろうか?
俺は黙ってアジャが反応するのを待つ。そうかからずに、アジャはパッと俺の方を見た。
[……ん。ハチ]
[どうしたんだ?]
[いや……別に……]
[別にって反応じゃなかっただろ]
[気のせいかも……]
どうも煮え切らない反応をするアジャ。
俺は首を傾げた。
[あの馬車に何かあったのか?]
[ん……、あんまり、分からない。感じたんだけど、……うまく言えない]
[あまり良くない感じか?]
[いや……良いとか悪いとかじゃない、と思う]
[ふぅん]
結局よく分からない。
アジャが言うなら何かしらはあるのだろうが、馬車はすでに遠くに行っていた。
あの馬、動きはゆったりして見えるのに意外と足が速い。今から走って追いかけても追いつけるか分からない。アジャが本気で走れば追いつけるのだろうが、そこまでする意味はあるのだろうか。
アジャも少し戸惑いを滲ませた顔で馬車を見送っていた。
[追いかけるか?]
[……いや、]
しばし考えた末、大丈夫、とアジャは馬車から視線を外す。
大丈夫、なのだろうか?
俺は少し引っかかったが、アジャが馬車を振り返らずに村の門に進んでいくため、俺ももう一度だけ馬車を振り返って、それからアジャを追いかけた。
村の門はすでに開いている。
そして、その前にはやはり人がいた。
俺は少しだけ目を瞠る。
彼は獣人だった。
ピンと立った三角の大きな耳、砂色と黒の縞縞模様の細長い尻尾、何よりもほぼ獣成分100%な顔。ほとんど白眼のない目はネコ科の特徴を顕著に表出していて、毛並みは砂色に黒のぶち模様。
存外小柄でしなやかな体躯をしており、サーバルキャットのような動物の獣人なのだと思われる。
獣人は最南の砦でも見かけたが、獣成分は人それぞれだった。
耳と尻尾だけのファッションみたいな獣人もいれば、かなりガッツリ獣に近い姿をした獣人もいる。この人は、相当獣寄りの獣人のようだ。
彼は俺たちを見て、鋭い牙の覗く口から訛りのある大陸言語を話した。
『おいおい、腕が立つようにも見えねえってえのに歩きなんてえどうしたんだい!』
『スタンピード明けで魔物はいないって聞いてな。タイミングの合う便もなかったから、こうして歩いてきた』
『だとしてえもよお、いるかもしれえねえだろ! こういうのは油断した奴から死んでえくんだぜ! まったく、たまたま無事だったからいいものを……。でえ、どこから来たんだい? 村には入るのかい? 滞在は何日?』
『最南の砦から。村に入りたい。もう遅いし、一晩泊めてほしい』
『あいよ。まあ知ってえるかもしれえねえが、ここは冒険者さんがよく通るんでえねえ、宿は小さいけえどあるよ。てえか、この時期に最南の砦から? 避難はしなかったのかい? つい最近までえここにもわんさか怪我した冒険者さんたちが通ってえったし、魔物の素材を運ぶ行商もひっきりなしよ! 相当ヤバかったんだろ?』
この人、よく喋る人だな。独特な訛りも手伝って、気さくな感じで話しやすい。
何より、興味津々にきょろきょろと輝く猫目が可愛らしかった。
俺は苦笑して頷く。
『まあな、ヤバかったらしいな。俺は前線にはいなかったからそんなに詳しくないけど……。ワイバーンや成竜も出たって。少しだけ解体に参加したよ。砂ネズミがこーんなに山と積み上がってた。砂トカゲも、何十体も並んでて』
『ああ、砂ネズミや砂トカゲの群れえだけえでも小せえ村はやべえからな。成竜なんか、一体でえ小せえ国なら滅ぶ。本当に、冒険者さんたち様様だよ。あそこが突破されえたらここの村もあっちの村も引き潰されえるだけえだ』
『そうだな』
『嬢ちゃんなんかは怖かったんじゃねえのかい? ん?』
『あ、悪い、この子は最近親を失って俺に保護されたばかりなんだ。ドラゴニュートの子で、大陸言語がまだ喋れない。俺が通訳できるから、ちょっと待ってくれ』
『へえ、大陸言語が喋れえないなんてえ、どこの僻地に住んでえたんだい? よっぽどだろ?』
『俺も行き合っただけだから、あんまり詳しくないんだ。地頭はいい子だから言葉はすぐにでも覚えるよ』
『俺だったらおべんきょは勘弁だがねえ』
彼はケラケラと笑った。
アジャも雰囲気から話が弾んでいるのは分かるようで、ふにゃふにゃと口元を綻ばせている。
というか、これだけお喋りならさっきの馬車についても何か知っているかもしれないなと俺は思った。さっきの馬車について、やはり少し引っかかっているのである。
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