閑話 サイラスの憶測②
さて、サイラスからしたら、アジャコウに比べて謎じゃないだけで、ハチも普通に謎である。
あの顔立ちは確実にこの辺の人種ではない。
妙に世間知らずなわりに、立ち居振る舞いも言葉遣いも整っているから、育ちが良いのは確実だ。
話してみる感じ、極端に魔物や冒険者についての知識がないだけで教養はある。価値観もまあ常識的だし、物腰も穏やかで、身分を笠に着る態度もない。少なくとも確実に冒険者界隈とは遠い場所で生活していたのだろう。
カーニャも懐いているし、身を挺して助けようとしたことからも人柄的に良い奴なのは分かる。
だったらなんでこんなところに身一つで放り出されてんだよ、って話だが。
カーニャ曰く、彼の話す生い立ち関係の話はほぼ嘘らしい。
真実と嘘を絶妙に混ぜてくるし、そもそも嘘になる部分は明確に喋らず話をそらしてくるし、平気な顔でさらりと喋るからカーニャでも気を抜くとどっちか分からなくなるようだ。そんなこと今まであったか? 恐ろしい。
しかもその上でカーニャに懐かれているのも恐ろしすぎる。腹芸のプロかよ。
そもそも、スタンピードがやってきた場所からやってくること自体がこれ以上ないほど不自然だしな。
物見櫓担当から『南方向から人が歩いてきた。対応してくれ』って言われたとき、どうしようかと思ったもんよ。
俺ははぐれ魔物が来た時の対応要員だろ〜!? と目を剥いたもんだ。
話を聞いたら、保証人もいねぇし金も食糧も無いときた。
どうしろって言うんだ。
『俺は、うちのギルドで抱えることにならなくて良かったと思ってるよ。まーたマスターに小言言われんだから、トラブル付きばっか拾ってくるってよー』
苦し紛れにギルドで一時的に雇う形にしたが、なんとか丸く収まってくれて本当に良かった。問題が起こったら俺がマスターからどやされるんだもんよ。
うちのマスターはおっかねぇのだ。
カーニャが頬を膨らませた。
『むう……。悪かったっスね、どうせ私がトラブル付き筆頭ですよーだ』
『拗ねるな、拗ねるな。お前のはもう解決しただろ』
『むう……』
カーニャが苦々しい顔をする。
まあ、解決したとはいえ、カーニャの件は本当にいろいろあったからな。
カーニャをはじめとして、俺が拾ったり雇ったりするのはトラブルを抱えている奴が多い。
とはいってもそんなの、ただそういう傾向があるってだけだ。
そもそも拾われるような身分の奴は、大きさはどうあれトラブルを抱えているものだろう。だって、トラブルがあったから身寄りがなくなってるんだろうに。
『いーや、サイラスさんは普通なら避けるところを、仕方なさげにしながら面白がって絡みに行くからギルマスから怒られるんスよ。そのくせ隠蔽が姑息だし』
半目で俺をジトッと見るカーニャ。
カーニャは、他の人の前だとにこにこしているのに、俺の前だと小生意気である。
『私のときもそうだったっスけど、ハチさんとアジャコウとか、もう明らかに怪しかったじゃないっスか。目に見えて厄介ごと抱えてるじゃないっスか』
『……まあな』
俺は半笑いで頷いた。
俺と同じく指揮権を任されているAランクの魔法使いに、『私だったらゼッッッタイに雇わないわ。頭沸いてんじゃないの、見りゃ分かるでしょ、ヤバいわよアレは!』と罵られるくらいだ。
分かる、分かる。
俺だって馬鹿じゃないんだ、ヤバいのは見れば分かる。というか、アレは誰が見ても分かるくらいヤバいと思う。
だがしかしである。
ギルマスが戻る前に上手く収めれば、問題ないんじゃねえの?
何より、あそこまであからさまにヤバいともう逆に面白いじゃないか。
『ギルマスに怒られるに大銀貨一枚賭けるっス』
『やめろやめろ。賭けにならないだろ』
『サイラスさんはせめて怒られない方に賭けるのが筋っスよ!?』
カーニャが幼い甲高さの残る声で喚く。
俺は知らんぷりを決め込んだ。
いいじゃないか。仮とはいえギルドの責任を負うのは意外と大変なのだ。気分転換に少し遊ぶくらい多めに見て欲しい。
そろそろ出かけていったギルマスたちも戻ってくるだろう。
スタンピードの後処理ももうじき終わる。これが終われば、しばらくは休暇だ。
しかし、スタンピードといえば、今回のスタンピードは本当に異常だった。
荒野の魔物が根こそぎやってきたのではないのだろうか。荒野の奥の峡谷周辺に住むワイバーンや、最後には複数の成竜までやってくるし、ラダバじゃ前代未聞くらいに大規模なスタンピードだったと思う。
Sランクの冒険者が4人もいたからやっと凌げたのだ。
彼らが1人でも欠けていたら、この砦は何もかも潰されて更地になったに違いない。その先にあったラダバ王国に属する町々も多くが犠牲になっただろう。
最近シュレイアーリア精霊君主国も魔物のスタンピードで滅んだらしいし、何か大変なことが起こっているのかもしれない。
ギルマスをはじめとしたSランクの奴らも、そう思ったからすぐに連絡を回しに行ったんだ。
どこかで、微かな不安が胸を支配していた。
現在俺はここの責任者になっている手前下手なことは言えないが、俺はずっと得体の知れない小さな不安を感じていた。
──それが明確に形になったのは、我がギルドのSランクの一人、狂戦士のディジュランが一足先に帰ってきてからのことだ。
『今回のスタンピードの原因だが、王都で関連しそうな情報を得た。教会で神託があったそうだ』
『は、神託ってまさか……!』
『ああ。──竜の峡谷で、魔王が誕生した』
それを聞いて、一瞬妙な推測が頭を過ったものの、俺はそれに蓋をした。
だって、まさか、あり得ないことだ。
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