閑話 サイラスの憶測


 巨狼の棲処といえば、ラダバ王国の大手ギルドだ。


 Sランク冒険者が3人も所属しており、ギルドメンバーの数も多い。所有設備やその管理もしっかりしており、関係者とも良好な関係を築いている。スタンピードがあると駆けつけたり、国の依頼を受けて害を及ぼす魔物を討伐したりしているので、評判も良い。


 そんな巨狼の棲処の所属メンバーには、お人好しが多いと有名だ。

 メンバーの実に三分の一ほどが捨て子であり、既存メンバーの誰かしらに拾われている。それゆえか結束が固く、実はそこらのギルドよりも縦関係がきっちりしているという特徴がある。


 ひとつ、基本的に、拾った子供は拾った奴が面倒を見る。

 ひとつ、拾われた方は絶対服従、拾った方は絶対擁護。


 などなど、これらのルールを徹底しているおかげで、一部例外を除いて指揮系統が明確になっているのだ。


 そんなわけで、ギルマスをはじめとするSランク冒険者たちが不在となった今も、巨狼の棲処は特に混乱することもなくスタンピードの後処理を進められている。


 ──俺はサイラス。

 巨狼の棲処に所属する、Aランク冒険者である。


 自慢じゃないが色々器用にできる性質であるので、それを買われて現在最南の砦で指揮権の一角を任せてもらっている。


『はあ〜、サイラスさぁん』

『なんだよ』

『ハチさんとアジャコウ、行っちゃったっスねー』

『お前そればっかだな』

『だって〜』


 後ろで一つに三つ編みにした髪をぴょこんと跳ねさせて、カーニャが頬を膨らませた。


 真っ昼間、本来ならカーニャもギルドの仕事に携わっている時間なのだが、今日は俺の権限で休みにしてやっている。

 カーニャは、俺についてきては事あるごとにピヨピヨと愚痴を言いながら休日を潰すことを選んだらしい。俺が仕事を捌く横でピヨピヨ言っている。


 その内容は、今回俺が雇った人物たちについてだ。


 ハチとアジャコウ。


 スタンピードがやってきた方向から歩いてきた、世間知らずな男と幼いドラゴニュートである。


『ハチさんとアジャコウ、無事に町に着けるっスかねー』

『アジャコウがいるんだから大丈夫だろ』

『アジャコウ子供っスよ?』

『……』


 カーニャの言葉に、俺はただ肩を竦めた。


 カーニャは、俺が拾った孤児だ。

 いろいろあって、本当にいろいろあって、ギルドの下働きとして他のスラムの子供たちとまとめて拾った。今では、ギルドになくてはならない存在だ。


 カーニャは、人の気持ちを読み取る能力を持つ。

 これが、態度から察するとかではなく、本当に心を見透かすらしいのである。


 カーニャとは初対面の奴を何十人か並ばせて、カーニャは知らない個人的な話を順番に話させ、嘘か本当かを当てさせるという鬼のようなことをギルマスがやらせた結果、すべてピタリと当てて見せたので、カーニャの力は本物だ。


 さて、そんなカーニャは、ギルドにやってくる新顔への試金石である。


 後ろ暗い思惑を持つ奴はカーニャと話をさせれば即座に丸裸になるので、そりゃあ使わない手はない。

 件のハチとアジャコウにも、当然カーニャをあてがった。


 結果はご覧の通り。


『サイラスさーん、ハチさんとアジャコウ、行っちゃったっスねー』

『はいはい。寂しいな』

『うぅー、今はスタンピード明けで魔物はほぼいないとはいえ、ギルドと一緒に移動した方が安全なのに。なんならギルドに入れば良かったのに』

『いやそれは流石に』

『なんでっスかー? 確かにハチさんは面倒ごと抱えてそうっスけど、アジャコウは力持ちだし、魔法の才能あるし、ドラゴニュートだから将来に期待できそうっスよ?』

『はっはっは』


 俺は乾いた笑いを漏らした。


 カーニャ本人の申告により、言葉が通じない相手にカーニャの能力が通じないのは分かっている。だからカーニャはアジャコウよりもハチを警戒していた。実際、ハチにも相当いろいろあるのだろう。


 しかし、本当にヤバい面倒ごとを抱えてそうなのは、むしろアジャコウの方だがな。


 あのパワー、魔法、時々俺たちを見る鋭い視線。はじめの頃なんか警戒と殺意を隠しもしなかったし、打ち解けてきてからも時々強者独特の傲慢な雰囲気を見せてくる。


 Bランク以下の奴らは誰も気付いていないし、Aランクでも白兵戦が得意ではない奴らは気付いていないだろうが、おそらくあれは俺よりも強い。


 ……いや、確かヨンが『あの子、魔力ヤバいね。ハイエルフ並み』とか言っていたから、本領は魔法なのだろうか。


 信じ難いが、スタンピードをやり過ごしたというのもきっとマジなのだろう。

 俺には絶対に無理だが、Sランクならあの規模のスタンピードでもやり過ごすだけならできないことはないと思う。


 そう考えると、アジャコウはSランク並みの実力があることになるが……。


 ドラゴニュートは種族的に強い者が多いから、戦闘が苦手な者でもDランク相当の実力を持つ場合がザラにあるらしい。

 だから、戦えること自体は不思議ではない。ないが、あの幼さであそこまでヤバいのは流石に自然じゃない。


 妙に痩せていたのも気になるし、角も尻尾も普通のドラゴニュートとは少し違う気がする。あまり一般的なドラゴニュートを知らないので確実なことは言えないが。


 とにかく、アジャコウには何かしらあるのだろう。


 不思議なのは、そんなアジャコウがハチに懐いていることだ。


 俺も最初はハチは貴族崩れだろうと思ったから、何か良からぬ手を使って操っているのかもしれないと思った。そういう隷属系の魔法具はまだ秘密裏に流通していると聞くしな。


 しかし、見ていれば分かる。

 アジャコウは純粋にハチに懐いているし、ハチもアジャコウを純粋に大切にしている。そこに関してはカーニャもお墨付きだ。


 ドラゴニュートが実力主義なのは有名である。

 高ランクのドラゴニュートの女冒険者が、えらく美人で言い寄る男も多いのに、自分より強い者じゃないと相手にしないという話もあるし。


 ハチはどう考えても強くない。

 力もないし、体力もない。下手すると普通の田舎村の男よりもひ弱だと思う。実力主義のドラゴニュートに気に入られる要素は正直ゼロだ。まだ俺の方が可能性があるってものである。

 どうやってハチはアジャコウに認められたのだろう?


 兎角、あの二人には謎が多かった。

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