第47話 最南の砦からの出発
砦を出るときは、結構たくさんの人が見送ってくれた。
なんだかんだとアジャは目立ったので、そのせいだろう。フードファイトショーを見にきただけの人なんかも挨拶に来てくれたし、カーニャをはじめ、仲良くなった人たちには餞別をくれる人も多かった。
おかげで意外と懐は暖かい。
そう、俺たちの荷物は、ここに来るまでに持っていた俺の鞄と、ここに来てからの稼ぎで揃えたものしかない。稼ぎも少ないから本当に最低限だ。
けれど、カーニャは解体ナイフを餞別にくれたし、サイラスさんは火属性のクズ魔石というやつをくれた。
解体ナイフは言わずもがな解体に使えるし、野営地を建てるときに藪を切り払うのに使えるのを始め、旅においてかなり使いどころの多い道具なのだとか。クズ魔石は質の悪い魔石のことで、火属性であれば火を起こすときの着火剤のように使えるらしい。
……ちなみに、サイラスさんのはカーニャが選んでサイラスさんのお金でちょっとお高めのものを買わせたらしい。そうでなければ餞別なんて準備していなかったとサイラスさんが言っていた。
だよな。サイラスさんから餞別をもらえるとは思ってなかったもん。
そんな感じで様々な人からちょっとしたものをもらった。ものは人によって結構個性が出て面白い。
中でも、ヨンさんは意外なものをくれた。
魔法を使うための杖だ。
〈はい、アジャコウに。人間だと結構勝手に魔法を覚えちゃうからアレだけど、エルフは師匠が弟子の門出に杖を贈るんだよ。まあ俺は師匠ってほどのことはしてないけど、これも縁だしね〉
〈……ヨンさん、ありがとう〉
〈あ、ありがとう。でもいいのか? 安いものじゃないだろ〉
〈まーね、感謝してね〉
ヨンさんがくれた杖は、シンプルだが上品な木の杖だった。限りなく黒に近い艶々した焦げ茶色で、アジャの角の色に合わせたのだろう。
アジャは頬を赤くして、結構嬉しそうだ。
俺もにこにこしていると、ヨンさんがつんと俺の腕を突いてきた。
〈〈ハチくん、ハチくん〉〉
〈〈はい?〉〉
ちなみに、ヨンさんと仲良くなってしばらくしてから、彼はアジャのことをアジャコウと呼び捨てにして、俺のことをハチくんと呼ぶようになった。
アジャのことは最初アジャコウちゃんと呼んでいたので、おそらく話せるようになって性別を知り、呼び方も変わったのだろう。
それはさておき、ヨンさんの言葉は今までの精霊言語となんだか違った。
〈〈わお、これいつもの水に通ずる言語じゃなくて古いエルフ語なんだけど、分かるなんてすごいね? 言語の学者っていうのも意外と侮れないもんだなぁ〉〉
〈〈……あんた、水に通ずる言語しか喋れないって言ってなかったか?〉〉
〈〈そこは見逃しておくれよ。秘密の話がしたいんだ〉〉
〈〈古いエルフ語なら、今時のエルフも知らないからね〉〉とヨンさんは目を細めた。古語みたいなものか。
にしても、秘密の話、とはなんだろう?
俺が神妙な顔をすると、ヨンさんも周囲に目を走らせてから不自然でない程度に声をひそめる。
〈〈ハチくん、詳しくは聞かないけど、しっかり見ててあげなよ。あの子、おかしいからね〉〉
〈〈おかしいって……〉〉
〈〈杖なしで魔法が使えるんだ〉〉
ギクッとした。
あの落下物事件の時のアジャを見ていたのか?
正直、俺は杖なしで魔法を使うおかしさが分からない。けれど彼がおかしいと言うなら、他にもおかしいと思う人は確実にいる。
ヨンさんを見ると、彼は複雑な顔をして俺を見ていた。
〈〈……安心しなよ。多分俺しか見てない〉〉
〈〈そうか〉〉
〈〈誰にも言わないよ〉〉
〈〈そうしてくれ〉〉
〈〈ほんと、世界樹に誓うから。いやハーフエルフがこれ言うと逆に胡散臭い?〉〉
〈〈エルフでもハーフエルフでもその文言の重さは俺には分からん〉〉
〈〈とりあえずホントに誓うから、安心してよ〉〉
〈〈……分かった〉〉
俺はゆっくりと頷く。
わざわざ言いにきたということは、ヨンさんの言葉に嘘はないと思って良いだろう。
そもそも杖なしで魔法が使えるって、どれくらいの情報なのか分からない。ヨンさんの様子から、結構ヤバそうなのが辛うじて察せる程度だ。
ヨンさんはそれを察したのか、付け加えた。
〈〈あ、杖なしで魔法が使えるおかしさは分かる? 普通無理だからね。えっとさ、魔法って、究極的に言えば1から10まで魔力操作なんだ。魔力を体外に放出して変質させるの。でもさ、何の補助もなく魔力を体外に出して、尚且つ自由に動かして、さらに自由に変質させるのは無理だからね。脳みそ100個あっても無理だから!〉〉
〈〈そんなに?〉〉
〈〈そう。だから、魔法には呪文をはじめ、いろいろ方法があるの。精霊魔法や人間の魔法だったら、魔力の変質は精霊にお願いしてるし、位置の指定には杖がいる。杖がいらないのは、例えば魔法を展開したい位置まで術者から汲み取って良しなにやってくれるくらい仲が良い精霊がいる魔法使いだけだ。そんな奴、伝説上でなら何人かいるけど、生きてるのは云千年生きてるハイエルフしか見たことない。とにかく、誰が見ても一発で分かる異常だよ〉〉
〈〈なるほど〉〉
思ったよりも結構ヤバいな。
これは、ヨンさんが気を回してくれたことに感謝しなければ。俺とアジャだけだと、やらかす可能性が高かったと思う。
〈〈杖は贈っておいたから、とにかく気をつけなよ〉〉
〈〈分かった。……ありがとう。本当に、感謝している〉〉
〈〈お、おう……照れ臭いな……出世払いでいいよ〉〉
〈〈分かった。……本当にありがとう〉〉
ヨンさんはちゃっかりと笑った。
でも、本当に出世払いで返ってくるなんて思っていないのだろう。俺だって返せるかどうかは分からない。
けれど、もしも次に会う機会があったら、ちゃんと返そうと思った。
ーーーー
ガランとした部屋で、俺たちは顔を見合わせる。
俺たちがこの最南の砦滞在時にずっと使わせてもらっていた部屋だ。
[はい、キャラメル。これが最後だ]
[……とっといちゃ、ダメかな]
[ダメですね。そろそろ悪くなってないか心配だ]
[……]
[……いつか、作ろうな]
[うん]
名残惜しそうにしながらも、アジャが頷く。そうして、最後のキャラメルをそっと口の中に置いて、じんわりと味わうように噛み締めた。
俺はそれを眺めながら、キャラメルの空き箱を鞄の奥底にしまう。この鞄ももうボロボロだし、スーツはすでに捨てたし、俺のもとの持ち物はどんどん減ってきた。その代わり、新しい持ち物がどんどん増えている。
[さてアジャ公、忘れ物はないか?]
[ない、と思う。……ハチ、あのね]
[うん]
[……忘れ物、って、変だね]
[ああ、アジャ公は最初身一つだったもんな。忘れ物も何もないよな。でもこれから増えるぜ]
[……そっか]
[うん]
そんな感じで、俺たちは旅立った。
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