第46話 カーニャの秘密②


 カーニャはぐっと身を乗り出して俺の目を覗き込んできた。


『ハチさん、あのね。さっきも言った通り、私は難しいことなんて分からなくて、気持ちがなんとなく分かるだけなんスよ』

『うん』

『そんな私が思うに、命の代わりに人を助けるのって、しんどいっス。助けられた方もその周りも、助けて死んだ人の周りも、喜びきれない。それに助けた人が明日死んだら価値なくなるっスよ』

『シビアだな』

『それだったら、ずっと一緒にいる約束をして、そのつもりで生きてほしいっス。そしたらね、誰もしんどくないし、約束してくれた方は何にも代えられない安心をもらえるっス。両方生き残る可能性も上がる。──ハチさんは、アジャコウに安心はあげないっスか』

『……』


 なんとも言えなくて、俺は押し黙った。


 押し黙ったけれど、最後の問いへの答えは決まっている。


 俺は多分、最近ずっとアジャを幸せにするために行動している。言葉を教えるのも魔法を教えてくれる人を探すのも、なんならこれから一緒に過ごすのも、多分全部そうだ。

 もちろん自分のためでもあるけれど、でもあんな良い子なんだから幸せになってほしい気持ちは確実にある。


 そして、幸せのためには安心が必要で、だから俺は買ってでもアジャに安心をあげたいのだ。


 果たして、俺の約束なんかでアジャが安心を得られるかは置いておいて。


『分かったよ。もうしない』


 だから俺は言った。


『カーニャのことは大切だよ。だから助けようとした、そこは本当だ。でも俺はアジャ公が大切だ。うん、よく考えるようにする』

『……えへ、ありがとうっス』


 カーニャは心底嬉しそうに笑った。


 カーニャは、やっぱり優しい子だ。


『ちゃんと本気なの、分かったっス。あと、ハチさんが私にすごい好意的なのも』

『いや、まあ当たってるけども……。ちなみに、気持ちが分かるってどうやって証明したの? サイラスさんに信頼されてるってことは、信じてもらえてるってことだろ?』

『試してみるっスか?』


 にやりと挑発的に笑うカーニャ。

 俺もわざとらしく目を細めた。


『なにか言ってくれれば判定して見せるっスよ』

『んーじゃあ……。俺「スーツ」に特にこだわりなくて、しばらく「AOKI」と「青山」の見分けつかなかった』

『うわ、私の知らない言葉並べ立ててきたっスね』

『嘘かホントか見分けつくって言ってなかったっけ?』


 気持ちで判断してるなら、知らない概念出されても大丈夫だと思ったんだけど。


 カーニャがぷんすこと拗ねる表情をした。


『つくっスよ。確認方法がギルマスみたいな意地悪さでビックリしただけっス! 今のは、嘘じゃないっスね。ついでに、今でも心底どうでもいいって思ってるでしょ』

『当たり。うーん、凄いな。マジで分かるんだ。当てずっぽうじゃないよな?』


 スーツについては似合わないのでマジでどれも同じだと思っている。そもそも着る機会もほぼ無いし。


 でも、占いとかも曖昧な誰にでも当てはまるようなことを言って、「当たってる」と思わせるらしいしな。


 俺の疑念をカーニャは読み取ったようだ。彼女は『ふふーん』と挑発的に目を細める。


『気が済むまで付き合うっスよ。ハチさん平気な顔で嘘つくっスから、油断すると私も全然分かんなくて、サイラスさんに報告できる内容がふわっとしてて困ってんス。とりあえず人柄は信用できるとしか言えない』

『むしろよく人柄に太鼓判押したな?』

『ハチさん出自にしか嘘ついてないっスもん。私に頼りにしてるって言ったのも、サイラスさんは騙さないだろうって言ったのも、ヨンさんに教えを乞いたいって言ったのも、全部裏とか思惑とかなくて、誠実な言葉だったっス。ハチさんは基本は善良で、身内に甘いっス。あとなんだかんだ子供に甘い。私のことはすでにわりと身内に入れてくれてるみたいっスね』

『……えげつないな、そんなに人の性格断定してくるの?』

『分かるっスよ、話をすれば』


 カーニャが思わせぶりに目を細めた。ヘーゼルの瞳がどこか悪戯っぽく笑っている。


『ついでに、アジャコウのことをすっごく大切にしてて、そのせい? なんスかね? 色々警戒してるような?』と付け加えた。

 うーん、当たってる。


『不審者相手の人間探知機になるわけだわ。そんだけ分かれば自分やギルドに不利益な奴は丸裸じゃん』

『んふ。そっスよ! 私結構信用されてんス! 私が懐いてお世話する人は安全だからギルドみんな親切になるし、私があんまり懐かない人は良くない人だから、速やかにギルドから出ていくようにみんなそれとなく誘導してくれるっス! 私の能力を知ってるのはサイラスさんとギルドのトップだけなんスけど、多分みんな私の役割はなんとなく察してるっス』

『なるほどな。聞けば聞くほどえげつない……てか待て、なんで俺にそんな話をしたんだ』


 ギルドメンバーすら知らない話らしいのに。


『んー……。これは能力で分かったとかじゃなくて完全に私の勘っスけど……。ハチさんと仲良くなっとくと、将来いいことある気がするんスよ』


 カーニャがきらりとヘーゼルの瞳を光らせた。

 俺は今度こそ曖昧な笑みを返す。


『それは、見込み違いじゃないか?』

『失礼な! スラムだと誰に取り入るかすぐに判断しないと死ぬっスから、これでもかなりそういう力は鍛えられてるつもりっス! 今後も何かあったら巨狼の棲処をご贔屓にするっスよ! 巨狼の棲処をよろしく!!』


 セールストークか。

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