第45話 カーニャの秘密
カーニャを訪ねると、カーニャは部屋に一人でいて、意外にもケロッとしていた。
サイラスさんはすでにカーニャのもとを離れ、事件の収拾に戻ったらしい。
彼女は俺を見て、『ハチさん、さっきはごめんなさい』と頭を下げる。そして、俺が突き飛ばして助けたことについてお礼を言われた。
実に落ち着いた態度だが、目元は少しだけ赤くなっていて、いつもちょこんと三つ編みにまとめている髪を下ろしていた。そうしていると、いつもよりも少女然としている。
カーニャは俺に、『話がしたい』と言った。
『話?』
『どうしようか迷ってたんスけど、さっきのことで決心がついたっス』
何やら真剣な話らしい。
俺は頷き、部屋の扉を閉めて、カーニャに向かい合うように椅子を移動させて座った。
カーニャはその間も俺の様子をじっと見ている。
『……ハチさん』
『うん』
『私の秘密の話を聞いてほしいっス』
カーニャの秘密か。
カーニャには確かに色々ありそうだった。貴族と何やら確執がありそうだったり、そういうのだ。何故話してくれる気になったのだろうか。
俺は黙って続きを促す。
彼女は2回ほど息を吸って吐いて、それから声を発した。
『……私ね、人の気持ちが分かるっス』
『へえ』
『信じてもらえないかもしれないっスけど、結構確信を持って分かるんで、これはなにかの能力だと思います』
俺はいつもの如くふぅんと相槌を打つ。
不思議な能力だな。
魔法ではないのかと思ったが、カーニャは魔法が使えないらしいし、そもそもおそらく人の気持ちを読む魔法というのは存在しない気がする。
ヨンさんの魔法講座の感じからするに、魔法はその多くが自然現象の操作だ。多分科学に近い。心などの曖昧模糊なものは干渉不可能だろう。
であれば、カーニャオリジナルの謎メカニズムの能力だと考えられる。俺の謎翻訳と似たようなものなのか?
カーニャは続けた。
『こう、話しているのを聞くと、嘘だな、とか本当だな、とか。それ以外にも、こういう性格の人なんだなとか、今こんな気持ちだとか、私のことをどう思ってるかとか、そういうのが全部、話している声や様子からなんとなく分かるんスよ』
『なにそれ、やべーな』
だからカーニャは不審者のジャッジ任されてんのか。
なかなか凄い力だ。対人において最強と言っても良い。だって、自分にとって信用できる人物か否かが分かるし、誤解も起きにくそうだ。
曰く、社会のトラブルの8割は人間関係に起因するトラブルらしい。
つまり人社会を渡っていく上で、人間関係さえ円満ならばほとんどのトラブルとは無縁でいられる。
おそらく貴族と何かあったのもそれが原因だろう。人の上に立つ立場にあって、その能力は垂涎もののはずだ。予想通りカーニャは『そのせいで貴族さんとは色々あったっスね』と言う。
だろうな。俺もできるならその力欲しいもん。
『だから、ハチさんが良い人なのはすぐ分かったっス。でも嘘つきな人なのも分かってたっスよ。……なんとなくっスけど』
おっと。
カーニャと目があって、ヘーゼルの目が『してやったり』と笑みの形に歪んだ。
『……こりゃまいったな』
『まあ、言葉が分からないと全部ぼんやりしちゃうっスから、アジャコウのことは実はふわっとしてんスけど』
俺は頬を引き攣らせる。
もしかして、カーニャがアジャと積極的にコミュニケーション取りに来てたのは、それが理由か?
好意的なのは嘘じゃないんだろうけど、多分俺の考えも間違ってはいない。
カーニャ、意外と強かだな。
当のカーニャは、勿体ぶるように俺に視線をよこした。
『──本気で助けてくれたのも、分かったっス』
先程の落下物事件のことだろう。
もちろん本気で助けたのだから当たり前のことだが、カーニャが気にしているのはそこではないらしい。ヘーゼルの瞳がギラリと強く光った。
『ハチさん、おかしいっスよ』
『おかしいかな』
『死ぬの分かってて助けたでしょ。おかしいっスよ』
『……』
『自分の子供なら、百歩譲って分かるっス。でもハチさんと私は会って少し一緒に過ごしただけ。命張るとこ違うじゃないっスか』
『……そうかな』
『そうっスよ』
カーニャは真剣だった。
酷く真剣な顔で、『アジャコウが可哀想っス』と言った。
……可哀想。アジャが可哀想ときたか。
俺は苦笑いしてしまう。
カーニャはそんな俺にムッとして、俺に指を突きつけた。
『笑い事じゃないんスよ! アジャコウは確かにすごいっス。きっと、一人でも、スラムでも、生きていける。根っからの強者だと思うっス。でも、ハチさんはそれでも、アジャコウの保護者じゃないっスか』
保護者のつもりはなかった。
いつだったかアジャと話したが、俺はアジャに責任を持つつもりはなかった。
持てないと思っていたからだ。
だって、自分のことすらまともにできない。
それなのにどうして子供の面倒など見れようか。今俺がアジャと一緒にいるのは偶然で、偶然一緒にいるから俺はできる範囲で気を回しているに過ぎない。
アジャが俺の言葉を聞こうとしてくれるから成り立っているだけの関係なのだ。
俺はアジャを庇護しているわけではない。
カーニャは、そんな俺に目を細めた。
『ハチさん、私の目を見て話してください。分からないっス』
『いや、特に何も、』
『嘘っスよ。サイラスさんがギルマス相手に言い逃れしてるときと似た気持ちを感じるっス!』
『サイラスさぁん』
サイラスさんはいつも何をしているんだ。
ちょっと心配になった俺だった。
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