第43話 落下事故
相談の末、俺とアジャは一週間後にこの最南の砦を発つことにした。
別に必ずしもサイラスさんの言う通りにする必要はないと思うし、なんなら巨狼の棲処の拠点までご一緒するという選択肢もあった。
ここは一応人里とはいえ、周囲一帯はまだ荒野だ。そして一番近い村までは、歩きで二日とちょっと、馬車だと一日半はかかる。多分アジャがドラゴンになって飛べば一瞬だがそれは禁じ手なので、俺たちが取れる手段は歩きか馬車だ。そして馬車は高いので、基本は歩きになる。
巨狼の棲処と一緒に移動すれば馬車移動になるし、旅程の食事は保証されるので色々節約になる。
なのにそれをしないのは、単純にアジャが祭りに興味を示したからだった。
『寂しーっス!!』
『あはは、ありがとう。俺も寂しいよ』
カーニャが叫んだ。
ここを発つ話をしてから、カーニャはしきりに寂しいと言ってくれる。そして、俺にもアジャにもいつもよりちょっとだけ構ってくるようになった。
今朝も、ちょっとだけ早く俺たちの部屋に迎えにきている。
本気で寂しがってくれているようだ。
アジャも大陸言語が話せないなりにカーニャの言っていることが分かるようで、少し揺らいでいた。
でも、[どうせいつか別れるなら、決心がついた今がいい]とのこと。アジャが出立を急いだ理由の一つだろう。
カーニャは手際良く解体道具をまとめながらも、拗ねたように目を細めた。
『どーせサイラスさんが急かしたっスね。無視して居座ってやればいーっスよ。ギルマスはハチさんのこと気に入ると思うっス』
『そうなのか?』
『あの人冷静冷酷に見えて超面白いもの好きっスよ。ハチさんのことは絶対面白がるっス』
『面白い枠かよ』
話を聞く感じ、ギルマスさんはクセのある人みたいだ。会ってみたい気がしないでもないが、また縁があったらということで。
カーニャがふと、足を止めて俺を見る。
『むぅ……ハチさん分かってるっスか? さよならなんスよ。さよならは、会えなくなるんスよ』
『何となく分かるよ』
頷いた。
会えなくなるのは、文字通り一生会えなくなるってことだろう。
おそらくこの世界は死亡率が文明相応に高いし、冒険者なんて尚更だろう。
それに、現代日本と違って通信技術は発達していない。いつでもどこでも連絡を取れるなんてことはないのだ。
だから多分、相当縁がない限り、カーニャと再び会うことはもうないだろう。
もちろんアジャが望めばその限りではないが。
『ふーんだ。もういいっス。先に行くっス』
カーニャが珍しく露骨に拗ねた。
好意の裏返しだと分かるので、俺も大人しくいつもの場所から解体道具を取ってカーニャを追いかける。
俺は相変わらず、カーニャと一緒に砂トカゲの解体に従事している。アジャはウォーター要因として色々な解体現場を飛び回っているが、俺とカーニャは基本的に二人行動だ。
集落内はまだ包帯濡れの人が多いが、治療をする場所と解体場所は分かれている。解体場所では順調に解体が進み、最後の一つのワイバーンの解体が始まろうとしていた。
その横を、カーニャが通り過ぎようとする。
──不意に、そこに影が落ちた。
『……え?』
見上げる。
宙になんらかの物体があるのが目に飛び込んでくる。
下からだと影になっていて仔細は分からないが、ワイバーンの解体現場は、ほぼ建設現場と相違ない。視界の上の方で、仮組みされた足場の一部が倒壊しているのが映った。
つまるところ、落下物だ。しかも大きい。「死亡事故」の文字が頭を過ぎる。
大きな音はしなかった。
ただ、解体作業をしていた力自慢の冒険者たちの悲鳴じみた声が後から追いかけてきていただけで、落ちてくるそれは実に静かに下にあるものを押し潰さんと迫っていた。
事故の瞬間って、ぶち当たって手遅れになってから騒々しい大きな音を周囲に喚き散らすけれど、当たる前のまだ間に合う瞬間ってこんなに静かなものなんだな。
アジャの神鳴りを思い出す。あれも、最初は神話染みた美しさの光の柱がとても静かに降り立っていたことを覚えている。
そんなことを考えながら、俺はそれをやけにスローモーションに見ていた。
うーんこの位置、カーニャはダメだな。
どう考えても助からない。
カーニャも影がかかった時点で上を見ていて、すっかり呆けていた。だから、カーニャが走って逃げるのは無理だ。
でも、俺がカーニャを突き飛ばすなら、きっとどうにかなる気がする。俺はちょうど駆け出していたし、距離も近い。カーニャの体は軽いから、俺でも押せば出ていくだろう。
まあ、そうしたら俺は死ぬけど。
驚くことに、俺はごく自然にその決断を下して地面を蹴っていた。
カーニャに近づいて、突き飛ばして、重いものが迫ってくる気配を感じて、そして。
あー、死体はぐちゃぐちゃかな。
チラッとアジャのことが頭を過った。
「──?」
しかし、待てども待てども衝撃は来ない。
そっと顔を上げる。
大きな影が変わらず俺にかかっている。俺の頭上に何かがあることは変わっていない。
上を見る。
そこには、明らかに身の丈よりも大きな木材をいくつか、片手ずつで軽々と持つアジャがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます