第42話 これからと、出会いの謎③


 いつの間にか、蝋燭はもう随分とこぢんまりしている。残りの明かりはもう幾ばくもない。薄暗くなった部屋に、アジャの声がぽつりと落ちた。


[……知りたい、な]

[じゃあ、これからの目標は決まりだな]

[うん]


 二人して顔を合わせて、頷き合う。


[人間の町を巡って、覚醒者や転移について、調べる]

[ギルドに入るか別れるかは、ギルドの方針を聞いてみよう。組織に入るのはリスクがあるって話したけど、本来なら利点の方が多いんだ。少なくとも生活は楽だし、巨狼の棲処は文句なしにいいギルドだからな]

[……うん]


 その他にもあーでもないこーでもないとやることが出てきた。やることというか、やりたいことかな。


 俺たちは別に何も知らずにこれからをノコノコと過ごしてもいい。咎める人などいやしない。それでも、アジャと俺は選んでそれをやるのだ。


 これからの話をするアジャは、心なしか楽しそうに見えた。


[ハチ、あのね]

[うん]

[俺、どっちにするにしてもね。……冒険者に、なろうと思うんだ]

[冒険者?]

[うん。魔物を狩って、お金をもらう。……任せて。どんな魔物も雑魚。お金、たくさん稼げるよ]

[……もしかして、お金のこと気にしてる?]

[別に。無くても生きていけるのは知ってる。でも、あった方がいいんでしょ]

[お前の言う通り、無くても生きていけるからな]

[でも、あった方がいいんでしょ]

[そりゃまあ……間違いないけども]


 甲斐性なしで申し訳ない。

 俺はこれからもうちょっと頑張って働こうと決意した。


 まもなく部屋の蝋燭は尽きる。あとには穏やかな闇がふたつの寝息に寄り添った。




 ーーーー




 その後、サイラスさんとも話をした。

 ざっくりと、俺たちはこの後色々な町を巡りたいという話だ。


『ほう、なるほどな。ちなみに、ギルドのこれからの予定としては、まあギルマスが戻ってきてからの判断になるが……本拠地のギルドハウスに帰って、しばらくは休暇だろうな』


 サイラスさんが薄い無精髭を撫でながら教えてくれる。


 巨狼の棲処は、基本的にラダバ王国内で活動をしているらしい。余程のことがない限り国を出ないし、出てもSランクの冒険者を中心に少数精鋭になるそうだ。

 そもそも巨狼の棲処というギルド自体が、国の支援を受ける代わりに国の依頼を優先的に受ける、半お抱えギルドになっているとのこと。


『ふぅん。じゃあお別れかな。すごく世話になって感謝してるけど、言った通り俺たちは旅をしたくて』

『旅をしたいなら、北に行きな。何も秘境の地に行きたいとかじゃなく、見聞を広めたいんだろ? じゃあ北がいい』

『なるほど?』


 曰く、ここから南には荒野と竜の峡谷しかない。つまり人里はない。


 そもそも人里は多くが霊脈のある場所にしか存在せず、そしてここから南には竜の峡谷の巨大な霊脈しかないらしい。

 その点、北なら規模はさておき霊脈がたくさんあり、国家もダンジョンも多いのだとか。


 ちなみに、ラダバ王国は霊脈はないが冒険者との強い協力関係と交易によって栄える国だ。霊脈がない場所に国家があるのは相当珍しいらしい。へえー。


 そう聞くと、ラダバ王国にも行ってみたいな。カーニャの話を聞く限り、人種差別とかあんまりない良い国っぽいし。

 まあこの最南の砦も、一応ラダバ王国の領地らしいんだけどな。


『出立はいつだ?』

『未定だ。アジャ公とまた話し合うし……』

『早めが良いと思うぜ』

『なんで?』


 サイラスさんを振り返る。

 彼は無精髭を撫でて思案顔をしていた。


 やがて、ニッと笑う。


『ここから一番近い大きな町でな、まあ近いと言っても馬車で2日かかるが、そろそろ祭りをやる。参加してって損はない』

『へぇ』

『ってのは半分口実でな』

『ん?』


 なんかあるらしい。

 俺は怪訝な顔をしてサイラスさんを見た。彼は存外真剣な顔をしている。


『正直俺としては、お前らをギルマスやSランクの奴らに会わせたくない』

『なんでだよ』

『怪しいんだよ、これ以上なく。俺の権限で雇ってるけど、お前ら本当に怪しすぎる。カーニャが懐かなかったら即追い出すところだ』

『なんでカーニャが基準なんだよ』

『カーニャは良い目してっからな。スラムで人を見る目がよく鍛えられてんだ。カーニャが懐かなかった奴らで、ギルドに不利益出さなかった奴はいない』

『ふぅん? つまり懐いたら不利益は出さないだろうって?』


 えー、そんなん見分けつく?


 確かにカーニャは聡い子だが、そんなことを基準にしていいのだろうか。


『盗み、詐欺、裏切り、情報の横流し、人間関係を悪意を持って掻き回したり、孤児を拾ってくる特性を利用されてギルドメンバーの誘拐や人身売買をされかけたこともある。カーニャはその辺全部見抜くぜ。少なくとも、そういう後ろ暗い思惑持って近づいてきた奴らは見逃したことがない。なら、懐いたらその辺はないと見ていい。もちろん、それに頼り切ってはいないがな』

『へえ』

『カーニャ曰く、お前らは『特に思惑があったわけじゃないと思います。入り組んだ事情はいろいろありそうっスけど、さておき純粋に死にかけっス』だそうだ』

『まあね、大当たりですけどね』


 俺は嘆息した。


 なるほどな。

 とりあえず怪しいから、出かけているらしいSランクの人たちが戻ってくる前にさっさと出てけってことか。

 そういえば俺たちを引き入れたのはこの人だ。俺たちが怪しまれると、当然この人にも「なんで引き入れた?」と疑念が飛ぶ。


 別に良いんだけどさ、ホントにイイ性格してるな、この人。

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